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『きりひと賛歌』『スーパードクターK』『動物のお医者さん』……医療マンガ50年の歴史を考察

2021年06月03日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

医療マンガには数多くの名作がある

 1970年の手塚治虫『きりひと賛歌』(1967年のテレビドラマ『白い巨塔』ブームの影響があるとされる)に始まる日本の医療マンガの半世紀の流れをブックガイド形式でまとめ、耳慣れない「グラフィック・メディスン」という概念について解説した、一般社団法人日本グラフィック・メディスン協会編『日本の医療マンガ50年史 マンガの力で日本の医療をわかりやすくする』(Scicus)が刊行された。


参考:【漫画】漫画編集者が脱サラして農業を開始、人生はどう変わった?


■グラフィック・メディスンとは?


 グラフィック・メディスンとは、マンガを使って医療従事者と患者の間のコミュニケーションをめざす取り組みで、2007年にイギリスで提唱された、まだ新しい概念である。


 医療関係の当事者や将来目指している人たち、特定の疾患を持つ人やその家族がマンガを通じて、特定の病気になった人の気持ちや生き方、治療の選択肢を知ったり、医者や看護士の仕事や期待される役割(または偏見、ステレオタイプ)を学んだり、医療をめぐる社会問題を考えたりする――これは日常的に起こっている現象だが、それに名前を付けたものだと言える。


■時代による医療マンガの変遷


 この本では「70~80年代 医療マンガの黎明期」「90年代~2000年代 医療マンガの展開期」「2010年代 医療マンガ史の発展期」「海外の医療マンガ」に分けて100のマンガを紹介。個々の作品の魅力を解説すると同時に、時代によって医療マンガの内容がどう変化し、その背景にある、時代・社会が抱く医療像の変遷を読み解いていく。


 マンガ好きにとっても、医療従事者や患者にとってもブックガイドとして機能する内容になっている。


 たとえば「70~80年代 医療マンガの黎明期」では、『きりひと賛歌』が恐怖マンガとして描かれていたことを指摘し、スーパードクターものの金字塔『スーパードクターK』や、動物医療もの・看護師ものの先駆的存在『動物のお医者さん』などの歴史的重要性を指摘する。


 「90年代~2000年代 医療マンガ史の展開期」では、80年代後半から医療監修が付くことが一般化し、また綿密な取材を反映したリアルな舞台設定への萌芽が見られるほか、大人の女性向け媒体から誕生した看護士マンガの台頭が目立つ、とする。取り上げているのは前者の流れからは『MONSTER』、『ゴッドハンド輝』、『JIN 仁』、僻地医療に取り組む『Dr。コトー診療所』。医局内の政治闘争「教授戦」とバチスタ手術を描いた『医龍』、『ブラックジャックによろしく』など。


 後者の流れからは『おたんこナース』『Ns‘あおい』、それから、社会問題をドラマティックに暴こうとする男性向け医療漫画とは異なる「手術中に医者たちは案外バカ話をしていたりする」といったディテールを拾うアプローチで医療現場のリアル(日常)を捉えようとする『研修医なな子』などが取り上げられる。


 また、家族と患者の両側から描く医療系エッセイマンガの先駆けが2005年刊の『ツレがうつになりまして』だったとする。


 「2010年代 医療マンガの発展期」には、扱われる医療従事者の職種や疾患・症例が多様化したこと、また、ウェブ媒体を初出とする多様なエッセイマンガによって標準医療に収まらない「個人」の物語が登場したことを指摘する。


 前者の流れからは法医学ミステリーの『屍活師』、ウェブ発の『マンガで分かる心療内科』、災害医療を描いた『Dr.DMAT 瓦礫の下のヒポクラテス』、小学校医ものの『放課後カルテ』、産婦人科を描いた『コウノドリ』『透明なゆりかご』、病理医ものの『フラジャイル 病理医岸京一郎の所見』、聴覚障害をめぐるルポマンガ『淋しいのはアンタだけじゃない』、薬剤師ものの『アンサングシンデレラ 病院薬剤師葵みどり』等々。


 後者の流れからは統合失調症当事者の視点で描かれた『人間仮免中』や『失踪日記2 アル中病棟』、『うつヌケ』などが取り上げられている。


 こうして並べて見ると、人間や動物の生老病死に直接的に関わる医療マンガには心を打つ作品が非常に多いことを改めて実感する。また、先人がさまざまな病気や障害を描いてくれたおかげでひとりで抱え込まずに済むありがたさ、偏見を取り払うきっかけになっていることも感じる。


 もっといろいろなマンガを通じて病気と医療について知りたい、命について考えたいと思わせてくれる一冊だ。(飯田一史)