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宇佐見りん『推し、燃ゆ』が文芸書として8年ぶり首位に 2021年上半期ベストセラーランキング

2021年06月03日 10:31  リアルサウンド

リアルサウンド

2021年上半期ベストセラーランキング考察

参考:トーハン調べ 2021年 上半期ベストセラー(https://www.tohan.jp/topics/20210601_1740.html)


 トーハンが2021年上半期ベストセラーランキングを発表した。そこから見えることをいくつか拾っていきたい。


■文芸が強かった?


 芥川賞を受賞した宇佐見りん『推し、燃ゆ』が8年前(2013年上半期)の村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』以来、久々に文芸書としてベストセラーの第1位となった。


関連:【画像】宇佐見りん『推し、燃ゆ』


 加藤シゲアキ『オルタネート』や、韓国文学・エッセイ本がK-POPアイドルの「○○が読んだ」という惹句とともにヒットしたことと並べて、コロナでアイドルには近づけなくなってしまったが「アイドルと文学」の距離は近づいたのかもしれない。


 2020年以来、巣ごもりの影響でマンガ市場の伸びが顕著なことは既報の通りだが(ただし今回のランキングではコミック部門の発表はない)、総合ランキングの並びを見ると例年より小説がやや多いように見受けられる。ただベストセラーに入る顔ぶれは人気作家の新作や著名な賞の受賞作、テレビや映画へクロスメディア展開したものなどがこれまた例年以上に目立つ気がする。


 人が家にいることが増えたことで、文芸に限らずこれまでよりもテレビで取り上げた本が売れる傾向が強まった(とくにかつてであれば会社で過ごしていたであろう夕方やゴールデンタイムに取り上げた本が動く)という声を聞くが、売上強者がますます強くなったのは、在宅時間増加によってマスメディアの力を強まった結果だろうか。


 あるいは、先行き不透明な不安の裏返しで「外したくない」と安全パイを選んでいるのかもしれない。


■「話し方」本人気はリモートワークやマスク着用が背景か?


 ビジネス書ランキングを見ると『人は話し方が9割』が1位、『よけいなひと言を好かれるセリフ変える言いかえ図鑑』が3位と話し方本がトップになった。


 コミュニケーションに関する本は従来から定番だが、ここに来て改めて「話し方」にフォーカスが当たったのは、リモートワークが進んだり、職場でのマスク着用が必須になったりしたことで、以前よりも場の空気や表情を読む・演出することが難しくなり、言葉自体が大事になったことが背景にあるのではないかと思われる。


■認知症予防のために買われる児童書!?


 児童書では、親子でともに楽しめる、子どもといっしょに大人も読んで学びがあるものに人気が出やすい傾向にある。今年も前年に続きランクインしたキャリア教育本『なぜ僕らが働くのか』がその典型だが、今年は祖父母世代にも役に立つ3世代本がヒットした。


 『ぺんたと小春のめんどいまちがいさがし』である。


 これはまちがいさがし本なのだが、ネット書店のレビューを覗くと保護者が「娘といっしょにやっています」といったものに混じって60代以上の書き込みがちらほらあり、認知症予防のために取り組んでいることが書かれている。


 過去にも「100マス計算が認知症予防に役立つ」といったブームはあったものの、100マス計算はおじいちゃんおばあちゃんと孫がいっしょにやるものではなかった。ひとつの本で3世代で取り組めるものの需要がこれから掘り起こされていくかもしれない。


 たとえば『ケーキの切れない非行少年たち』(今年も新書ノンフィクション部門で5位にランクイン)で有名になったコグトレ(コグニティブ・トレーニング)は子どもの認知能力、社会適応のための力を高めるだけでなく、認知症予防にも効果があるらしいし、「認知機能を維持・向上する」ものは子どもとお年寄りにともに刺さるものが作れるのではないか。


■下半期も変わらない?


 日本のワクチン接種状況を見るかぎり、下半期もこのまま「家で楽しめる娯楽」としてのマンガ、小説など出版関連コンテンツへの流れは続くだろう。


 その先はどうか? マンガは毎日定時にチケット配付や「待てば無料」施策を行うマンガアプリのおかげで作品・アプリへのアクセスがユーザーに「習慣付け」されており、コロナが収束しても習慣は簡単には変わらないはずだ。


 しかしマンガ以外の出版物は定期的なリテンションが弱く、せっかく本を読むようになった人たちがコロナ明けには離れていってしまいかねない。定期的に作品や情報を読者に届ける機能の弱さは、雑誌が売れなくなって以来の出版界の積年の課題だが、今のうちに対策が生まれることを祈っている。


(文=飯田一史)