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【マンガ試し読みあり】ある日突然、殺害事件の容疑者になってしまったら? 『ロスト・ラッド・ロンドン』著者インタビュー

2021年06月11日 10:21  リアルサウンド

リアルサウンド

【漫画】『LLL』著者シマ・シンヤは何者?

 「月刊コミックビーム」(KADOKAWA)で連載された『ロスト・ラッド・ロンドン』が6月号で完結し、6月11日に最終巻となる3巻が発売される。


関連:【漫画】『ロスト・ラッド・ロンドン』第1話試し読み


 同作は、ロンドンで暮らす大学生の青年アルが主人公。市長が殺された日、身に覚えのない血のついたナイフがコートのポケットに入っていて、突然、殺害事件の容疑者になってしまう。黒人警官のエリスとともに、真犯人を探るクライム・サスペンスだ。


 リアルサウンドでは、人種差別やジェンダー不平等などの社会問題への眼差しを内包するシリアスな展開や、海外ドラマのような緊張感のある世界観について。そして多くの読者が感じたであろう“シマ・シンヤは何者か?”を明らかにするべく、シマ・シンヤ氏にインタビューを行った。(編集部)


■編集からの連絡に思わず「詐欺かな!?」


ーー『ロスト・ラッド・ロンドン』とても面白くて、シマ・シンヤさんって何者!と調べても情報がなく……気になったあまりインタビューの依頼をしてしまいました。ぜひ本作を描くことになった経緯から教えてください。


シマ・シンヤ(以下、シマ):情報がないのは単に新人だからなんです(笑)。同人活動をやっていた頃に、編集さんに声をかけていただいて、初めて応募した講談社の「モーニング」で新人賞をいただいてマンガ家としてスタート、その後いろいろありまして「コミックビーム」に拾っていただいたという感じです。


ーーシマさんはマンガ誌から初めて声がかかったとき、どう思われましたか?


シマ:「これは詐欺のやつかな!?」って思いながらお返事をしました。


ーー(笑)。これは詐欺じゃないぞって気づいたのはどのタイミングだったんですか?


シマ:喫茶店で名刺もらったときですね。「さすがに詐欺じゃない!」って。そのときはパートとか、正社員として働いてたわけではなく、友達に頼まれて動画を作ったり、手書きのアニメーションを作りながらお小遣いを稼ぐような生き方をしていたので、「じゃあ、マンガでいっちょやってみるか!」って感じでした。


ーー商業作家としては本作が初連載作ですが、描いてみていかがでしたか?


シマ:連載は初めてで、こんなに長いマンガを描いたことないので、「うわあ、終わんねええ」ってなりながら……。


ーーキャラクターや設定から編集さんと話し合いながら作っていったのですか?


シマ:そうですね。バディもので、イギリスを舞台にしましょうみたいな、ざっくりしたリクエストが最初にありました。


■2人のメインキャラクターを“バディ”という形じゃなく描いてみたい


ーーいわゆるバディもので想像すると、刑事同士とか、刑事と探偵とかが多いかと思うのですが、本作は刑事と容疑者ですね。


シマ:HBOの『The Night Of』(2016)というドラマが好きで、打ち合わせの時にそのドラマについて話したことも影響しています。『The Night Of』はえん罪になった容疑者と弁護士の話ですが、メインのキャラクターが2人いるっていうのを、“バディ”という形じゃなくて描いてみたいなっていう思いがあったので、そんなことを話しました。


ーー各話の終わりには、連続ドラマのように気になる展開が用意されていて、そこにも海外ドラマや映画の影響も感じました。海外ドラマがお好きなんですか?


シマ:作業中にドラマをつけっぱなしにして、大量に見ています。どれか1本「これ!」っていう感じではなく、複合的に見ているという感じはあると思います。作業中に流すにあたって、日本語だと情報量が多すぎる。でもある程度内容を追えるっていうので英語圏の映画やドラマを見ることが多いですね。ただ本作の展開については、1話あたりに起こる出来事を打ち合わせして、「この話は最後ここで引きましょう」って決めてから描きすすめているので、気になる引きが作れたのは編集さんのご指導の賜です!


ーー1話ずつ、結構細かくプロットを決めて書かれている。


シマ:殺人事件が起こってるので、解決しなきゃダメだろう。オチはそこだろうっていうのがある程度決まっている。そうなると、1話ごとにやらなきゃいけないこともある程度決まってくるのと、最初から長さも決まってはいたので。


ーー実際に単行本化されて、読者の方から反響はいかがですか?


シマ:直接感想はもらってないですが、表紙で買ったと言ってくださる方が多いみたいです。


ーー表紙も海外コミックのようでかっこいいですよね。シマさんがマンガを書くうえで影響を受けた作家さんや、作品はありますか?


シマ:マンガは小さいときの方が読んでいました。親の持っていたマンガで、山岸凉子さん、萩尾望都さん、吉田秋生さん、浦沢直樹さん、あと松本零士さんとかを。大人になってからは、フランスのバンド・デシネを絵の目的で見たりしましたが、マンガは年に何冊か友達の家で読むみたいな感じで、小説の方が読んでましたね。


ーー雑誌連載をされていると、他の作家さんの作品も目に止まると思います。今、好きな作家さんはいらっしゃいますか?


シマ:個人的に好きで激推ししてるのは、同じ「ビーム」で連載していた増村十七さんの『バクちゃん』! 隙をみては「バクちゃんいいよ」って方々で言ってます。日本における移民問題のこととかを分かりやすく丁寧に描いていらっしゃるので、ここをまず入門にして欲しいというか。「小学校に置いておこう!」っていう感じですね。『はだしのゲン』の横くらいに置いて欲しいです。


ーー本作でも異国にルーツがある人の立場の弱さがキャラクターを通じてリアルに描かれていますよね。それを読んで、もしかして海外にお住まいだった経験があるんじゃないかと感じていました。編集さんにお伺いしたら、ロンドンに住んでいたとか。最近までいらしたんですか?


シマ:いや、もう結構前なんですけど(笑)。大学生の時に留学でちょっといた程度です。日本人の方と一緒に住んでいて、しかもロンドンにいたのは一瞬で3カ月くらい。そのあとは郊外に行きました。


■現実をベースにして描くことの“責任”


ーーイギリスにいる間に、シマさんご自身が人種差別を受けたとか、周囲を見ていて感じたことなども作品に投影されていますか?


シマ:それはあるでしょうね。人種差別がないっていうのは、全世界どこでもありえないことなので。私も日系人、アジア人だってことで何か言われたり。特にアジア人の女性はそれだけで性的に見られることが多く、嫌な話は色々聞きました。ロンドン出身の黒人の友達は、今ではだいぶマシになってきてるけど、親の世代には、窓にレンガが飛んできて帰れって言われたとも話してくれました。彼も彼の親もイギリスで生まれたんですけどね。そういう見たもの聞いたものも、ある程度キャラクターに反映されていると思います。もちろん作品はフィクションだし想像だけど、一応、現実がベースにあります。


ーーシマさんの筆がのったシーンや、逆に描くのが辛かったシーンはありますか。


シマ:もうすべてが辛いんですけど、一生懸命「納期!納期!」って言いながら描いてます(笑)。


ーーキャラクターやストーリーを楽しむ余裕はなく、描き上げなきゃっていう気持ちで描いている?


シマ:単行本にするための作業で、一気に読んで確認しなきゃいけないときに、「こういう話だったんだーへええ」って感じで読みました。描いてる時はフィクションを書いているんだけど、現実に根ざしているので「責任をとる!」っていう感じです。


ーー責任ですか。


シマ:日本ではイギリスが舞台って聞いたら白人の話をイメージする方が多いと思うので、実際はそれだけじゃないぞっていうのを紹介する意味でも、こういうキャラ設定になっています。自分も有色人種ではあるけど、違う属性の人が受ける扱いみたいなものも描いていて、つまり当事者性がないものを書いている。だから、当事者が搾取されていると感じないようにしなければいけないっていう思いが強くあります。


ーー現実に根差しているからこそ、気をつけないといけない描写なども多そうですね。


シマ:はい。でも、人種差別とか社会問題がそこに存在しているから無視はしないっていう描き方になってはいるんですけど、それが中心の話ではない。もしそうしてしまうと、その人の人生は苦しみだけだっていうことになってしまって、それはそれで失礼なので。ゆるく物語を楽しんで、そこからイギリスだけじゃなくて、日本国内で起こっていることとか、いろんなことに目を向ける、考えるちょっとしたきっかけになればいいかなと思っております。


ーーサスペンスとしてもハラハラと楽しめる作品なので、もっともっと多くの方に読んでいただきたいですね。シマさんはすでに次の連載が決まっているとか(7月12日発売「月刊コミックビーム」8月号より新連載『グリッチ』開始)。次なる目標は新連載ですね。


シマ:はい、6月に『ロスト・ラッド・ロンドン』3巻が発売して、7月には新連載がスタートします。あと、近く「ウルトラジャンプ」でも読切を発表させていただく予定です。どれもこれも、無事にいつか終わって欲しいっていうところですね(笑)。