2021年06月17日 10:01 弁護士ドットコム
東京都日野市にある明星大学に通う男子学生が、コロナ禍で対面授業をやらないのは大学側の義務違反だとして、学費の一部返還などを求めて、東京地裁に提訴する予定だと報じられ、話題となった。
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朝日新聞デジタル(6月9日)によると、男子学生は2020年4月に入学したものの、入学式もなく、所属の経営学部で受けた2020年度の授業はオンラインのみで、録画された講義動画を見てレポートを提出するのが主な内容だった。
裁判では、「対面授業を実施できない理由や、それに代わる学生の交流機会の設定などの必要な情報を、学生に対し丁寧に説明する」などの文部科学省の要請に反する対応だったとしたうえで、施設を利用させることなどについて学生との契約義務を履行していないと主張し、学費の返還分を含めた計140万円の損害賠償を大学側に求める予定だという。
明星大の広報は6月14日、弁護士ドットコムニュースの取材に対し、「訴状等が本学に届いていないため、詳細が確認できない状況」と回答した。
広報によれば、2020年度当初はすべての学部の授業をオンライン授業でおこなったが、後期からは対面が必須の科目では対面授業も実施。しかし男子学生が在籍する経営学部は、対面授業が必須の科目はなかったため、すべてオンライン授業で実施したという。
提訴する男子学生は、学費の返還などを求める予定としているが、大学側は安全確保との両立を図りながら学修機会の保障をおこなってきたとして、「授業料や施設維持費の返還・減額は実施していない」としている。
「昨年度は遠隔授業実施のための整備や修学支援のために多額の費用が生じましたが、入学時にお約束している学費を増額することはおこなっておりません。
また、本学における『施設維持費』は『施設利用料』とは異なり、教育・研究・管理運営のため長期にわたり利用する施設や設備を維持するために、過去、現在、未来の学生に均等に負担してもらう仕組みになっております」(明星大)
授業方針、授業料や施設維持費に関する考え方は、2020年9月に学生および保護者ポータルサイトや保護者向けの会報において、説明したという。また、コロナの感染動向を考慮しながら学生同士や教職員との交流の場を設定し、教員によるガイダンスなどもおこなったとする。
長引くコロナ禍で、昨年度は多くの大学がオンライン授業を実施した。今回のような訴えが認められれば、広範囲に影響がでそうだ。法的にはどう考えられるのか。
大橋賢也弁護士は「オンライン授業しか実施しなかったといっても、直ちに大学の債務不履行責任または不法行為責任が認められることにはならない」と指摘する。一方で、大学側の対応によっては、結論が異なる場合もあるという。
裁判では何がポイントとなり、どう判断されるのだろうか。以下、大橋弁護士に詳しく聞いた。
「希望を持って大学に入学したのに、コロナ禍の影響で、1年次の授業がオンラインのみで、録画された講義動画を見てレポートを提出するのが主な内容だったとすれば、当該男子学生と同じような気持ちの人も少なくないのではと思われます。もし提訴するとして、私だったらどのような訴えをするかという観点から解説したいと思います」
損害賠償を求める法律構成として、(1)債務不履行に基づく損害賠償請求と(2)不法行為に基づく損害賠償請求の2つが挙げられるという。
「まず、債務不履行に基づく損害賠償請求(民法415条1項)が考えられます。
授業料等は、教育役務の提供等の対価であり、大学設置基準は、主に教室等において対面で授業をおこなうことを想定しています。
そこで、大学が、1年間対面授業をおこなわなかったことをもって『債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき』に該当するとして、債権者である学生は、これによって生じた損害の賠償を請求することが考えられます。ここでの損害は、支払済みの授業料等の一部の金額に相当するでしょう。
もっとも、民法415条1項は、ただし書きで『その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない』と規定しています。
大学側は、新型コロナウィルス感染症の拡大防止と学生の学修機会の確保を両立させる観点から、やむを得ずオンライン授業を実施したのであり、大学の責めに帰することができない事由が存在すると反論することが考えられます。
次に、不法行為に基づく損害賠償請求(民法709条)が考えられます。
学生は、大学の故意または過失によって教室等において対面で授業を受ける権利を侵害されたとして、これによって生じた精神的損害を賠償するよう大学に求めることが考えられます。
これに対し、大学側は、コロナ禍でオンラインではあっても授業を実施したのであるから、教育役務の提供はしていること、その結果、学生の授業を受ける権利は侵害されていないことなどと反論することが考えられます」(大橋弁護士)
「これら2つの法律構成をベースに本件について考えてみます。
先ほども述べたように、授業料等は、教育役務の提供等の対価であり、大学設置基準が主に教室等において対面で授業をおこなうことを想定していることから、大学生は、授業料等を大学に支払う代わりに、大学から教室等において対面で授業をおこなってもらう権利を持っていると考えることができるでしょう。
したがって、コロナ禍のような特殊事情がないにもかかわらず、すべての授業をオンラインで実施した場合は、大学の債務不履行責任または不法行為責任が認められる可能性が高いと思います。
しかし、2020年は過去に経験したことのないコロナ禍に見舞われました。しかも地域によって感染状況が異なっていたこと、また大学によって規模や授業の内容等が異なることから、オンライン授業しか実施しなかったといっても、直ちに大学の債務不履行責任または不法行為責任が認められることにはならないと思います」(大橋弁護士)
所属する学部や専攻する科目によって、事情が異なるという面もある。
たとえば、実験や実習などをおこなう必要のある科目や、芸術・音楽系の大学における実技やレッスンなどは、設備・環境の面からも、オンライン授業では実施が困難なケースが多い。明星大も対面授業が必須である科目について、後期は対面授業を実施したようだ。
もっとも、大学は授業を受けるだけの場ではない。学生同士や学生と教職員の間の交流なども重要な要素だ。
大橋弁護士も、「大学側のとった対応がポイントとなる」という。
「大学によっては、学修に慣れていない学部1年生等の授業を優先的に対面授業によって実施したり、1つの授業クラスを2教室に分割した上で、片方には対面授業を他方にはリアルタイムでの配信授業をおこない、これを交互に入れ替えるといった取り組みを講じているところもあったようです。
今回の男子学生が、提訴までするに至ったからには、1年次にオンライン授業しか実施されなかったという事情の他に、大学から納得のいく説明等が不足していたことが要因ではないのかと推測されます。
今後被告となる大学において、(1)一律オンラインとしない努力をしたのかどうか、(2)学生に対して丁寧な説明に努めたのかどうか、(3)オンライン授業以外で学生と教職員等とのコミュニケーションや学生同士の交流が可能となるような機会を持ったのかどうか、(4)オンライン授業のみで悩みや不安を抱えた学生の把握に努め、何らかの対応を取ったのかどうか、といった諸事情を考慮した上でないと、本件の結論を出すことはできないでしょう。
私も、訴訟提起された後の推移について注視していきたいと思います」
【取材協力弁護士】
大橋 賢也(おおはし・けんや)弁護士
神奈川県立湘南高等学校、中央大学法学部法律学科卒業。平成18年弁護士登録。神奈川県弁護士会所属。離婚、相続、成年後見、債務整理、交通事故等、幅広い案件を扱う。一人一人の心に寄り添う頼れるパートナーを目指して、川崎エスト法律事務所を開設。趣味はマラソン。
事務所名:川崎エスト法律事務所
事務所URL:http://kawasakiest.com/