トップへ

教えて!悪役令嬢 Vol.2 小説投稿サイト、マンガ編集部、書店に悪役令嬢ブームについて聞いてみた

2021年06月10日 12:08  コミックナタリー

コミックナタリー

「教えて!悪役令嬢」ヘッダー
“悪役令嬢”作品の特徴と魅力は、本連載の第1回で紹介した通り。物語の悪役に転生した主人公が、断罪される運命を回避するために奮闘するという基本的な“型”を持ちつつ、作者ごとの個性豊かな設定や展開、そして「わかりやすさ」「ギャップ」「主人公への好感度」といった魅力で少女マンガ界を盛り上げる一ジャンルに発展した。では、実際にどれくらい悪役令嬢ものは盛り上がっているのだろうか。悪役令嬢作品を取り巻く小説投稿サイト、編集部、書店などに話を聞いた。

【大きな画像をもっと見る】

取材・文 / 三木美波 ヘッダーイラスト / ウエハラ蜂

■ 小説家になろうの平井氏に聞く
悪役令嬢ものの特徴のひとつは、小説投稿サイト発の作品が多いこと。2020年にアニメ化を果たした悪役令嬢作品「乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…」(山口悟)も、2014年から小説投稿サイト・小説家になろうで連載された作品だ。小説家になろうは、悪役令嬢作品ブームの発信源ともいえる。月間20億PVを誇る同サイトを運営する株式会社ヒナプロジェクト・平井氏は、悪役令嬢作品の始まりを「おそらく2012年くらい」と語る。

「乙女ゲーム(女性向けの恋愛シミュレーションゲーム)の世界に入って活躍する作品はそれ以前にもポツポツあったんですが、2012年から2013年くらいに、悪役令嬢ものの特徴を持つ作品が出始めました。エポックメイキングな作品は、『悪役令嬢後宮物語』(涼風)と『謙虚、堅実をモットーに生きております!』(ひよこのケーキ)だと思います」(平井氏)

「悪役令嬢後宮物語」は2012年2月に小説家になろうで連載開始。人の心を弄びそうに見える美貌……つまり“悪役顔”のせいでやることなすこと誤解されてしまう伯爵家令嬢ディアナを主人公にした、波乱万丈の後宮ラブコメだ。「物語の世界の悪役令嬢に転生」という王道のストーリーとは異なるが、“周囲に悪役だと思われている”少女の物語であり、タイトルにも「悪役令嬢」とバッチリ入っている。2013年8月にフロンティアワークスのレーベル・アリアンローズより単行本化され、2019年12月に全8巻で完結。晴十ナツメグによるコミカライズも行われた。平井氏によると小説家になろうが把握している中で、最初に書籍化された悪役令嬢作品が「悪役令嬢後宮物語」だと言う。

一方、「謙虚、堅実をモットーに生きております!」は、前世で愛読していた少女マンガ「君は僕のdolce」の世界に転生した悪役お嬢様・吉祥院麗華の物語で、「物語の世界に悪役として転生する」「没落を回避するために奮闘する」という悪役令嬢作品の王道のストーリー展開。2013年7月より小説家になろうに投稿され、2017年から更新されていないものの299話まで公開されている。

「『謙虚、堅実』が小説家になろうで一番読まれた悪役令嬢作品じゃないかと思います。長い間、累計ランキングのトップ10に必ず入っていた作品でした(※2021年6月現在は23位)」(平井氏)

小説家になろうには、「ジャンル別」「総合」「異世界転生/転移」のランキングがあり、「日間」「週間」「月間」「四半期」「年間」など期間を区切って公開されている。2021年6月時点で約88.2万作品と膨大な数の小説が投稿されている小説家になろうで、ランキングの上位作品となることは作品ページに読者が流入し、ファンが増えることにつながる。

「ランキングに入るかどうかは、人気作になるかどうかの分かれ目となります。『異世界〔恋愛〕』ジャンルのランキングは、一時期半分以上が悪役令嬢作品だったり、その派生作品だったり。かなりの数がランキングに入っていました」(平井氏)

平井氏は、小説家になろうで悪役令嬢ものが人気となった背景をどう分析しているのだろうか。

「話を作りやすいと言いますか、いろんな方が書きやすい物語なんじゃないかと思います。“異世界転生”ものにも言えるんですが、やっぱり書けないと投稿数も増えないんです。たくさんの人が書けるからこそ、たくさんの作品が生まれてくる。悪役令嬢ものの舞台は馴染みのある乙女ゲームの世界で、登場人物は悪役令嬢や攻略対象の男性と比較的型にはめて考えやすいんじゃないかと。小説家になろうでは、読者が書き手になることも多いんです。読者が書き手になり、新しく生み出した作品にまた読者がついて……といい循環が生まれる。これは悪役令嬢や異世界転生など人気ジャンルの特徴でもあります。まず何かエポックメイキングな作品が生まれ、そこから循環が生まれてブームに育つのかなと思いますね」(平井氏)

■ FLOS COMICの編集者たちに聞く
悪役令嬢ものを担当している編集者は、このブームをどう見ているのだろうか。悪役令嬢ものは異世界転生ジャンルと親和性が高く、“女性向けの異世界もの”をテーマとしたマンガレーベル・KADOKAWAのFLOS COMICでも多くの悪役令嬢作品を抱えている。そのFLOS COMICより、「悪役令嬢は嫌われ貴族に恋をする」(伊吹有・葉山湊月)を担当するアライブ編集部の松井氏、「悪役令嬢の追放後! 教会改革ごはんで悠々シスター暮らし」(吉村旋・柚原テイル)を担当するコミックコンテンツ編集課の山川氏、「悪役令嬢、セシリア・シルビィは死にたくないので男装することにした。」(秋山シノ・秋桜ヒロロ)を担当するWEB&コミック課の石戸氏に話を聞いた。

2017年に誕生したFLOS COMICでは、「女性が主人公の人気Web発小説」を中心にコミカライズを行っている。同レーベルの旗振り役である松井氏は、KADOKAWAの各媒体で連載されている、異世界への転生・召喚を題材にした小説のコミカライズ作品を集結させたサイト・異世界コミックを立ち上げた人物でもある。

「異世界コミックの次は少女マンガをやりたい、ファンタジーものだったら男女問わず読んでくれるんじゃないか……という思いがありました。2015年、2016年くらいに『Re:ゼロから始める異世界生活』などはもちろん、『盾の勇者の成り上がり』『八男って、それはないでしょう!』といった小説家になろう発作品のコミカライズがブームになっていて、実際に売り上げもよかったので、“異世界コミックの女性版”という立て付けならできそうだと。そうして作ったのがFLOS COMICです」(松井氏)

FLOS COMICはKADOKAWAの社内で“フリーレーベル”と呼ばれるレーベル。「FLOS COMIC編集部」が存在するわけではなく、アライブ編集部、コミックコンテンツ編集課、WEB&コミック課といった編集部に所属するメンバーが、FLOS COMICのコンセプトのもとそれぞれマンガを編集し、協力してフェアなどの施策を打っている。単行本の刊行点数はレーベルが誕生した2017年からうなぎ上り。2017年に6点、2018年に18点、2019年に40点、2020年に79点の単行本をFLOS COMICより刊行した。特に2019年7月以降、如実に刊行点数が増えたと言う。

「79点出ているということは毎月6~7点出ているということ。いちレーベルとして考えても、かなり多いと思います。ひとえに女性向け異世界ものが増えている・売れているから刊行点数が伸びていると言っていい。2019年後半に刊行点数が伸びたのは、2018年後半くらいから多くの連載が始まったからでしょう。最初、FLOS COMICに参加しているのは3編集部くらいだったのですが、今では10編集部くらいに増えています」(松井氏)

FLOS COMICで最初に連載された悪役令嬢もの作品は、なんだったのだろうか。

「『ドロップ!! ~香りの令嬢物語~』(夕木有・紫水ゆきこ)と、『隅でいいです。構わないでくださいよ。』(丹野いち子・まこ)です。その後『悪役令嬢は、庶民に嫁ぎたい!!』(なびこ・杏亭リコ)などが始まって。最初は悪役令嬢ものを狙いに行ったというより、女性向けのなろう小説で人気のあるタイトルをコミカライズしたくてオファーしていきました」(松井氏)

山川氏、石戸氏が悪役令嬢作品の人気を意識したのは、KADOKAWAより刊行されているマンガ「悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される」(ほしな・ぷにちゃん)がきっかけだったと言う。

「『悪役令嬢は隣国の王太子に溺愛される』はFLOS COMICではなくB's-LOG COMICから出ているのですが、社内でも話題に上るほどの売り上げでした。『隣国の王太子』が話題になる前から悪役令嬢ものは企画していたのですが、自分がやってみた結果もやはり反響がありましたね」(山川氏)

そうして徐々に増えていった悪役令嬢作品のコミカライズ。KADOKAWAのComicWalkerで公開している「異世界コミックランキング2020(女性編)」では、20位中7作品のタイトルに「悪役令嬢」という文字が入っている。

「いつ頃から……とは明言できないんですが、『悪役令嬢』とつく作品がすごく売れるようになって。タイトルに『悪役令嬢』と入っていると、そもそも読んでもらえる率が高いんです」(石戸氏)
「『悪役令嬢』とついていると、電子書籍の売り上げが爆発する印象があります。もともと、FLOS COMICの読者さんはサイト内をかなり巡回する……つまりFLOS COMICの作品をかなり読んでくださっているというデータがあって、サイト内の作品の売り上げも近くなることが多かったんです。でも、悪役令嬢作品が増えてきた2019年あたりから、悪役令嬢作品は飛び抜けて売り上げが上がってきています」(松井氏)

悪役令嬢作品の編集担当である3人は、悪役令嬢が人気となった背景をこう分析する。

「悪役令嬢ものは最初にバッドエンドを回避する物語であると目的がはっきり提示されるので、読んでいて安心感があるんだと思います。それに、何も努力していないのに逆ハーレム状態になるわけではなく、最初はみんなから嫌われているにもかかわらず努力で一生懸命がんばって状況を改善していくという展開が、現代の女性読者さんに共感されやすいのかもしれません」(石戸氏)
「悪役令嬢って、実は悪役ではなく虐げられた状態から始まるシンデレラストーリーなんです。なので、実は悪役令嬢ものは恋愛ストーリーとしてはけっこう王道な展開。そこも安心感につながっていると思いますね」(松井氏)
「最初は“物語の悪役”なので、実は素直ないい子だったなどキャラとしてのギャップを出しやすい、という特徴があるかもしれません。それに、悪役令嬢作品を読んでいる人は定番の設定を知っていることが多いので、導入部で過度に説明しなくていいのも読みやすさにつながり、ファンに受け入れられているんだと思います」(山川氏)

■ 清風堂書店の久保氏に聞く
ジャンルの台頭に目をつけ、“悪役令嬢フェア”を行う書店もある。大阪・清風堂書店の久保氏は、2020年7月に悪役令嬢をテーマにしたフェアを開催した。

「清風堂書店は30代後半からの男性客が多いんです。だから普段少女マンガは全然動かないのですが、悪役令嬢ものはかなり売れ行きがよくて。男性も読める悪役令嬢のマンガと小説を中心にフェアをしてみようと思い立ちました」(久保氏)

実際に、清風堂書店で悪役令嬢作品を購入しているのは男性客なのだろうか。

「そもそも女性向けの異世界転生ものがよく動く店なんですが、悪役令嬢フェアでも男性のお客様がよく買っていってくださって、フェアの売り上げも好調でした。『悪役令嬢になんかなりません。私は『普通』の公爵令嬢です!』(明。)が一番動いたと思います。女性のお客様からも『悪役令嬢がまとまっててうれしい』というお声があって。いろんなレーベルさんから出ているので、ジャンルとしてまとまっている書店が少ないのかもしれません。フェアとして一緒に置くことで、悪役令嬢ものが読みたいというニーズに応えられたと思います」(久保氏)

悪役令嬢作品を男性が読んでいるという声は、前述のアライブ編集部の松井氏からも上がっていた。

「異世界コミックは男女比が7対3だったんですが、FLOS COMICではだいたい3対7。3割は男性なんです」(松井氏)

事実、男性マンガ誌・アワーズGH(少年画報社)でも「悪役令嬢転生おじさん」(上山道郎)が連載中だ。同作は52歳の公務員・屯田林憲三郎が、乙女ゲームの世界に悪役令嬢グレイスとして転生したことから始まるオリジナルの悪役令嬢作品で、上山道郎が自身のSNSに投稿して約16万いいねと人気を博したことから連載化に至ったもの。「次に来るマンガ大賞 2020」ではコミックス部門の4位にランクインしている。女性のみならず、男性にも悪役令嬢作品は広まっていると言えるだろう。

“書(描)きやすい型”を持ちつつ、王道の展開にも個性が光る独自の展開にも振れる悪役令嬢もの。多くの書き手と読み手によってたくさんのWeb小説が投稿され、それが単行本化、コミカライズされてまた多くの読み手を抱える人気ジャンルに発展した。今後も数多くの作品が生み出され、私たちを楽しませてくれることだろう。

■ 小説家になろう
日本最大級の小説投稿サイト。2021年6月時点で小説掲載数88.2万作品、登録ユーザー数200万人と多くのユーザーが活発に小説を投稿している。小説家になろうの中から書籍化された作品は8000冊以上、アニメ化された作品は30作品以上。
https://syosetu.com/

■ FLOS COMIC
Web小説で一大ジャンルとなった、主人公が異世界へ転生・召喚される物語の中から、女性主人公が異世界へ転生する作品をコンセプトとしたレーベル。FLOS COMICで連載中の橘由華原作による藤小豆「聖女の魔力は万能です」は、2021年4月よりアニメが放送されている。このほか悪役令嬢作品も数多く連載中だ。
https://comic-walker.com/flos/

■ 清風堂書店
1967年に創業した大阪府・大阪市北区にある書店。雑誌、新刊書籍、文庫、新書、社会科学書、ビジネス書に加え、コミックにも力を入れている。地下鉄谷町線・東梅田駅6番出口すぐ。
〒530-0057 大阪市北区曽根崎2-11-16 梅田セントラルビルB2
TEL:06-6312-3080 / FAX:06-6314-3635
http://seifudo.co.jp/company/index.html