2021年06月27日 10:01 弁護士ドットコム
最高裁大法廷は6月23日の決定で、夫婦同姓を定めた民法などの規定は憲法に違反しないと判断した。
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初めて「合憲」と判断した2015年の大法廷判決に参加し、多数意見を構成した元最高裁判事で、元内閣法制局長官の山本庸幸弁護士(71歳)に、今回の決定や、選択的夫婦別姓制度の今後について聞いた。(ライター・山口栄二)
――今回の大法廷決定について、事前にどう予想されていましたか。
「2015年の大法廷判決と同じだろうと思っていました」
――なぜですか。
「最高裁が判断を変えるのは、よほど社会情勢や世間の認識が変わったとか、これを変えなければ当事者にとってあまりにも酷だとか、今や極めて不合理だなどといった特別な事情がある時だけです。
法律論はともかく今回の抗告人の事実上の主張は、要は夫婦別姓でなければ社会生活上不便だということと、世論調査などで選択的夫婦別姓を支持する声が高まっているということだと思います。
前者に関しては、最近は旧姓の通称使用が次第に進んできたことから、かつてのような支障がそれだけ少なくなってきていると言えますし、後者に関しては、裁判は世論の数字で決まるのではなく、法律の理屈で決まるものですから」
――「法律の理屈」ということですが、今回の決定が踏襲した2015年の大法廷判決では、「我が国では夫の姓を選択する夫婦が圧倒的多数を占めるとしても、それが規定のあり方自体から生じた結果であるということはできない」として合憲の理由としていますが、これはどういう意味でしょうか。
「自由選択に委ねた結果、夫の姓を選ぶ夫婦が多くなっているというわけだから、問題は法律にあるのではなく、夫婦どちらかの姓を選べるのに、夫の姓を名乗る慣習が根強く続いていることにあるということです」
――同じく2015年大法廷判決は、夫婦同姓制度による不利益は、旧姓の通称使用によって緩和されるとしていますが、実際に通称使用は広がっていますか。
「かなり広がっていると思います。パスポート、運転免許証、住民票、マイナンバーも旧姓を併記できるようになりました。最高裁判事もかつては、判決文に書く名前は戸籍名しか許されませんでしたが、2017年9月から通称でもできるようになりました」
――選択的夫婦別姓は、1996年に法務省の法制審議会が答申し、法務省が同年と2010年の2度にわたって民法の一部改正法案を準備しましたが国会提出に至らず、現在まで来ています。内閣提出の法案を審査する内閣法制局で長く仕事をされた立法のプロの目から見て、何がよくなかったのでしょうか。
「新しい法律を作る時というのは、いろいろな価値観がぶつかり合うんですね。国会議員にも賛成、反対と様々な立場の方々がおられる。法制審議会の答申を得ただけではまだほんの序の口で、そうした国会議員の方々に手を尽くして説明し、必要なら説得する作業が不可欠です。
選択的夫婦別姓については、法制審議会の学者の皆さんがおっしゃるとおりにすればそのまま国会も通るだろうと、しかるべき準備もしないまま安易に法案を出そうとしたんじゃないかと思いますね。素案を出したところ、反対の声が予想以上に強くてあえなく断念するに至ったと聞いています。
本来であれば、担当者が様々な関係各所に説明に行って『家族とは何か』『姓とは何か』といったことについて徹底的に議論を深めた上で反対派を説得すべきで、そういう作業をもっと丁寧に進めるべきでしたね。
一般論として、最初は反対していた議員でも、何度も足を運んで言葉を尽くして説明すると『私は今の方式のままがいいと思うが、あなたがそこまで言うなら支持することにしよう』と言ってくれることがあります。
選択的夫婦別姓については、そのように様々な意見を踏まえて説得の努力をした形跡があまり見られません。誰が見ても難しい法律を1本通すには、それに命をかけて取り組むような人がいないと進みません」
――そうすると今後、民法を改正して選択的夫婦別姓を実現するには、何が必要ですか。
「時間が必要でしょうね。現在、選択的夫婦別姓を支持しているのは若い世代に多い傾向があります。その世代が社会の主流になれば、社会全体の意識が変わるでしょう」
――具体的にはどれくらいの時間が必要でしょうか。
「早くて10年はかかるでしょうね。女性管理職の割合が、現在の10%台前半から、英米並みの30~40%ほどになるころには『夫婦同姓って何だっけ』ということになっているのではないでしょうか」
――それ以前でも、最高裁が『夫婦同姓を強制する民法は違憲』と判断してくれれば、非嫡出子の相続差別規定や女性の離婚後再婚禁止期間規定のケースのようにすぐに法改正が行われるのでは?
「姓のあり方は、歴史や文化、社会習慣などが複雑に絡まった奥の深い問題ですので、これを咀嚼して十分に解きほぐさないと、そう簡単にはいかないと思います。
これを解決するために、違憲か合憲か、つまりオール・オア・ナッシングしかない裁判所の憲法判断を使うというのは、私は適していないと思います。やはり、その中身につき、まずは法務省と法制審議会でよく練った原案を作り、それを国会審議の場で徹底的に議論を尽くすというプロセスを経ないと、うまくいかないと思いますね」
【取材協力弁護士】
山本 庸幸(やまもと・つねゆき)弁護士
1949年生まれ。73年旧通産省(現経産省)入省。内閣法制局長官などを経て、2013~19年最高裁判事。著書に「要説 不正競争防止法」「実務 立法技術」など。
事務所名:アンダーソン・毛利・友常法律事務所外国法共同事業