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『進撃の巨人』エレンの真意はどこにある? “残酷で美しい”物語の閉幕に寄せて

2021年06月08日 11:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『進撃の巨人 (34)』

 6月9日、『進撃の巨人』(講談社)の最終34巻がついに刊行されるにあたり、既刊を改めて読み返して思い出したのは、星新一の「おーい、でてこーい」というショートショートだった。「穴」とタイトルを変えて『世にも奇妙な物語』で放送されたのを記憶している人もいるだろう。ある男が発見した穴に石を投げ入れたところ反響はなく、ためしにゴミを捨てても溢れるどころか吸い込まれるように消えていく。やがて穴の上にゴミ処理場をつくり、どんどん汚物を捨てていくのだけれど、あるとき空から、穴を見つけた男の「おーい、でてこーい」という声とともに最初に投げ入れたはずの石が落ちてくる、という話である。


■新たな「穴」をうみだす行為


関連:『進撃の巨人(1)』表紙


 醜くて臭いものをどこかへ押しつけて、自分たちだけきれいな場所で生きようとしてもいずれツケがまわってくる。〈この世界は残酷だ…そして…とても美しい〉とはミカサ・アッカーマンのセリフだが、『進撃の巨人』はずっと、残酷で理不尽な現実を背負わずして美しく自由な世界へはたどりつけない、ということを描き続けてきたような気がする。


※以降、ネタバレを含む。


 『進撃の巨人』の世界で「穴」の役割を押しつけられ続けていたのは、エルディア人だ。なぜなら彼らは、巨人の力を使って大陸を支配し民族浄化を行った悪魔の末裔だから。マーレ国に生きるエルディア人は強制収容区に追いやられ、政府に逆らえば巨人化させられパラディ島へ送られる。だが戦士としての腕を磨き、名誉マーレ人と認められれば、人としての尊厳を与えられる。だから、かつて王とともにパラディ島に移住し、三重の壁の内側に生きるエレディア人――エレンたちをマーレ人とともに憎悪する。


 2000年近くも前に先祖がおかした罪をエルディア人に押しつけ、一般市民の不平不満のはけ口にするのは、為政者にとってひどく都合がいいことだっただろう。そして、自分たちこそ善良なのだという正義を確信したマーレ人は、多少のいやなことがあっても「あいつらよりマシ」という優越感をもって、心地よく生きていくことができる。だがそんな理不尽なシステムがいつまでも続くわけがない。「死んで当然」とみなされ、大切な人たちを目の前で食い殺された壁内人類の、エレンの憎悪は巨人を駆逐するまで静まらない。そしてその矛先は、壁内に巨人を放ったマーレをはじめとする壁外人類すべてに向けられていく。


 憎しみは、連鎖する。だからエレンは、すべてをリセットすることにした。壁の外の人類がひとりでも生きている限り、自分と大切な人たちの命は脅かされる。壁の外にある命をすべて駆逐し、歴史ごと消滅させることで、ゼロからやりなおそうとするのだ。だが、その駆逐される命にはかつての仲間であるライナーも、エルディア人は悪魔の末裔であると洗脳されてしまっただけの子供たちも含まれている。醜悪で自分勝手に見える大人たちだって、自分の信じてきた正義に従って生きてきただけだ。


 その命の、ひとつひとつの重さを無視して、自分たち以外はすべて“悪”とし駆逐しようとすることもまた、新たな「穴」をうみだす行為でしかない。この世に味方以外誰もいなくなったとしても、きっとまた、残された人類のなかに新たな争いの火種が生まれる。そもそも〈人類以外の強大な敵が現れたら人類は一丸となり争い事をやめるだろう〉という言い伝えに〈ずいぶんと呑気ですね…欠伸が出ます…〉と言ったのは他でもないエレンである。


 自分たちのためにエレンが起こそうとしている前代未聞の虐殺を、止めるべく調査兵団の仲間たちはエレンのもとへ向かう。最悪の場合、エレンを殺さなくてはならない覚悟で。そんななか、エレンだけを想い、エレンのためだけに生きてきたミカサの想いは報われるのか――も34巻の読みどころのひとつだが、もうひとり、重要な役割を負うことになるであろうアルミンのことも忘れてはならない。


 アルミンは、折に触れて「話し合おう」と言い続けてきた少年である。巨人化したエレンが処刑されそうになったとき。仲間だと思っていたアニが敵だとわかったとき。マーレ人の争いに終止符をうつには地鳴らしを起こすしかないと言われたとき。いつだってアルミンは、わかりあえない相手のことも知り、手をとりあえる道を探そうとしていた。それは、壁の外に人類がいると知って「ガッカリした」というエレンとは対極の姿勢のように思える。エレンが夢見た壁の外には、たぶん、行く手を阻むものはなにひとつ存在しなかった。ほかにも人類が存在した、というのはエレンにとって、自由を阻む可能性が新たに増えた、ということだったのかもしれない。強大な敵が現れようとも一丸とはなれない人類の本質を知り、自由を守り生きるためには戦い続けなくてはならないと信じてきたからこそ、よけいに。


 けれどアルミンは、どんなときでも、どんなに恨みがもつれた相手でも、話し合い理解しようとすることをあきらめなかった。そんなアルミンにエレンは言い放つ。〈話し合いなど必要無い〉と。〈オレを止めたいのならばオレの息の根を止めてみろ〉と。そこには、闇落ちした主人公とそれでも彼に手を差し伸べる親友の構図ができあがる。


 だが――本当に? 巨人が単なる獰猛な敵ではなかったように、これまで幾度となく、わかりやすい二項対立を覆してきた諫山さんだ。そうシンプルに事が運ぶはずがない。果たしてエレンの真意はどこにあるのか。ともに肩を並べて走り続けてきて幼なじみたちは、どんな結末を迎えるのか。最後の最後まで読者の予想を裏切り続ける物語の閉幕を、ぜひその目で確かめてみてほしい。


■立花もも
1984年、愛知県生まれ。ライター。ダ・ヴィンチ編集部勤務を経て、フリーランスに。文芸・エンタメを中心に執筆。橘もも名義で小説執筆も行う。