2021年06月26日 09:01 弁護士ドットコム
「夜の街」の代表とされる新宿・歌舞伎町。その一角で深夜営業を続ける薬局がある。人呼んで「歌舞伎町の保健室」。一人で切り盛りする男性代表を訪ねると、新型コロナウイルスがナイトワーカーの女性たちに与えた負の影響が浮き彫りになった。(ジャーナリスト・富岡悠希)
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週末の午後9時半ごろ。いかにもホスト風のパリッとした格好をしたアツシさん(仮名)が薬局のドアを開けた。
「どうも久しぶりっス」
「ああー、あらあら。すっかり日に焼けて」
ニュクス薬局代表の中沢宏昭さん(43)が応じる。
アツシさんは、中沢さんにスタスタ近寄ると耳元でささやいた。
「アフターピル(緊急避妊薬)ない?」
「それは病院に行かないといけない」と中沢さん。
アツシさんの去り際、中沢さんが近日中の移転話を伝えた。アツシさんは「おうおう、まじ? オープン祝いで行きますわ」と笑顔を作った。
一連のやり取りはすべて「タメ語」だ。
中沢さん自身が「こんな感じの会話って、薬局ではまずないですよね」と語るほど、くだけている。もちろん初めての客には丁寧語で応対するが、ざっくばらんに応じるアツシさんのような顔なじみも多い。
中沢さんと客は、総じて距離が近い。単に薬を受け渡すだけでなく、よろず相談の場にもなっている。ニュクス薬局が「歌舞伎町の保健室」と言われるゆえんだ。
中沢さんが歌舞伎町2丁目にニュクス薬局を開業したのは、2014年1月。営業時間は午後8時から翌朝午前9時まで。定休日は日、月の週2日。年末年始に1週間ほどの休みを取る以外、お盆やゴールデンウィークを含め一人で切り盛りしてきた。
昼間に病院にかかったが、薬局で薬を処方してもらう時間がなかった――。そんなサラリーマンや外国人旅行客が市販薬を買いに来ることもあるが、客の中心は夜に働く人たちだ。
女性8割、男性2割で、ほとんどが20~30代。職種を示すと女性はキャバクラ、風俗、AV、バーテンダー。男性だとホスト、キャッチに同じくバーテンダーが代表的だ。
市販薬では、男女ともに、頭や歯の痛みに効く鎮痛剤が売れている。性別に分けると、女性は下半身にかゆみなどの症状が出る「カンジダ」の薬、男性は血管拡張作用があり下半身の元気に役立つ薬が売れている。
コンドームを1枚50円でばら売りする。滋養強壮剤のボトルをキープできるようにする。
売れ筋の市販薬を並べるだけでなく、こうした独自の工夫も続けてきた。
昨年来のコロナ禍は、店に集まるナイトワーカーの生活を直撃した。その最たる例が、20代女性のミユキさん(仮名)の自死だ。
2019年秋ごろから通っていた彼女は、発達障害の一つADHD(注意欠如・多動症)の特性を抱えていた。
看護学校に通っていたが、クラスメイトとうまく接せられずに退学。同時に交際していた彼氏とも別れてしまった。
このタイミングで、ニュクス薬局を訪れて、抗不安薬や睡眠薬をもらうようになった。
「学校をやめる前だったら、とりあえず卒業して看護師免許だけ取ってしまえと言えたのだけど......」。中沢さんは、出会ったタイミングを振り返って悔やむ。
ミユキさんは風俗店で働き始めたが、彼女には精神的にとても厳しい仕事だった。そしてキャバクラへと移った。
昨年2月に来店したとき、ミユキさんは「精神的に少し楽になった」「今度の店(キャバクラ)ならば、がんばれそう」などと、前向きな様子だった。
しかし、この会話が最後となった。彼女のお薬手帳を確認した警察から、ほどなく電話がかかってきて、ミユキさんの自死を告げられた。
「がんばれそう」と語ったキャバクラが、コロナの影響で休業。収入が絶たれ、肌に合わない風俗に戻っていた。亡くなった後、警察から中沢さんに電話があったことを考えると、ミユキさんが頼れた家族はいなかったと推測される。
「人生はちょっとしたことがきっかけでバタバタと崩れることがありますよね」
こう語る中沢さんの声は、悲しく響いた。
ミユキさんに限らず、この薬局にはメンタルを病んで来る客が多い。そうしたことから、中沢さんは「病気だけなく人を『診る』こと」を心がけている。
処方薬を出す場合は、「なぜこの薬が出ているのか」に気を配る。必要とされる薬の説明は当然おこなうが、それだけで満足しない。時に、客の悩みに迫るべく、遠いところからより心の近くへと会話のボールを投げていく。
薬局店内は薄いピンク色の壁紙になっていて、心落ち着く空間だ。カウンター前と壁際にイスも並べられている。
コロナ禍で逆風にさらされた風俗で働く女性たちは、そんな雰囲気の中で中沢さんに苦境を打ち明けてきた。
「家賃が払えない」までに追い込まれる女性は、4、5人ほどいた。中沢さんのアドバイスは「迷わずに生活保護を取りなさい」。実際、うち1人はその通りに生活保護の取得に至ったという。
「親やほかの頼れる人がいたら言いませんが、誰もいないケースばかりですから。それでも彼女たちは、なかなか生活保護という発想にはなりません。生活レベルを下げることになることへの抵抗感もあるでしょうが、自己責任や自助努力の考えが強いこともありますね」
来店客の8割を占める女性たちの中には、ギリギリで踏ん張っている人たちもいる。中沢さんは、そんな彼女たちの声に深夜耳を傾けることを、これからも歌舞伎町で続けるつもりだ。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/r2_shukan_message.html