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OKAMOTO’S オカモトショウ連載「月刊オカモトショウ」第2回:地動説を証明する人々を描く『チ。—地球の運動について—』

2021年05月31日 17:01  リアルサウンド

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 ロックバンドOKAMOTO’Sのボーカルとして、そして、ソロアーティストとしても活躍するオカモトショウ。実は彼、高校時代から現在に至るまで漫画雑誌を読み続けてきたほどの”漫画ラバー”だ。本連載ではオカモトショウが愛する名作マンガ&注目作品を月イチでご紹介。作品の見どころや、おすすめのポイント。さらに作中に登場するお気に入りのセリフ、読みながら聴きたい名盤まで、マンガ愛を縦横無尽に語り尽くす。第2回で取り上げるのは、『チ。—地球の運動について—』(魚豊/小学館)。中世ヨーロッパを舞台に、地動説という“禁じられた真理”を探求する人々を描いた一大叙事詩だ。


自分の思いを後世の人たちに渡す

ーー今回ショウさんが選んだのは、「ビッグコミックスピリッツ」で連載中の『チ。—地球の運動について—』。連載デビュー作『ひゃくえむ。』で100m走にすべてを捧げる人々を描いた魚豊先生の新作ですが、これ、めちゃくちゃ面白いですね。


オカモトショウ(以下、ショウ):面白いですよね! 知り合いにすすめてもらったんですけど、1巻がとにかく圧倒的で、名言がバンバン出てくるし、扱ってるテーマもアツくてすごいクオリティだったんです。2巻でちょっとトーンダウンしたかなと思ったんだけど、3巻を読んでみたら「すいませんでした!」と思うくらいの素晴らしさで(笑)。


 それで今回ぜひ「月刊オカモトショウ」でも取り上げたいと思って、選ばせてもらいました。内容を簡単に紹介すると、中世ヨーロッパで、地動説を唱える人たちの話です。地動説というのは皆さんご存知の通り、太陽が地球のまわりを回るのではなく、地球が太陽のまわりを回るという説ですね。天動説はその逆で、“神が作った地球が宇宙のど真ん中にあって、太陽や他の星が地球のまわりを動いている”という考え方です。これは中世キリスト教世界で絶対の真理とされていたわけですが、それに対して天文学を学ぶ人たちが「どうも天動説は違うようだ」と気付いて、地動説を提唱するんです。


ーー地動説を唱えることは、神の教えに背くことになるわけですよね。


ショウ:そうなんです。当時の価値観だと、キリスト教に反することは魔女や悪魔の所業で、バレると殺されてしまう。それでも真理を追究する人たちが、ものすごい年月をかけ、何世代にもわたって「太陽のまわりを地球が回っているんだ」と証明しようとする。


ーー 一般的に地動説って、「コペルニクスやガリレオが提唱した」ということになっていますが、実際はそうではなく、少しずつ知識や発見が受け継がれていたと。そっちのほうが説得力ありますよね。


ショウ:うん。『チ。』はフィクションだけど、地動説を「無名の人たちが苦労しながら証明した」というストーリー構成にリアリティを感じるし、泣けるところでもあって。このマンガのいいところは、真理を求めようとする人たちの動機にあると思うんですよ。エネルギーの根源が、社会的な常識や宗教に反するアナーキズムではなく、「真理に迫りたい」というポジティブな気持ちなんですよね。もちろん迫害されるのは嫌だし、最初から「殺されてもいい」と思っているわけではないけど、ただただ真理を知りたいと思っているし、「感じ始めたこの気持ち、もう止めれられない」というピュアな心で動くのがすごいなと。


ーー1巻の主人公・ラファウは、まさにそういうキャラクターですよね。もともとすごい秀才で、常識に合わせて合理的に生きていけるはずなのに、地動説の可能性に美しさを見出してしまう。


ショウ:すごくリアルな心の動きですよね。地動説に加担するのがどれだけ危険で、一人では世界は変わらないこともわかっているんです。でも、宇宙の真理に近づきたいという心が動いてしまって、それを止められない。最後は死んでもいいから、自分が見つけたことを残しておこうとするんだけど、そういうDNAの残し方もあると思うんですよ。社会的な遺伝子の残し方というのかな。


 アート作品や科学的な発見もそうだし、もっと身近なところでも、いろいろやり方はあるような気がします。たとえば同窓会で、学生時代の友達に「体育祭で転んだとき、おまえだけが助けに戻ってきてくれたよな」って言ってくれたとするじゃないですか。


 その瞬間、自分はその人の人生のなかに確実に存在していたし、生きていた証だと思うんです。そういうことを積み重ねることで、本当に辛くなったときにがんばれるんじゃないかなと。ちょっと話がズレちゃったけど(笑)、このマンガは自分の思いを後世の人たちに渡す、そういうバトンのリレーがすごく上手く描かれてるんですよ。個人的には石塚真一先生のジャズ漫画『BLUE GIANT』とちょっと似ている気がしていて。登場人物が理想にのめり込んでいく瞬間の爆発力とか。「地動説とか、どうでもよくない?」って興味のない人が読んでも、「すごい!」ってキャラクターたちと同じテンションになれると思います(笑)。


ーー1巻の主人公は12才で大学に進級する秀才ラファウ、2巻の主人公は“代闘士”(依頼者の代役として「決闘」を担う仕事)のオクジー。主役がどんどん変わっていく構成もすごいですよね。


ショウ:斬新ですよね。一種のオムニバスと言えるかもしれないし、主人公のキャラクターによって違う視点が持ち込まれるのもいい。3巻には女性キャラクターのヨレンタも出てきますが、中世ヨーロッパは女性の人権がものすごく軽視されていて、「女は学問しなくていい」という風潮が強くかったんですね。「私は宇宙の真理が知りたい」という気持ちと「でも、あまり突き進むと魔女として殺されちゃうだろうな」という葛藤を抱えてるんですが、それは今の時代とも地続きだと思うんですよね。


ーー現代の問題ともつながっている、と?


ショウ:はい。“今は常識になってるけど、ちょっと前までは違ってた”みたいなことって、いくらでもあるじゃないですか。常識が変わる前は、「おかしいと思うけど、怖くて言い出せない」とか「しょうがない」と言い聞かせて、周りに馴染もうとする場合もあるだろうし。そういう状況のなかでも、自由な発想で生きてる人もいるし、オリジナルな何かを作り出す人もいるわけで。


ーー『チ。—地球の運動について—』の問題提起は、現代にも通じているわけですね。


ショウ:そう思います。少年から青年まで、幅広い人が夢を持てるマンガだし、ぜひ手に取ってもらいたいですね。この先の展開も楽しみです。ある意味、オチはわかってるじゃないですか。今は宇宙から地球の動きを観測できるし、完全に地動説が証明されているので。そこまでどうやってバトンをつないで、話を展開させていくのか。そこが腕の見せ所だと思います。


ーー楽しみです。ショウさんの話を聞いていて思ったんですが、歴史の流れのなかで、先人たちが生み出してきたものを受け繋ぐって、音楽もまったく同じですよね。


ショウ:そこがいちばんシンパシーを感じているところかも。ロックもジャズもブルースもそうだけど、「これは何だ?」という驚きや憧れ、「俺もやりたい」「これを伝えたい」という衝動に突き動かされてるところは確実にあるので。すごく抽象的な言い方ですけど、そういうパワーによっていろんなことが動いている気がしますね。


ーーでは最後に本作のお気に入りのセリフのご紹介をお願いします!



「不思議だ。ずっと前と同じ空(もの)を見てるのに、少し前からまるで違く見える」


「だろうな。きっとそれが何かを知るということだ」(3巻157p)



ショウ:何かを知ることで、それまでまったく違うように感じることって、本当にありますからね。音楽で言えば、全然良さがわからなかった「ペット・サウンズ」(ザ・ビーチ・ボーイズ)が、あるとき急に「めちゃくちゃ良い!」と感じるようになったり。最初はわからなくても、「ここには何かありそうだ」と思ったら、がんばってやり続けることって大事ですよね」


『チ。—地球の運動について—』を読みながら聴きたい名盤をオカモトショウがPICK UP!



「Everything Now」(2017年)


カナダのインディー系ロックバンド、Arcade Fireの4thアルバム。
ダフト・パンクのトーマ・バンガルテル、パルプのスティーヴ・マッキー、ポーティスヘッドのジェフ・バーロウらが共同プロデューサーとして参加し、ダンス・ミュージック的表現を大胆に取り入れている。


ショウ:タイトル曲の「Everything」はアバっぽいディスコナンバーなんだけど、歌詞が『チ。—地球の運動について—』にピッタリなんですよ。“君の頭は全て/今まで読んできたもので埋められてる”というインターネット時代を皮肉ってるようなフレーズもあるんだけど、同時に“もう、それなしでは生きていけない”と心が動いた瞬間も歌われてて。ぜひ歌詞を見ながら聴いてみてください!