2021年06月09日 10:11 弁護士ドットコム
岩手県盛岡市内の国道で6月5日に発生した交通事故で、停止中の軽乗用車に衝突した乗用車を運転していたのが「9歳の男児」だったと報じられた。
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報道によると、事故前に「子どもが車を運転している」との110番を受けた岩手県警が、乗用車を複数台のパトカーで追跡していたところ、時速20~30キロで走行していた乗用車が赤信号で停止していた前方の軽乗用車に衝突。軽乗用車を運転していた女性が軽傷を負ったという。
乗用車を運転していた男児は、自宅で親が目を離していた間に、鍵を持って車に乗り込んだようだ。自身も軽傷を負ったが、意識はあるという。
運転技術を習得していない9歳児が車を走らせて事故を起こせば、死亡事故になる可能性も十分あった。被害者や男児が軽傷で済んだのは不幸中の幸いといえるだろう。
もちろん、交通事故を起こした以上、責任を取る必要がある。しかし、9歳の加害者に交通事故の責任を問うことはできるのだろうか。また、子どもを監督する保護者の責任はどうなるのだろうか。本間久雄弁護士に聞いた。
——9歳児が交通事故の責任を負うことはあるのでしょうか。
まず、民事上の責任について説明します。
車の運転を誤って、物を壊したり、人に怪我を負わせたりした場合、車の運転者には不法行為責任(民法709条)が成立し、壊した物の修理代や怪我をした人の治療費、休業損害、慰謝料のほか、後遺障害が残ったときは逸失利益も賠償しなければなりません。
ただ、民法は、「未成年者は、他人に損害を加えた場合において、自己の行為の責任を弁識するに足りる知能を備えていなかったときは、その行為について賠償の責任を負わない」と定めています(712条)。
「自己の行為の責任を弁識するに足りる知能」があるか否かについては、問題となっている行為の法的責任を認識できるだけの知的能力を当該行為者が備えていたかどうかが具体的に検討されることになりますが、これまでの裁判例からすると、その分かれ目は「11~13歳」の間ぐらいに見うけられます。
今回のケースについては、車を運転していたのが「9歳の男児」だったことから、おそらく男児は民事上の責任(不法行為責任)を負わないものと思われます。
——刑事上の責任についてはどうでしょうか。
車を無免許で運転して人に怪我を負わせていることから、一般的には、無免許過失運転致傷罪(自動車運転処罰法5条、6条4項、10年以下の懲役)が成立するものと思われます。
なお、今回の男児は9歳で、運転技術も未熟でしょうから、無免許過失運転致傷罪ではなく、危険運転致傷罪(同法2条3号、15年以下の懲役)が成立することも考えられます。
ただ、14歳未満の者の行為は罰することができませんので(刑法41条)、いずれの犯罪が成立したとしても、男児が刑事処罰を受けることはありません。
——民事・刑事責任以外に、何か法的な措置などはないのでしょうか。
14歳未満で刑事事件を起こした者のことを「刑事未成年者(触法少年)」といい、児童福祉法上の措置がとられることとなります。具体的には、少年の行為や環境等に応じて警察から児童相談所に送致・通告がおこなわれます。
児童相談所は、事件の軽重や少年の環境・素質などに応じて、児童や保護者への訓戒、誓約書の提出、児童福祉施設への入所措置、里親委託といった福祉的措置をとっていくことになります。
その上で、児童相談所の所長が、家庭裁判所の審判に付することが相当であると判断した場合には、事件を家庭裁判所に送致します。
家庭裁判所に触法少年の事件が送致された場合、触法少年の少年審判は通常の少年審判とほぼ変わりありませんが、施設収容の決定が出された場合、少年院ではなく、児童自立支援施設に入所することとなるケースが大半です。
——保護者の責任はどうなるのでしょうか。
刑法上の責任は、実際に行為をおこなった者が負うのが原則ですので、保護者が男児の行為について刑法上の責任を負うことはないものと思われます。
ただ、「保護者が普段から子どもが車を運転しているのを黙認してきた」などといった例外的な事情があったときは、保護者が過失致傷罪・重過失致傷罪に問われる可能性もゼロではありません。
一方、民事上の責任については、未成年者が責任を負わない場合、当該未成年者(責任無能力者)を監督する法律上の義務を負う者が賠償責任を負います(民法714条1項)。
もっとも、監督義務者がその義務を怠らなかったとき、またはその義務を怠らなくても損害が生じるようなときは、賠償責任を負わないとされています(同条ただし書)。
——今回のケースでは、自宅で親が目を離したすきに、鍵を持って車に乗り込んだようです。保護者は賠償責任を負うのでしょうか。
前述のように、男児には民事上の責任が成立しないと思われますので、保護者が第三者に発生した損害を賠償することになると考えられます。
保護者の監督義務は未成年者の全生活領域にわたるため、責任能力のない未成年者が実際に違法な他害行為を行った場合には監督義務違反があることが推定されますので、裁判実務上、よほどのことがない限り、保護者の免責が認められることはないものと考えた方がいいでしょう。
——免責が簡単に認められないとなると、保護者としては「未然防止」に力を入れておいた方がよさそうです。
今回のようなケースで保護者が損害賠償責任を負わされないためには、車の鍵など未成年者が使うと危険な物は日頃から未成年者の手の届かないところに保管しておくべきでしょう。
また、万一事故が発生したときに備えて、自動車保険はもちろん、自動車以外の事故に備えて個人賠償責任保険に加入しておくことが肝要です。
【取材協力弁護士】
本間 久雄(ほんま・ひさお)弁護士
平成20年弁護士登録。東京大学法学部卒業・慶應義塾大学法科大学院卒業。宗教法人及び僧侶・寺族関係者に関する事件を多数取り扱う。著書に「弁護士実務に効く 判例にみる宗教法人の法律問題」(第一法規)などがある。
事務所名:横浜関内法律事務所
事務所URL:http://jiinhoumu.com/