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立川ホテル殺人「名前が出るなら死んだほうがマシ」 風俗関係の被害者報道、支援団体に聞く

2021年06月09日 10:41  弁護士ドットコム

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東京・立川市のホテルで6月1日、派遣型風俗店ではたらく女性が刃物で刺されて死亡し、同じ店の男性従業員も刺されて意識不明の重体になった事件。


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警視庁立川署は翌2日、殺人未遂の疑いで、19歳の少年を逮捕した。産経新聞(6月3日)によると、少年は「あんな商売をやっている人間はいなくていい。風俗の人はどうでもいい」と供述したという。



「今回の事件で亡くなられた方、被害に遭われた方、当該風俗店関係者の氏名を原則非公開とし、プライバシー保護の要請を、警察としても、マスコミ各社としても、徹底して下さいますようお願い申し上げます」



この事件をめぐっては、亡くなった女性の職業と実名が報道されたため、セックスワーカーの支援活動をしている団体「SWASH」(要友紀子代表)は2日、警察やメディア関係者に向けて配慮を求める要望書を出した。どんな背景があるのだろうか。(ライター・渋井哲也)



●犯罪報道は原則として「実名報道」になっている

「私たちが、風俗関係者が絡んだ事件に関する実名報道の問題について、警察に要望書を出すのは、2017年12月、さいたま市の雑居ビル火災が報道されて以来です。ソープランドの従業員ら5人が亡くなり、実名で報道されました。



このとき、私たちは火災発生から3時間後に大宮署へ行き、要望書を出しましたが、警察は『要望についての回答はしない』『要望書を承った形となります』という対応に留まりました。誰がどのような判断で実名にするのか、匿名にするのかは謎のままです。今回の事件も同様です」(要さん)



よく知られているように、日本の犯罪報道は、原則として「実名主義」だ。事件が起きた段階で被害者の実名、逮捕段階で被疑者(容疑者)の実名を報道することが基本となっている。



一方で、実名報道は、被害者のプライバシーが暴かれるリスクがある。ことさら、風俗に関わる仕事をしている場合、風俗産業への偏見や差別を助長するようなことにもつながりかねない。



1997年の東電OL殺害事件のときも、個人売春をしていた被害者の行動が過度に注目された。2001年9月に起きた新宿・歌舞伎町の雑居ビル火災でも、ビル内にセクシーキャバクラがあり、死亡した女性たちが実名で報じられて、報道のあり方が問われた。



●新聞協会・民放連「実名報道か匿名報道か自律的に判断する」

日本新聞協会と日本民間放送連盟は2005年12月、国の犯罪被害者等基本計画が定められたとき、以下のような共同声明を発表している。



「被害者名の発表を実名でするか匿名でするかを警察が判断するとしている項目については、容認できない。匿名発表では、被害者やその周辺取材が困難になり、警察に都合の悪いことが隠される恐れもある。私たちは、正確で客観的な取材、検証、報道で、国民の知る権利に応えるという使命を果たすため、被害者の発表は実名でなければならないと考える」(共同声明)



こうした原則を示しながらも、「警察発表」=「実名報道」ではないとしている。



「実名発表はただちに実名報道を意味しない。私たちは、被害者への配慮を優先に実名報道か匿名報道かを自律的に判断し、その結果生じる責任は正面から引き受ける。これまでもそう努めてきたし、今後も最大限の努力をしたいと考えている」(共同声明)



ただし、事件によって、被害者は匿名で警察発表される。「第4次犯罪被害者等基本計画」(2021年3月)によると、こう謳われている。



「警察による被害者の実名発表・匿名発表については、犯罪被害者等の匿名発表を望む意見と、マスコミによる報道の自由、国民の知る権利を理由とする実名発表に対する要望を踏まえ、プライバシーの保護、発表することの公益性等の事情を総合 的に勘案しつつ、個別具体的な案件ごとに適切な発表内容となるよう配慮する」



ちなみに、2016年7月に神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた事件で、植松聖死刑囚は19人を刺殺し、入所者や職員26人にケガを負わせた。この事件では、被害者が匿名化されたのは、警察の発表段階だった。報道側の判断ではない。





●「セックスワークの場合、家族や親族が嫌がらせで苦しむ」

報道だけ見てもわからない。風俗関係者が事件に絡むことはどのくらいあるのか。



「たとえば、事件が起きた場合、被害者の名前も加害者の名前も知るのは警察です。被害者がセックスワークをしていたかどうかは警察しか知らない情報です。警察がご遺族に連絡をすると、『犯人と出会った経緯は非公表にしてほしい』と言われたり、発表される際、『大学生』や『アルバイト』など、被害者の他の肩書きで発表されることもあるようで、正確にはわかりません」(要さん)



今回は、ラブホテルで起きた殺人事件だ。「被害者を匿名にするほうが周囲への影響が少ないのでは」と要さんは指摘する。



「ラブホテルで殺人事件が起きるとなると、カップルか、風俗、出会い系を使った個人売春、援助交際かと疑われます。犯人が被害者と面識のない相手だと、現場がホテルのため、関係性や職業が連想されてしまいます。他の職業ならば、その仕事をしていることを理由に家族や親族に嫌がらせはないでしょう。



しかし、セックスワークの場合は、家族や親族が嫌がらせで苦しむことになります。風俗ではたらく人たちの中には、『名前が出るくらいなら死んだほうがマシ』との声もあります。名前が出ることはそれだけ、差別による社会的な死に関わるのです」(要さん)



●風俗関係者がことさら危険にさらされているわけではない

1998年の風俗営業適正化法(風営法)が改正されて、新規の店舗型風俗店が認められなくなり、現場の店舗は改装も改築も認められなくなった。一方で、派遣型風俗が合法化された。それによって、ラブホテルがサービス提供の主な場になった。



ラブホテルが殺人事件の現場になった件数はどのくらいあるのか。要さんは、警察庁の情報公開窓口に問い合わせたことがある。



「この風営法改正で、ラブホテル内での殺人事件の推移に変動があるのかを調べました。データを見ると、殺人事件は、2000年から2019年でみると、合計で125件。1年平均で6件ほど。ちなみに一般的に起こる殺人事件の大半は、親族やカップルなどの顔見知りです。風俗関係者が殺人の被害者になったのは、知りうる限り、最近では2件あり、いすれも客と店外で会っていたケースです」(要さん)



殺人事件の被害者は、加害者の顔見知り――。法務総合研究所「研究部報告50 無差別殺傷事犯に関する研究」(2013年)によると、1979年以降、殺人の被疑者と被害者の面識率は、80%台後半、親族率は50%前後を推移している。



これを見る限りでは、風俗関係者がことさら危険にさらされているわけではない。要さんがあげた2件の事件は、あくまで客と親密な関係になっていたケースだ。



「リスクを回避するためには、法改正前のように、新規の店舗型を認めるべきです。店舗であれば、近くに他の従業員がおり、凶悪犯罪や殺人が起こりにくいのです。ただ、店舗の場合、仕事場がわかりやすいため、はたらく人が店に入りにくい、あるいは、仕事終わりにストーカー被害に遭うなどの別のリスクがあります。



一方、ラブホテルや自宅に派遣される場合、セキュリティを強化することです。ラブホテル内のオートロックを禁止し、何かあれば、すぐに部屋に行けるようにするなど、ホテル側との連携が必要だと思います」(要さん)



●「明らかにヘイトクライムによる殺人だ」

今回の事件で、逮捕された少年は「殺人動画を見て刺激を受けた」(朝日新聞・6月2日)と語ったという。風俗ではたらく女性を対象としたのは、何かしらの意図があったのかもしれない。



「"風俗や風俗嬢はあってはならない"と思っていたとすれば、"風俗嬢になら何をしてもいい人たち"と思ってしまいかねません。これは、相模原市の『やまゆり園』事件での優生思想、ヘイトクライムと同じです。風俗批判の中で、"風俗は社会にあってはいけない"と言い過ぎる傾向があるのではないでしょうか」(要さん)



たしかに、風俗の危険性をことさらに主張する声もある。しかし、要さんは次のように反論する。



「DVで3日に1人殺されているというデータがありますが、これらは被害者が風俗関係者の場合と全然くらべものにならないくらいに多いです。しかし、『結婚制度でたくさん殺されているからなくすべき』という議論にはなりません。



風俗の場合、1件でも殺人事件が起こると、『やっぱり風俗は危ないからだめ』と考える人が多い。これが差別です。どちらも、どうやって安全を確保するかを考えなければならない。



はたらくことに伴う命の危険は、他の職業でもあります。しかし、その職業が"なくなってほしい"という動機で殺人事件が起きません。どんな職業においても客とのトラブルもあります。精神的なコミュニケーションを取る仕事であればなおさらです。



今回は、客との個別の問題ではなく、"風俗ではたらく人"が対象になりました。明らかにヘイトクライムによる殺人です。だからこそ、メディアは、風俗への差別や偏見を助長してはいけない」(要さん)