2021年06月26日 10:01 リアルサウンド
発売前から書店員の間で話題騒然となり、先日発表された第165回直木賞にもノミネートされた『スモールワールズ』。著者の一穂ミチは、もともとBL作品などを中心に活動していた作家。初めてとなる単行本での一般文芸作品で、高い評価を得ている。
連作短編集である『スモールワールズ』に収録された6つの作品について話を訊くと、一穂が小説を描く創作のスタイルも見えてきた。(編集部)
■“駄菓子の詰め合わせ”のような1冊
ーー本日は、話題沸騰の短編集『スモールワールズ』を中心に、話をお聞きします。そもそもは「小説現代」から依頼があったんですよね。
一穂:そうですね。担当編集者の方から“歪な家族”をテーマにというお題を頂いたような感じで、連作短編集を書きましょうという。
ーー1冊通して読んで驚いたのは、話の内容がバラバラなことです。バラエティに富んでいますけど、意識的なものですか?
一穂:いろんなのを詰め込んでみようと思いました。駄菓子の詰め合わせみたいなもので、どれかひとつでも気に入っていただけるといいな。私自身が、読むのも書くのも飽きっぽいので、同じような話を書いていると飽きるんです。なので、あえてバラバラにしてみた感じです。
ーー6話が収録されていますが、まず一作ずつ話を聞いていきます。冒頭の「ネオンテトラ」は、妊活もモデルの仕事も行き詰っている人妻が、父親に虐待を受けているらしい中学2年生の少年と出会う。ここまではよくある話だと思ったんですよ。ところがそこから先が、予想と違う方向に行く……。
一穂:「ネオンテトラ」は最初、自分でもよくある感じになるのかと思ったら、途中から……。あまりプロットは詰めないんです。大まかにはあるんですけど。ザックリ書いていると、キャラクターなりストーリーなり、ある程度、勝手に転がっていく。多分、ずっと無意識にでも、そのことを考えているからだと思いますけど。だから自分で、こうしようああしようっていう意識はないですね。書いてみたら、こういう話になりましたという感覚です。
ーーきちんと計算されているのではないかと思っていましたので、驚きました。
一穂:計算はできない方なので(笑)。
■スポ根みたいな話を書きたかった
ーー次の「魔王の帰還」ですが、「ネオンテトラ」とはがらりとイメージが変わり、コミカルなタッチになっています。これは意識しましたか?
一穂:私が素で書くと、割と暗めのものになってしまうので、意識して漫画みたいにポップなものにしました。
ーーこの作品は、(主人公の)お姉さんのキャラクターを創った時点で勝ちでしょう。
一穂:主人公の少年の鉄二の方が、先に出てきたんですよ。高校野球に挫折した元球児を考えたときに、お姉さんを出そうと思って。それならば彼よりも厳つい、思春期の少年にとっては天敵ともなり得るような。弟を奴隷のように使って、でも根っこは優しくてみたいな。で、このイメージだと標準語は喋らないな、岡山とか広島あたりのなんとか“じゃ”が自分の中でしっくりきたので、岡山弁を喋らせてみました。
ーー岡山弁はご存じだったんですか。
一穂:いえいえ、広島の友人にいろいろ教えてもらいました。
ーーこの話には、もうひとりヒロインが出てきます。3人とも誰かの気持ちに負けた人ですね。あそこがすごく現代的な感覚だと思ったんですよ。
一穂:私も、日々、負けてる方なので(笑)。押しに弱いみたいなところがあるので、そういう自分の気持ちが出たんだろうなと思います。
ーー金魚掬いが出てきますけど、どこから思いついたのでしょう。
一穂:住んでるのが大阪なんですけど、毎年、奈良の金魚掬い大会がローカルニュースで流れるんですよ。大人たちも一所懸命に金魚を掬っているのが面白いなと思って、いつかそれは書いてみたいと。何年か前に、大和郡山に行って、金魚のセリも見たり。こういう形で、寝かしておいたものが役に立ったなって。
ーー話を書いているうちに、金魚掬いだと?
一穂:高校野球と金魚掬いって、時期がほぼ一緒。高校野球からドロップアウトをした子が、金魚掬いを目指すみたいな。最初はスポ根みたいな話を書きたかったんですけど、結果、こんな話になりました(笑)。
ーー漫画的とおっしゃいましたけど、すかさずコミカライズされていますね。あれは本になってから来た話なんですか?
一穂:本にするときにプロモーションの一環として、コミカライズで紹介しましょうと。その流れで冒頭の何ページかを(コミカライズする)という話だったのですけど、連載になりました。
■登場人物をジャッジできるほど「偉い人間ではない」
ーー次の「ピクニック」は、日本推理作家協会賞の短編部門候補になりました。最初からミステリーのつもりで書いたのでしょうか。
一穂:ミステリーと思ったことはなかったですね。残酷な御伽噺みたいなものを書きたいと思っていました。絵本のような語りで。なので、ノミネートされたときは吃驚しました。これミステリーだったんだって(笑)。
ーーですます調の語りが、残酷な御伽噺というのを、強くイメージさせます。最後まで読むと、非常に技巧的な話だと思ってしまいますが。
一穂:私としては、軽めのホラーくらいの気持ちだったんですね。『リング』の映画で、貞子がテレビの中からズルッと出てくるみたいな、ああいうイメージがあって。紙の向こう(物語)の世界と捉えていたら、急に話しかけられて吃驚する。そういう、ちょっとしたタネのあるホラーというイメージでした。
ーーこの作品には赤ん坊が出てきます。「ネオンテトラ」もそうでしたが、歪な家族というテーマを考えたとき、必然的に赤ん坊が出てくるのでしょうか。
一穂:特に意識はしてなかったです。ただ、赤ん坊って家族の関係性の変化の象徴みたいなところがありますね。新しい命が生まれるというのは、ダイナミックなことなので。それで出てくるのかもしれません。
ーー次の「花うた」は、書簡体小説ですね。「ピクニック」をミステリーとして読んでしまったので、何か仕掛けがあると思いました。書簡体小説って、誰が書いているか信用できないし、書いている内容も信用できるかどうか分からないじゃないですか。だから非常に警戒しながら読みました。そうしたら、こちらの予想とはまったく違っていた(笑)。
一穂:書簡体というのを、やってみたいなという気持ちがありました。文学っぽいのに、憧れがあったんですよね(笑)。それでこのご時世に、手紙のやり取りしかできないのは刑務所かと。(本の)巻末にも書いたんですけど、『プリズン・サークル』という、受刑者の内面を見せるドキュメンタリー映画を観て、刑務所というのが思い浮かびました。
ーー『アルジャーノンに花束を』を意識していましたか?
一穂:『アルジャーノン』ぽいなというのは、もちろんありました。教育も受けていない男性が、少しずつ辞書を引くことを覚えて、賢くなっていって、それがまた失われてしまったというときに、何の罪の認識もなく申し訳ないという気持ちだけ残ったら、(手紙の)相手の彼女はどんな気持ちになるのか、自分でも書きながら探ってみたかったんです。
ーー『アルジャーノン』が得て失う物語だとしたら、こちらの話は得て失って、その後に残るものは何かという物語だと思ったんですよ。
一穂:そうかもしれないですね。
ーー最終的に、ああいう方向に行くとは思いませんでしたけど。ただ、歪な家族というテーマを考えると、そうなるのかなと。
一穂:歪な家庭で育った2人が家族になって、それも傍からは歪に見えるけれども……。いいとか悪いとか、私が言うことじゃないと思う。ジャッジではなく、ただお皿の上に乗せて出したという感じですね。
ーー一穂さんは、基本的に登場人物をジャッジしないですね。
一穂:そんな偉い人間ではないので。
ーー手紙を送る女性のお兄さんは単なる過保護だったのか、それとも歪んだ独占欲みたいなものがあったのか、はっきりとは説明がないですね。
一穂:そこらへんはご想像にお任せします。というより、私も彼女から見たお兄さんしか分からないので。お兄さんの側から書いてくださいと言われて、考えて初めて分かることかな。
ーー裏設定ではないですけど、かっちり決めているのではなく、人物の視点から世界を見ているということですね?
一穂:はい。お兄さんが本当に何を考えていたのかは、彼の目にカメラを切り替えてみないと……。私にとっても、そんなに深く知っている人じゃないという感覚がありますね。
■それぞれが唯一の宇宙であり世界
ーー5作目の「愛は適量」になると、またガラッと話が変わります。中年の疲れた教師が主人公です。「文蔵」のインタビューで言ってましたが、「小説現代」に発表したとき、55歳より若く見えたという感想をいただいたので、本にしたときさらに疲れさせたそうですね。
一穂:ちょっと、くたびれ感というのを足してみました。結果は(成功したか)分からないですけど。今の50代は、いろいろいるので。
ーー私も50代ですけど、もう引き返せないところに来ているという感じはあります。そういう主人公のところに、別れた奥さんに引き取られていた子供が、成人になってやってくる。そこから親子の物語になるのですが、やっぱりストーリーは一筋縄ではいかない。でも本書の中では、一番ストレートな話だと思いました。
一穂:そうかもしれないですね。
ーー自分が主人公と年が近いせいかもしれませんが、子供の方よりも主人公の方に感情移入してしまいました。多分、読む人の年代によって、どっちに肩入れするか違ってくると思います。
一穂:読む人によって、ダメな親爺だと思っていただいてもいいし、お父さんの気持ちになって、そんなこといわれてもさーっていう、やりきれない気持ちになってもいい。どの年代の人にも読んでいただけるように、こういう話も入れました。
ーーラストの「式日」ですが、これも技巧的な話ですね。(登場人物が)先輩と後輩で、名前が出てこない。
一穂:自分としては、ハンディカメラで撮ったロードムービーみたいな、淡々としたイメージですね。主語もなく。
ーー各話が、うっすらと繋がっていますよね。これは最初から意識していたのですか。
一穂:そうですね、緩く繋がりを持たせて。言葉を交わしたりするわけではないんだけどっていうくらいの距離感で。
ーーそういう趣向が分かったとき、本のタイトルの『スモールワールズ』を見て、それぞれの人に小さい世界があって、微妙に重なり合うことで世界ができている。だから“ワールド”でなく“ワールズ”なのかなと。
一穂:まさにそんな感じですね。袖振り合うも他生の縁じゃないですか。星のように軌道を描くんだとしたら、一瞬、重なってまた離れていく。私の知らない巡りをしている星が無数にあって、重なって離れていく。それぞれが唯一の宇宙であり世界であるという。
■登場人物と出会うのは「生身の人間と知り合うのと一緒」
ーーちょっと本から離れますが、小説は一気に書いてしまいますか?
一穂:半分までは、すごく時間がかかるイメージですね。書き始めはプロットを詰めないこともあって、けっこう手探りなんです。登場人物がどういう人なのか、深くは知らない状態で書いているうちに、だんだんひととなりとかが分かってくる感じが、自分の中にある。で、半分くらい過ぎるとなんとなく掴めてくるので、がぜん書きやすくなる。
ーー途中までは、この人はどういう人だろうと思いながら。
一穂:生身の人間と知り合うのと一緒で、ピーマン食べられないんだとか、変な柄の靴下履いているな(笑)とか、ちょっとした発見を積み重ねていくと、その人のことがなんとなく分かるじゃないですか。これが好きそうとか、こんなこと言いそうとか、なんとなく把握できてからは、一気に書けたりしますね。
ーー把握できると、この人がこういう状況だったら、こういう行動をすると。
一穂:キャラが立ってくると、私がこうしようああしようと思わなくても、勝手に動いてくれることがある。ABの選択肢があって、最初、Aの方にするんだろうなと思っていたらBの方に行ったりする。そうすると、あっ、そうなのねと。頭の中だけで考えていたことよりも、書きながら出てきたものを大切にしたい。その方が私にとっては、ストンと(腑に)落ちることなんだろうから。
ーー今回の収録作品は、全部そんな感じで作っていったのでしょうか。
一穂:最初から最後まで、この流れでこのオチでと決まっていたのは、「ピクニック」くらいでしょうか。「花うた」も大体の流れは決まってたんですけど、実際に手紙でどういう話をするのかは、あまり考えていない。辞書を引く話も、パズルの話も書きながらポッと出てきた。
ーーそうなんですか! 辞書はともかく、パズルは最初から考えていたと思いました。
一穂:書いているときは作中の人の心の流れや動きを必死で追いかける感じになっていくので、自分でこうしようああしようというのは入ってこないですね。
ーー最後になりますが、よろしかったら今後の予定をお教えください。
一穂:講談社さんで恋愛小説を出していただこうかなという感じで、書き進めています。後は書けるものなら、なんでも書きたいですけど、アイデアが潤沢なタイプではないので。
ーーでも本書は、ショーケースみたいなイメージがありますよね。ああいうのも書けます、こういうのも書けますという。
一穂:ショーケースというより、露天商に近いですね(笑)。また何かお仕事に繋がったらという気持ちもあって、いろんなのを書きました。
(取材・文=細谷正充)