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研究時間が減る大学教員に「裁量労働制」を導入できるのか 組合「雑務がむしろ増える」

2021年05月31日 12:01  弁護士ドットコム

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コンプライアンスが求められる中、大学教員の働き方をめぐり、特に私立大学が頭を悩ませている。


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仕事の性質上、ぎちぎちの管理は働く側にとって必ずしもプラスではない。他方、大学教員は、実労働時間にかかわらず、あらかじめ定めた時間働いたとみなす「裁量労働制」の対象ではあるが、無制限に導入できるわけでもない。



ポイントは「業務の中心はあくまで研究の業務であること」との条件。研究以外の業務が増え、大学教員の仕事の性質が変わってきているのだ。



現在、私立の近畿大学では、裁量労働制をめぐって、導入を進めたい大学側と、慎重な対応を求める一部教職員組合の間で議論が続いている。(編集部・園田昌也)



●条件は「研究時間が半分以上」

裁量労働制には大きく分けて「企画業務型」と「専門業務型」の2種類がある。



大学教員は専門業務型の19業務の1つだが、誰にでも適用できるわけではなく、「主として研究に従事するものに限る」との注釈がついている。



具体的な基準について、厚労省は次のようにしている。



「業務の中心はあくまで研究の業務であることをいうものであり、具体的には、講義等の授業時間が、多くとも、1週の所定労働時間または法定労働時間のうち短いものについて、そのおおむね5割に満たない程度であること」



つまり、研究の時間が半分以上を占めないと適用できないと考えられる。



●全大学で研究時間は減少傾向 私大に顕著

では、実態はどうなのか。文部科学省が発表している、研究者の活動実態調査(平成30年度大学等におけるフルタイム換算データに関する調査)をみてみよう。



この調査によると、教員の職務活動に占める研究時間の割合は、2002年に46.5%あったところ、2018年には32.9%まで低下し、5割を大きく下回っている。



このほか教育活動が28.5%、社会活動が計20.6%、学内事務などが18.0%。研究が最大のウエイトを占めているものの、「主たる業務」とまではっきり言えるかには疑問が残る。





これを国立と私立で分けてみると、国立大教員は研究に40.1%の時間を割けるのに対して、私大教員は28.5%しかない。私大の場合、業務で一番多い割合は教育(32.6%)になっている。





こうした実態を受けてか、裁量労働制を導入している私大は268校中36校(13.4%)しかないという2017年実施のアンケート結果も存在する(「第3回 私学教職員の勤務時間管理に関するアンケート調査報告書」)。



調査を実施した公益社団法人私学経営研究会によると、裁量労働制の可否をめぐり、私大から悩みの声が寄せられることもあるという。





●教員から「研究時間」確保求める声も

では、私立の近大の実態はどうか。



近大の4つある教職員組合のひとつで、慎重対応を求めている近畿大学教職員組合によると、近大教員の業績評価は学部にもよるが、基本的には教育4:研究3:校務2:社会貢献1の比率で評価しているという。研究よりも教育が優先された形だ。



また、ここ数年、受験志願者数が連続して日本一を記録するなど、広報にも力を入れているため、教員が高校に出前授業に行くなど、広報的な活動をすることもあるという。



「事務職には時間に応じて残業代が出る。教員が裁量労働制になれば、教員と事務職どちらでもできる仕事は、より教員にまわってくる可能性がある。雑務の時間がむしろ増えるのではないかと懸念している」(組合)



大学側は、教員らに対する説明会をすでに実施するなど、導入に向けた準備を進めている。



この点、組合側も裁量労働制そのものについては、必ずしも問題があるとは考えていない。ただし、現状を追認する形での導入には反対との立場だ。



「大学教員の仕事は多岐にわたるため、一定の柔軟性を持たせるのは、労使双方にとって必要なことだと考えている。ただし、信頼関係が前提になる。



法的には研究が主とされており、大学側には拙速な導入はせずに、教員が十分な研究時間を確保するための調査と検証をしてほしい」(組合)



いっぽう、大学側にコメントを求めたが、「制度を導入する方向で検討を進めておりますが、現時点では、内容についてお話しできることはございません」とのことだった。



●法令遵守と研究促進は両立しうるか?

裁量労働制をめぐっては、労働者側にとっても働き方が柔軟になりうるというメリットがあるが、いっぽうで長時間労働の助長、いわゆる「定額働かせ放題」の懸念もある。



また、裁量労働制を導入しても、労働時間の管理がなくなるわけではなく、深夜や休日労働の割増も発生する。2019年には裁量労働制を導入していた国立・島根大が労基署の是正勧告を受け、計約9000万円の未払いの割増金を支払っている。



テニュア(終身在籍権)を得られれば、安定と一定の報酬は保証されるため、頓着しない教員も少なくないと思われるが、大学には学生を教育し、社会に送り出す役割もある。



少子化なども進み、生き残り争いが激化する大学で、法令遵守と研究促進は両立しうるのか、経営側と教員側の信頼関係をどう構築するか、という難しい課題が問われている。