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薬物を発見してもあえて見逃す「泳がせ捜査」、失敗したらどうなる?

2021年06月12日 09:01  弁護士ドットコム

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覚せい剤取締法や大麻取締法などの薬物犯罪は以前より減少していますが、いまなお1万4000人近くが検挙されています。


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犯罪白書(2020年版)によれば、2万人を超えていた2000年以降は減少傾向にありましたが、2015年からは1万4000人前後で推移しています。2019年は1万3860人(前年比-3.2%)で、大麻取締法違反が過去最多となるなど、全体の件数は下げ止まりの傾向にあります。



薬物犯罪は通常の捜査方法で検挙するのが難しい犯罪といわれています。薬物の売買や密輸などそのすべてが基本的に秘密裏におこなわれるためです。



また、薬物を所持していた人(末端利用者)だけを検挙しても、効果は限定的です。薬物の密売・密輸などの多くが組織的におこなわれており、それら組織が存在する限り、薬物犯罪も容易になくならないからです。



薬物犯罪の根絶をするためには、需要(末端利用者)も供給(薬物犯罪組織)も断つ必要があるわけです。



●一網打尽をねらう「おとり捜査」

捜査機関は、常に組織を含めた一網打尽のチャンスをうかがっています。薬物犯罪に関する情報や発見した薬物から、表には出てこない組織を追いかけて検挙しようと、通常とは異なる捜査方法をおこなうことがあります。



代表的なのが、「おとり捜査」です。身分や目的を隠して、相手方に犯罪を実行するように働きかけ、相手方がこれに応じて犯罪の実行に出たところを検挙します。



薬物犯罪など通常の捜査方法で摘発が難しいような場合に、チャンスがあれば犯罪をおこなう意思があるような人を対象に実施することは、判例(最高裁平成16年7月12日決定)でも認められています。



たとえば、薬物の売り手から「買わないか」と話を持ちかけられた人に、買い手として捜査官を紹介するよう協力を依頼し、実際に薬物を取引する場面に出向いた捜査官がその場で摘発するなどの場合は、適法と判断されやすいでしょう。



一方、犯罪をおこなう意思を持っていない人に犯罪をおこなう意思を誘発するような方法で「おとり捜査」を実施した場合は、違法と判断される可能性が強まります。



本来犯罪を抑止すべき立場の捜査機関が、“ワナ”にかけて検挙しようとする方法ですので、実施には慎重な判断が求められます。



●国外からの持ち込み際をねらう「泳がせ捜査」

薬物犯罪の捜査方法として、「泳がせ捜査」が実施されることもあります。



泳がせ捜査は、空港などで規制薬物を発見してもその場ですぐに検挙せず、荷物の届け先や受け取る関係者などを捜査し、背後にいる黒幕や組織まで検挙しようとする方法です。



薬物犯罪における「泳がせ捜査」については、需要も供給も一気に断てる可能性がある捜査手法として、いわゆる麻薬特例法で認められています(3条・4条)。「コントロールド・デリバリー」ともいいます。



泳がせ捜査には、あらかじめ規制薬物を塩などの偽物にすり替えておこなう「クリーン・コントロールド・デリバリー」(クリーンCD)と、すり替えずおこなう「ライブ・コントロールド・デリバリー」(ライブCD)があります。



クリーンCDには、犯人側にすり替えがバレるとそれ以上の捜査ができなくなるリスクがあります。一方、ライブCDには、追跡に失敗すれば、薬物を持ち逃げされるおそれがあります。



差し押さえることもできた薬物を失えば、結果として、捜査機関が薬物犯罪に手を貸してしまうことにもなりかねませんので、実際の捜査では、「クリーンCD」でおこなうことが多いとされています。



なお、「偽物は『薬物』ではないから、所持しても犯罪にならないのではないか」と思う人もいるかもしれません。



この点、規制薬物として「薬物その他の物品」を所持した場合、中身について規制薬物だと認識していたら、麻薬特例法違反となるよう定められています(同法8条)。「薬物その他の物品」には、クリーンCDですり替えた偽物も含まれます。



ただし、この場合の所持については、「2年以下の懲役又は30万円以下の罰金」となっており、覚せい剤を単に所持した場合(覚せい剤取締法41条の2第1項、10年以下の懲役)と比べて、軽い刑になっています。



裏を返せば、この刑の違いが、実物を所持することの重大性を示しているともいえるでしょう。