2019年度の「学校基本調査」によると、大学入学者の約20%は19歳以上、つまり浪人生だという。しかし、その多くは1浪で、2浪以上になると極端に数が減る。
そんな中、"多浪"を売りにYouTuberとして活躍する大学生がいる。「9浪はまい」と名乗る濱井正吾さんだ。2018年4月、9浪のすえに早稲田大学教育学部国語国文学科に入学した。4年生のいま、30歳だ。
「どん底時代を0%とすると、今の幸福度は80%」
濱井さんは人気YouTubeチャンネル「バンカラジオ」や「トマホーク」に出演するだけでなく、「アラサー早稲田生9浪はまい」という自身のチャンネルでも受験を語る動画やネタ動画などを投稿しており、早大生の中では有名人だ。学内でもよく声をかけられる。
「どん底時代を0%とすると、今の幸福度は80%。おかげさまで本当に楽しいです。浪人時代は『なぜ大学受験に固執するんだ』と言われてきたけれど、そういうことを言う人は、この環境にはいません」
同じクラスの同じ学科、サークル、YouTube活動でも仲間がいて、本当に恵まれていると感じるという。
それにしても、どうして9浪まですることになったのか。濱井さんに、その壮絶な体験を語ってもらった。
高校でのいじめがきっかけで大学受験を決意
話は高校時代に遡る。兵庫県出身の濱井さんは地元の産業高校に進学した。偏差値は41。この学校の環境が劣悪だった。喧嘩やリンチは日常茶飯事で、勉強していると同級生に「なぜ勉強してるの、バカじゃん?」となじられる。高校生活3年と浪人生活9年の"暗黒の12年"がここから始まる。
野球部に所属していた濱井さんは、しばらくするといじめの対象になった。壁に押し付けられ、失神させられる。殴られ、蹴られ、関節技を決められて痣だらけになる。遠征先のホテルで裸で歩かされる。局部の写真を撮られ、クラスや中学時代の同級生に送信される。ボロボロのスパイクを高値で買わされる――。これはいじめの一部にすぎない。
「まわりの人間みんなが自分の悪口を言っているんじゃないかと錯覚するようになった時期もありました」
野球部は退部した。「自分をいじめた奴らを見返したい」という気持ちを抱きながら、ネットゲームに逃避していた。
高校はやめなかった。父親が病気で倒れ、母親の手で育てられたため、「高校だけは出てほしい」という彼女の願いを退けられなかったからだ。
親戚に大卒がいなかったこともあり、進学はせず、早く働くのが親孝行だと考えていた。進学を思い立ったきっかけは、ネットゲームで同志社大学の学生と出会ったことだった。そこで、自分にも大学進学という選択肢があるのだと気づいた。
「大学を受けるのは学歴を得るためではない」
濱井さんは自分が持っていた「情報処理検定」という資格を使って受けられる大学を受験し、大阪産業大学に合格した。しかし、一般受験をしなかったことで、コンプレックスにも悩まされることになった。
所属サークルの交流で京都大学や同志社大学の学生と話した時、「教養があり、人間性も優れている」と感銘を受けた。それは、彼らが勉強をする中で努力をして、自分で考える力と忍耐力を培ってきたからではないかと、濱井さんは考えた。
「学歴が目的なら、大学院でいい大学に入る手もあります。けれど、思考力が足りない、教養がないというコンプレックスを払拭するには、学力を身につける必要がありました。その基準が東大・早慶レベルの大学に一般入試で合格するというものだったのです」
濱井さんの9浪生活は、ここから本格的にスタートした。振り返ると以下のようになる。
・大阪産業大で仮面浪人。受験勉強を続けるも、合格には至らず(1浪・2浪)
↓
・3年次に龍谷大学に編入。卒業後は受験費用を貯めるために証券会社に入社した(3浪・4浪)
↓
・勉強との両立が厳しいと感じて証券会社を10日で退社し、置き薬会社に営業マンとして入社(5浪・6浪)
↓
・貯金ができたため退職し、勉強に専念(7浪・8浪)
↓
・予備校・増田塾に入り、基礎から勉強して早稲田に合格(9浪)
営業成績トップ! しかしセンターの成績は……
濱井さんの浪人生活は、勉強時間と受験費用を捻出するための闘いでもあった。とくに苦しかったのは、置き薬会社の営業マンだった時代だ。
20時までサービス残業して顧客を訪問し、営業車で塾に行くような生活だった。入社1年で売上1位となり、多い時で月収49万円を得るまでとなった。当初の目論見どおり受験費用は稼げたが、お金稼ぎに意識がいってしまい、勉強がおろそかになった。
文系科目に限って言えば模試の成績は悪くなかったが、蓋を開けてみるとセンター試験で取れた数字は39%。英語は250点満点で100点を切った。濱井さんは愕然とし、塾の講師は激怒した。「おまえは自分の卒業した大学にも入れないぞ。受験には向いてないんだよ」。仕事で結果を出さなければ塾にも通えない。浪人生活が原因で母親との仲は最悪だ。完全に四面楚歌だった。
しかし、ほどなくして考え方を改めた。センター試験の点数は仕事しながらやった結果だ。適切な環境で適切な時間勉強しているわけでもないのに「自分は勉強ができない」と決めつけてはいけない――。
濱井さんは300万円貯めた段階で退職し、受験勉強に専念した。さらに9浪目には、それまで勉強していた5教科7科目を3教科に絞り、基礎から教えてくれる増田塾に入った。この時は、1日15時間、勉強をしたという。そして最後の年、第一志望だった早稲田を5学部受験し、教育学部に合格する。
YouTubeのコメントで承認欲求が満たされた
早稲田合格という自分で定めた目標を達成し、自信が得られた。「見返す」という気持ちにも、区切りがついた。
しかし、自己肯定感がすぐに上がったわけではない。濱井さんには「人に認めてもらいたい」という欲求があった。これが初めて満たされたのは、YouTubeに出て、自分の人生を語った時だったという。
「まったく知らない人が自分の出た動画を観て、肯定的なコメントを寄せてくれる。それで自分の人生を肯定できるようになっていったんですよね」
濱井さんの出演したYouTube動画、そしてTwitterのDMには「受験で辛い時に濱井さんの動画を見て勇気をもらいました」といったお礼メッセージが寄せられる。時には受験の相談もくる。そうした相談には、できるかぎり返信するようにしているという。
濱井さんはこれまで、人を見返すために生きてきた。しかし、人の応援を得て立ち直った自身の経験から、今度は人を勇気付け、応援する立場になりたいと考えている。そのために、学校の先生をはじめとする教育関連の仕事を目指し、教育実習や教員採用試験を受ける予定だ。
後ろ向きの濱井さんは、もういない。
「100%ではないかもしれませんが、いまは自分のことを肯定できています。この人生でよかったと思いますし、後悔はまったくしていません」
「アラサー早稲田生9浪はまい」YouTubeチャンネル:https://bit.ly/2ToL8Rm
「9浪はまい【30歳早稲田生】」Twitter:https://twitter.com/hamaishogo1111