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『夜桜さんちの大作戦』ドタバタラブコメからバトル漫画へ ジャンプ漫画王道の展開に注目

2021年06月02日 13:11  リアルサウンド

リアルサウンド

作品も能力も“開花”『夜桜さんちの大作戦』

 権平ひつじが「週刊少年ジャンプ」で連載している『夜桜さんちの大作戦』(集英社)は、両親を事故で亡くした少年・朝野太陽が幼馴染の夜桜六美を守るためにスパイとして成長していく物語だ。スパイ一家・夜桜家の当主だった六美と結婚した太陽が、夜桜家の兄妹たちから厳しいスパイ修行を強いられるドタバタラブコメとしてはじまった本作だったが、話が進むに連れて物語のスケールが大きくなり、やがて夜桜家と対立する謎の組織・タンポポが太陽の両親の死に絡んでいたことが明らかになる。


関連:【画像】『夜桜さんちの大作戦』


 最新巻となる第8巻では、夜桜家がタンポポの拠点を制圧する作戦、コードネーム「夜桜前線」がスタート。太陽は今まで以上のパワーアップが求められ、いよいよ秘められし力が覚醒する。


以下、ネタバレあり。


 先の戦いで、夜桜の血に含まれる「ソメイニン」を六美によって注射された太陽は、その影響で生まれる力「開花」を覚醒させるため、夜桜家の祖父・万から厳しい特訓を受けていた。


 なかなか太陽が「開花」しない中、万は六美に銃口を向ける。太陽は、とっさに六美をかばい、弾丸を手で受け止める。手の平で止まった弾丸を見た万は、太陽の「開花」が手の細胞の凝固や、衝撃緩和のための関節の軟化といった一時的に身体の細胞を変質させる「硬化」だと判断する。


 「開花」の能力には、その人の人間性が反映される。万は六美を守るという太陽にとって最も深い行動原理を刺激することで、彼を完全覚醒へと導いたのだ。太陽は、修行のためとは言え、万が六美に銃口を受けたことに怒りを露わにするが、これは自作自演のことで六美も了承のことだった。万と六美が「太陽開花ドッキリ大成功!」という看板を見せる場面は、シリアスとギャグを行き来する本作らしい緩急だが、本当にシリアスなのはその後である。


 祖母の京子に案内されて夜桜屋敷の最深部にある「夜桜の間」へと案内された六美は「スパイ一家夜桜の成り立ちの秘密」が記されているという「蕾の書」を見せられる。本書には鍵がかけられており、解錠方法は戦火で失われている。もし無理にこじ開けようとすると屋敷が崩壊する仕組みになっているという。


 京子は六美がひとりぼっちになって家の秘密を守れなくなったら、当主として「すべてを消し去る覚悟はある?」と問いかける。「太陽や皆と過ごした時間は」「消えないよ」と返答する六美だが、夜桜家当主としての重責を彼女が背負っていると知った太陽は、改めて六美を守ろうと心に誓う。


 作戦決行まで残り72時間となった夜。夜桜家の人々は、大きな行事(ミッション)の前の伝統行事である夜のお花見「夜桜夜宴」を楽しんでいた。英気を養うために家族が馬鹿騒ぎをする中、六美は「タンポポ幹部、皮下の逮捕」、アジトに拘束されている「実験体の解放」、そして、六美たちの父親でタンポポとつながりがあると思われる「夜桜百の真相解明」の3つが「夜桜前線」の目的だと宣言する。


 その後、太陽は長男の凶一郎から2人だけの第4の任務を与えられる。それはタンポポが所有する、先代夜桜家当主である六美たちの母親の「遺体を回収しろ」というものだった。太陽に話した理由はあくまで「保険」と言う凶一郎だったが、母にまつわるおぞましい真実を兄弟には知らせたくないという彼の優しさと、太陽に対する信頼が伝わる場面である。


 そして翌朝、太陽たちは、タンポポのアジトへと向かう。島の地下にあるアジトは旧日本軍の基地を利用した全長1000メートルのアリの巣のような構造で、皮下は中枢部にいるという。夜桜家の愛犬・ゴリアテの体当たりで入り口の開閉口を破壊しようと目論む夜桜家。しかし入り口には、タンポポ幹部「虹花」のアカイが待ち構えていた。


 タンポポが夜桜の血「ソメイニン」を研究する過程で生まれたドーピング薬・葉桜の完全適合者として桁外れの力を持つアカイは、炎の力「火神の手」(フチテク)を放つが、夜桜家長女・ニ刃が先陣を切り「桜流し」で炎を打ち返す。その隙に太陽たちはアジトへと潜り込むのだが、ニ刃はアカイと対決することになる。


 ここからは、ジャンプ漫画王道の展開で、夜桜一家とタンポポの敵幹部との総当たり戦が展開されるのだが、定番だとわかっていても「ついに来た!」と気持ちが盛り上がる。


 ラブコメ色が強かったため、バトルに関して抑制気味だった本作だが、ド派手な異能力バトルへと向かうために「タンポポ」「ソメイニン」「葉桜」「開花」といった設定を着々と準備し「ついに爆発した」と言えるのがこの8巻である。


 炎で攻撃してくるアカイに対して、ニ刃は敵の攻撃を受け入れ無効化する「包容」の開花で応戦。アカイの攻撃を受け止め、悪意を昇華する。ニ刃が「包容」を使う場面では大ゴマが駆使されており、本誌連載で読んだ時は「漫画として一気に華やかになった」と思った。太陽だけでなく作品自体が一気に「開花」したと言えるバトル展開である。


(文=成馬零一)