トップへ

『怪獣8号』は特撮映画とバトル漫画の良いトコ取り 隙のない展開で一躍大人気作に

2021年06月29日 09:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『怪獣8号』隙のない展開が魅力

 松本直哉の『怪獣8号』は、漫画アプリ「少年ジャンプ+」で連載されている人気漫画だ。


 舞台は怪獣が台風や地震のように発生する世界。日本は“怪獣大国”と呼ばれており、怪獣の発生率は世界でも指折りだった。


 怪獣専門清掃業者「モンスタースイーパー」で働く32歳の日比野カフカは、怪獣と戦う日本防衛隊に入ることが夢だった。試験に落ち、すでに年齢制限を超えてしまったため、夢を諦めていたが、募集年齢が33歳未満に引き上げられたことを知り、後輩の市川レノと共に再び入隊試験に挑もうと決意する。


 一方、街では、謎の人型怪獣が人間に擬態して、不気味な動きを見せていた。


 以下、ネタバレあり。


 6月4日に発売された第3巻では、防衛隊に仮採用となったカフカと人型怪獣「怪獣9号」の戦いで幕を開ける。


 初任務となる相模原討伐作戦で「怪獣9号」に襲われた隊員のレノと古橋伊春を助けるため、カフカは人型怪獣「怪獣8号」に変身して戦いを挑む。人型怪獣同士の戦いは巨大なパワーの衝突。強引な力でねじ伏せ、カフカは9号に勝利する。


 しかし、防衛隊が応援に駆けつけた一瞬の隙をつき9号は逃走。カフカもその場を後にするが、副隊長の保科宗四郎に見つかり戦うことに。小型、中型の怪獣との戦いを得意とする保科は得意の二刀流で怪獣化したカフカを追いつめる。保科の武器を破壊しカフカはその場から逃走するものの、「怪獣8号」の正体は「人間ではないか」と保科は疑惑を深め、カフカの危機はより高まることに。


 元々、能力で劣るカフカが仮採用されたのは保科の推薦だった。表向きは「お笑い要員」と言う保科だったが、彼はカフカに「違和感」を抱き、側に置いて正体を突き止めようと考えていた。「怪獣8号」であることはバレなかったものの、保科との間に危うい緊張感を残したまま、カフカの初任務は終わる。


 初任務で怪獣の特徴を発見した功績が認められ、カフカは正隊員に昇格となる。レノ、古橋、四ノ宮キコルたち防衛隊の仲間に慕われ、防衛隊の中で自分の居場所を獲得していくカフカだったが、突如、防衛隊の基地を怪獣が襲撃。上空から飛来する翼竜系怪獣たちを率いていたのは新たな人型怪獣だった。


 大ゴマを駆使した派手な見せ場が矢継ぎ早に続くアクションバトルと、カフカを中心とした防衛隊の人間関係が広がっていく様子は「これぞ少年漫画!」という王道の流れである。二刀流を得意とする保科。専用兵器の巨大斧を用いて怪獣を叩き潰すキコルといった、隊員たちの得意とする戦い方が定まってきたのも、バトル漫画好きにはたまらない展開だ。


 また、戦闘力では劣るカフカが怪獣の体内構造に対する知識で仲間をフォローする一方、正体を隠して怪獣に変身して戦うという二重構造は、『ウルトラマン』や『仮面ライダー』といったヒーロー番組のフォーマットを踏襲したものとなっている。


 巨大怪獣が徘徊する姿を描く際にもっとも実力を発揮する松本直哉の画力は、巻を重ねるごとに洗練されており、冒頭に収録されたカラーの見開きイラスト「怪獣百景」に象徴される廃墟となったリアルな街の風景に怪獣や隊員たちが立っている特撮映画的なリアルな描写と、ケレン味のあるキャラクターたちが活躍する漫画的な描写の良いトコ取りに成功している。


 怪獣モノという、漫画では見せ方の難しい題材を描く際に、『怪獣8号』はジャンプ漫画が得意とする仲間と共に成長していくストーリー展開やバトルの面白さを作品の中にうまく組み込んでいる。怪獣たちと防衛隊の戦いも知的な戦略シミュレーションとして描く一方でカフカたちが怪獣と直接対峙するバトル描写は、鳥山明の『DRAGON BALL』(集英社)等で積み上げてきたジャンプバトルの正道となっている。


 冒頭、カフカが抱えていた「おじさんの不安」という要素は遠のき、今後は仲間たちとの友情を育みながら怪獣を倒していく安定路線に入るかと思わせた刹那、より強い怪獣軍団が現れるという構成も実に見事で、息付く暇を与えない。


 知性を持った人型怪獣の目的がいまだ不明という謎が謎を呼ぶ展開も続きが気になるところで、巧みなストーリー展開は全く隙がない。


 なお、この3巻で『怪獣8号』コミックスの累計発行部数は250万部を突破。ジャンプ本誌の連載漫画でも本格的なヒットを迎えるには連載が起動に乗り、アニメ化された後というのが定番の流れとなっている中『怪獣8号』や遠藤達哉の『SPY×FAMILY』といった「少年ジャンプ+」連載のコミックスは、メディアミックスがはじまる前から異例の売れ行きを見せている。


 これは「無料で試し読み」ができるという漫画アプリの利便性がプラスに働いた結果だが、何より編集部が連載漫画を大切にしていることが読者に伝わり、作品に対する信頼へと繋がっていることが、大きいのではないかと思う。


 作品のクオリティはもちろんのこと、連載漫画を第一に考えるメディア戦略も含め、死角のない作りである。


■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。


■書籍情報
『怪獣8号』3巻(ジャンプコミックス)
著者:松本直也
出版社:集英社
https://www.shonenjump.com/j/rensai/list/kaiju8.html