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成城石井の人気商品「プレミアムチーズケーキ」が誕生するまで

2021年06月01日 06:10  キャリコネニュース

キャリコネニュース

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人気商品は試行錯誤の末に生まれる。それがわかるのが成城石井のプレミアムチーズケーキ。年間120万本の以上を売り上げる成城石井ダントツのナンバー1商品はどのように生まれたのか。

ブックライターとして、数々の企業や商品の成功の秘訣を記してきた上阪徹氏の著書『世界の果てまで、買い付けに。』(自由国民社)の中から、プレミアムチーズケーキが誕生するまでを紹介する。

まずは、信頼を醸成していく時間が必要だった

成城石井の看板商品、といっても過言ではない。年間120万本以上を売り上げる、ダントツの人気ナンバーワン商品が「プレミアムチーズケーキ」だ。

土台は素朴でナチュラルな甘さのスポンジ生地。その上にクリームチーズ層、最上部にサクサクしたシュトロイゼルがのせられ、ローストしたアーモンドとレーズンが味にアクセントをつける。

それぞれの味わいと食感のコントラストが絶妙で、ボリュームもたっぷりの大きさ。まさに、食べ始めたら止まらない、とリピーターになる人が今も続出している。登場したのは、2003年。このプレミアムチーズケーキを開発したのが、セントラルキッチン菓子グループ長のパティシエ、光野正三だ。

「どのケーキ屋さんに行っても、レストランにしても、ここはこれだよ、という顔となるメニューがありますよね。スペシャリテと言いますが、入社したときから、それを作りたいとずっと思っていたんです」

父親もパティシエだった光野は代からこの世界に入り、15年間、いろいろなところで働いていた。ウェディングケーキを専門で作っていた時期もあれば、卸の会社にいたこともある。あの有名店マキシムドパリで働いていた時期もある。そして1998年、前職のケーキ店から成城石井に転じた。

「たいていできないものはないくらいの懐の深さだけはあったと思います。縁あって成城石井に行くことを決めたんですが、スーパーマーケットでお菓子を作るためにケーキ店を辞めるなんて、と驚かれましたね」

ちょうど近くに成城石井ができ、興味を持っていた。

「何より、お客さまの多さでした。それだけたくさんの人に買っていただけるチャンスがあるということ。それとやっぱり、本物の店だと思いましたよね。お店に並んでいる商品のアイテム数も圧倒的で。それこそ食材が足りないというと、成城石井のお店で買い足したりしていましたから」

だが、成城石井のデザートはまだ黎明期だった。そもそもスーパーである。ケーキを買うことを目的に、来客があるわけではない。必要なことは、成城石井のデザートを手に取ってもらう信頼のベースを作ることだと感じた。

「最初の1、2年は本当にオーソドックスなプリン類やカップのスイーツなど、徐々にアイテムを増やしていきました」

クリームチーズはオセアニア産を厳選

実は、プレミアムチーズケーキは、入社時から構想を温めていた。

「これはどこの職人もそうだと思うんですが、いろんなところで何か閃いたらノートに書きためていったりして、これは絶対においしい組み合わせだ、いつかこういうものを作りたい、と考えていたりするんですよ」

それが3層のケーキだった。きび砂糖を使用した素朴でナチュラルな甘さのスポンジ生地があり、クリームチーズをベースにアーモンド、レーズンを加えたチーズケーキ生地があり、表面にはアーモンドプードルで作ったサクサクとしたシュトロイゼルという3層。

「一つひとつのパーツもおいしいんですが、3層になると食感の差が生まれるわけです。さらにチーズケーキの中に入っているレーズンのちょっとした酸味と甘み、アーモンドのスライスした歯ごたえ。クッキーとして食べてもおいしい表面。ただ、成城石井でこれだけ売れていなければ、こんな形のチーズケーキは誰も見たことがなかったんじゃないかと思うんです。実際、今は食べ慣れていますけど、けっこう重たいですしね(笑)」

入社から4年。成城石井のスイーツへの信頼が高まっていく中で、満を持して企画を出す。

素材にもこだわり抜いた。スポンジ生地には、きび糖を使った。

「きび糖の素朴な味わいが好きなんです。白砂糖ですっきりさせるというよりも。値段は高いですけどね」

きび糖は白砂糖の倍近くする。クリームチーズもいろんなものを試した。

「有名なブランドのものなども試しましたが、最終的にはオセアニア、オーストラリア産のものを選びました。ヨーロッパ、フランス産のものほど癖がないからです」

土地によって牛のミルクの味が違うのだという。仕上がってくるチーズの味も、それに伴って違ってくるのだ。

「その中で、一番安定して安全な工場で作られているメーカーさんのものを使っています」

バターをふんだんに使い、シュトロイゼルの部分もアーモンドプードルが30%以上入っている。

「アーモンドプードルは、小麦粉に比べたら相当、高価です。実はアーモンドプードルを入れなくても同じような状態にはなるんです。だから、同じようなものを作ろうとするときには、真っ先にアーモンドプードルの比率を下げるでしょうね」

レーズンとアーモンドは、カリフォルニア産。

「特別なものを使っているわけではありません。当たり前のものを当たり前に使っている。ただ、安価な原材料で作っていこうという発想はまったくありません。ですから、このボリューム感でこの味、この価格となると、これは成城石井ならではだと思います。他では絶対にできない。食材をこれだけふんだんに使ってもこの価格で収まるというのは、お客さまの多さがあってこそ、なんです」

製法にもこだわった。チーズケーキ生地は一般的なものの3?4倍の時間をかけ、機械で徹底的に混ぜ合わせる。

「空気が入らないよう、低速でゆっくりゆっくり回しています」

食感のアクセントとなるアーモンドは、焙煎した瞬間から酸化し、風味が落ちてしまうので、毎日約1時間かけ、セントラルキッチンで生のスライスアーモンドを焙煎している。

「単にアーモンドを入れる、と考えると粉砕された小さなつぶつぶになりかねない。スライスで大きなものが入っているのがいいんです。ただ、スライスですからローストするときに手間がかかる。焼き加減を見てひっくり返すのは、人の手ですから」

レシピがあれば、できるわけではない

クリームチーズは季節や輸入時の状態によって水分量が変わるので、これもまた人の目で焼き加減をチェックする。

「シュトロイゼルにしても、他のケーキ職人ではまずこんなやり方ではやらないだろう、という方法でやっています。同じ材料を使っても、ちょっとした製法の違いで違うものになったりするんです」

それこそバターの温度ひとつとっても、ちょっと違えば食感の違いになるという。

「同じ配合でもまったく違うものになりますね。レシピがあれば、誰でもできると思われるんですが、そうではないんです。上のクッキーのところでも、分子レベルで見ると、小麦粉が油脂を包んでいるのか、油脂が小麦粉を包んでいるのか、これだけで違う。大きな機械で回しているとわからないわけですが、口に入れたときには油が先に来るか、ほろっとした食感が来るか、まったく違うわけです」

そこまでイメージして作れるか、ということだ。レシピがあったとき、そこまでイマジネーションを働かせることができるかどうかが、パティシエには問われるという。

「ミキサーで粉とバターを練るとき、ただ決められた時間ミキサーを回して練るのと、この粉とバターと砂糖がどんな状態でつながっているのか、考えながら混ぜている人とでは、できあがりはまったく違ってくるんですよ」

そして、そういうことがわかっていなければ、実はレシピは生み出せないのだ。

「プレミアムチーズケーキもレシピはシンプルですよ。でも、何もないところから、このレシピを作っていけるかというと、それは難しいと思います」

実は興味深いエピソードがある。後に大ヒットすることになるプレミアムチーズケーキだが、当初から絶賛されていたわけではなかったのだ。商品会議では、却下されるところだった。

「ボツになりそうだったんです。ところが、一緒に試食をした女性スタッフが、あれはおいしいから商品にしましょう、と言ってくれて。なんとか拾い上げてもらったんです」

発売後も、すぐにヒットしたわけではない。形状も、大きさも、見た目も、これまで見たことがなかったようなチーズケーキだったのだ。品揃えのひとつとしては支持されていたが、大ヒットとまではいかなかった。

大きなブレイクのきっかけは、2007年の東京・新丸ビル店のオープンだった。都心でもあり、感度の高い来店客が集まることを想定し、オープン記念に前面に押し出すと、なんと1日に1000本売れた。そこから口コミで徐々に徐々に広がっていったのだ。

「今も覚えていますが、プレミアムチーズケーキが出たばかりの当時、社長の原に聞かれたことがあったんです。どうしてプレミアムなのか、と」

プレミアムという言葉が世の中で広く使われる以前のことだ。

「それで答えたんです。レシピがプレミアムなんです、と」

ただ、それが世の中に伝わるには時間がかかった。

「だから、プレミアムじゃなかったものが、だんだんプレミアムになっていったんですよ。そんなストーリーがあるんです。そして、それは多くの方々が、さまざまに応援してくださったからだと思っています」

スペシャリテを作りたい、という夢が成城石井で果たせた。

「実際には、万人受けする味だとは思っていないんです。この味を受け付けない人もいるかもしれない。この食感、このカロリーはないだろうという人もいる。でも、万人受けするけれども特徴がないものは作りたくなかった。成城石井のケーキはこんな味だ、というイメージを作りたかったんです。逆に、らしくないものを作ったら、お客さまに申し訳ない。その思いだけは、ずっと持って開発をしていますね」

成城石井だからこそ、プレミアムチーズケーキは成立したのだ。

「過去に修行した店でこれを出しても、こんなことには絶対になっていない。もともとのお店の信頼と、お客さまのアンテナの高さが合っているから支持されているんです。成城石井だったからできた。それは間違いないですね。ここまで合致するとは、思わなかったんですが(笑)」

■著者プロフィール 上阪徹
1966年、兵庫県生まれ。早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年にフリーランスとして独立。経営、金融、ベンチャー、就職などをテーマに雑誌や書籍、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。

※本記事は上阪徹氏の著書『成城石井 世界の果てまで、買い付けに。 』(自由国民社)を再構成したものです。