2021年06月03日 19:01 弁護士ドットコム
6月1日に起きた東京都立川市の男女死傷事件で、メディアによって、被害者の実名・匿名の報道判断が分かれた。
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弁護士ドットコムニュースでは、大手の新聞各紙・テレビ各局での取り扱いをまとめ、判断についての見解を求めている。
各社の報道によれば、事件は6月1日、立川市のホテルで起きた。部屋で刺された女性は死亡し、女性からの連絡で駆けつけた男性も刺されて意識不明の重体。2日になって、男性に対する殺人未遂の疑いで、19歳の少年が逮捕された。容疑を認める供述をしているという。
女性の体に70か所もの刺し傷があったことなどの異様性から、各紙各局が事件を報じた。その際、亡くなった女性の「職業」「氏名」の扱いは一様ではなかった。
職業は「風俗店店員」「店員」「職業なし」、氏名は「実名」「匿名」とし、その組み合わせは様々だった。
編集部が取り上げるのは、4つの全国紙によるネットニュース(1日と2日)と紙面(3日朝刊)での報道。そして、実名報道を確認した3つのテレビ局によるネットニュースだ。
被害女性の職業と実名の両方を出したのは、産経新聞と日本テレビとフジテレビの1紙2局。
日本テレビ(日テレNEWS24、少年の逮捕を伝える記事:6月2日16時01分) 「風俗店店員の●●さんが包丁でおよそ70か所刺されて死亡し、」
フジテレビ(FNNプライムオンライン、犯人とみられる男の画像を警察が公開したことを伝える記事:6月2日午前11時45分) 「派遣型風俗店の従業員・●●さん(31)が、全身をおよそ70カ所刺され、」(実名と、名にふりがなも付けられていた)
2社の記事は、今も閲覧可能な状態だ(6月3日18時30分段階)。
産経新聞(ネット記事、少年の逮捕を伝える記事:6月2日14時14分) 「神奈川県相模原市、派遣型風俗店従業員、●●さん(31)が室内で刃物で約70カ所も刺され、」(実名と、名にふりがなも付けられていた)
この記事は、2日のうちに匿名に切り替わっていた。ただし、職業についての記載に変化はない。
産経新聞は、事件について複数の記事を報じているが、同じく実名から匿名になったものがあった。
具体的な職業を伏せて、実名を出したのは、毎日新聞とNHKの1紙1局。
毎日新聞(ネット記事:少年の身柄確保を伝える記事:6月2日15時51分時点) 「相模原市緑区●、店員、●●さん(31)が胸など70カ所以上を刺されて死亡し、」(実名と、名にふりがなも付けられていた)
この記事は、遅くとも、同日19時58分段階で匿名に切り替わっていることを確認した。
毎日新聞は、事件について複数の記事を報じているが、いずれも実名から匿名になった。
編集部ではメディアへの質問状送付を6月2日夕方から夜にかけて行っている。
NHK(NHKニュースサイト、少年の逮捕を報じる記事:6月2日16時40分) 「立川市のホテルの部屋で神奈川県相模原市の●●さん(31)が刃物で刺されて死亡し、」
NHKの記事には職業の記載がなく、実名だった。NHKの記事もまだ閲覧できる状態だ(6月3日18時30分段階)。
職業を出して、匿名としたのは、読売新聞、朝日新聞の2紙。
読売新聞(読売新聞オンライン、逮捕を伝える記事:6月2日15時56分時点) 「死亡したのは相模原市緑区の風俗店員の女性(31)。」
この記事は最初の掲載から、見出しや本文含めて何度か更新されているようだが、被害者に関して変化は特にないようだ。
朝日新聞(朝日新聞デジタル、少年の身柄確保を伝える記事:6月2日12時37分) 「死亡したのは派遣型風俗店の従業員の女性(31)=相模原市緑区=で、当時は接客中だった。」
編集部は6月3日朝、都内で4紙の新聞を入手し、事件の記事を確認した。
毎日新聞 「相模原市の店員の女性(31)」 記事全体通しても風俗などの記述なし。
読売新聞 「相模原市在住の風俗店員の女性(31)」
朝日新聞 「死亡したのは派遣型風俗店員の女性(31)=相模原市緑区=で、」
産経新聞 「派遣型風俗店従業員の男女が刺され、」「死亡したのは、相模原市の女性(31)」
毎日新聞と産経新聞に、当初のネット記事における扱いと、紙面との扱いに差があった。
今回、実名が出たことで、被害者とされる女性の顔写真含む個人情報が、ネット上から掘り起こされて、いわゆる「トレンドブログ」などで広まってしまった。
SNSの反応を見ると、「なぜわざわざ被害者の女性が実名報道されるんだろ。デリヘル嬢とか隠してやってる人も結構いるのに、被害者の人権は無視か」と疑問視するものがいくつもある。
各社の配信先のヤフーニュースのコメントにも、「職業に貴賤はないけど、どういう職業の方が事件に合われたか先んじて報道があったのだから実名報道はやめてあげてほしい」などの意見が目立った。
特に考えのないまま、警察の発表する実名をネット記事に流したのだとすれば、取り返しのつかないこともある。紙面で配慮しても遅い。
実名報道を受け、性風俗で働く人々を支援する団体「SWASH(Sex Work and Sexual Health)」は6月2日、警察やメディア関係者に向けて、性風俗で働く人の実名を原則非公開とするよう求める要望書を提出した。
編集部では6月2日、実名・匿名とした判断について、各社にメールやFAXで見解を求めた。回答があった社のコメントを随時記載していく。社によっては、回答に時間がかかるとの連絡を受けている。
フジテレビ企業広報部(6月3日) 「総合的に判断して実名で報じています。取材の詳細についてはお答えしていません」
毎日新聞社社長室広報担当(6月3日) 「毎日新聞は、事件・事故報道において実名を原則としながら被害者のプライバシーや人権への配慮に努めています。個別の事案ごとに状況を総合的に検討し、ケース・バイ・ケースで判断しています」
NHK広報局(6月3日) 「事件の重大性や命の重さを伝えるため、総合的に判断して実名でお伝えしました。今後も取材を続け、被害者の名前など事件をめぐる表現につきましては、その都度判断して参りま す」
日本テレビ社長室広報部(6月3日) 「この事件で被害者の方を匿名とするか実名とするか日本テレビ報道局では慎重に議論しました。その上で報道の原則である実名で報じることとしました。正確で客観的な取材、検証、報道を行うには事実の核心である実名が不可欠と考えています」
朝日新聞社広報部(6月3日)「殺人事件の被害者については実名で報じることを原則としておりますが、ニュース性とプライバシーとのバランスを考慮して個別に判断しております」
産経新聞広報部(6月4日)「編集上の個別の事柄については原則、お答えしておりません。一般論として、産経新聞は公益性に鑑みて実名報道を原則としていますが、事案の内容によって、関係者の人権や社会生活への影響などを含めて総合的に判断し、匿名にする場合があります」
読売新聞グループ本社広報部(6月4日)「事件等の報道にあたっては、被害状況等を総合的に勘案して匿名にすることもありますが、個別の記事の編集方針に関する質問には従来、お答えしておりません」
(各社の回答追記履歴:6月3日19時42分、朝日新聞社。6月4日11時35分、産経新聞社。6月4日14時25分、読売新聞社)
(6月5日18時00分追記:産経新聞のネット記事について「匿名」と当初紹介していましたが、実名報道後に匿名に修正されている記事がありました。本文の該当箇所および画像を訂正します)