2021年05月30日 09:21 弁護士ドットコム
70歳まで働く場を提供する「改正高年齢者雇用安定法」が4月1日に施行され、現役で働き続けるシニアは、今後さらに増える見通しだ。一方で、大企業には早期退職を募集して「シニア予備軍」を減らそうとする動きが見られ、若手社員の中には、給料に見合う成果を出せない中高年社員を白眼視する向きも。ベテラン・シニア社員のパフォーマンスを維持するために企業がなすべきことを、高齢者雇用の問題に詳しい藤村博之・法政大学イノベーション・マネジメント研究科教授に聞いた。(ライター・有馬知子)
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――政府が法改正を通じて、シニアの就労を促している背景には、何がありますか。
改正高齢法の施行によって、企業には定年延長や再雇用、業務委託などの形で70歳までの社員の就労を確保するという努力義務が課されました。背景には年金財政のひっ迫もありますが、労働需要を満たすためにはシニアの就労が不可欠だという事情もあります。
就業者総数に占める65歳以上の割合は、過去10年間、上昇し続けており、現在は約13%にのぼります。特に中小企業は若手の採用難から、70歳を過ぎても働いている人がざらにいます。
人口が減っても、働いて社会を支える人が減らなければ、国としての活力は維持できます。シニアが長く働くことで、人口に占める働き手の割合を維持する必要があります。
シニア本人も仕事を通じて社会参加し、他者と関わることで、生きるハリを見出せます。健康だから働くというより、働くことで健康を維持している人も多いのです。
――一方でコロナ禍による経営悪化もあり、早期退職を募集する企業も出ています。
早期退職を実施しているのは、一部の大企業です。企業が目の前の財務負担を減らすため、中高年を切り捨てると、若手はそれを見て不安になります。そして、「この会社で働き続けても未来はない」と見切りを付けて離職しかねず、将来、競争力の低下を招く恐れがあります。
そもそも大企業は多くの希望者の中から、ある程度能力の高い人を選別して採用しているはず。さらに、従来の日本企業は配属などの人事権を企業側が握り、社員自身が考えてキャリアを築くことが難しい環境でした。そのような中でシニアに達した社員を、早期退職の対象になるような「使えない人材」にしてしまうのは、企業自体だとも言えます。
――企業が「使えない人材」を作り出す要因は何でしょうか。
最大の原因は、社員への説明不足です。例えばある大手スーパーは、中国人の新入社員を地方の店舗に配属しました。現場のオペレーションを学び、将来は中国でマネジメントに回ってほしいという狙いからですが、本人に説明はありませんでした。
このため本人は、語学が堪能なのに地方の店舗に配属された理由が分からないし、上司もなぜ外国人が部下になったのか理解できませんでした。こうした説明不足が長年にわたって積み重なった結果、中高年社員から会社への信頼感や、会社のために成果を出そうというモチベーションが失われてしまうのです。
――成果を出せなくなったベテラン社員に、企業はどのように対応すべきでしょうか。
中高年社員の低下したモチベーション再び高め、パフォーマンスを回復させるのは容易ではありません。ただ研修などを通じて自らの経験を振り返り、これから何ができるか、何をしたいかを見つめ直せる人もいます。
意欲はあっても時代の変化に対応できず、能力やスキルが陳腐化してしまう社員もいます。社員がかつてのような成果を出せなくなっても、従来の職能資格制度では等級はほぼ下がらず、一定年齢に達すると漫然と昇進させる年功的な色彩も残っていました。
しかしこれからは能力を適正に評価し、成果を出せなくなったら等級を下げる必要があります。こうした対応を通じて、若手に「能力を更新し続けなければ給料は下がる」という危機意識を持ってもらうことも大事です。
――「ジョブ型雇用」の導入が、働けない人材の解消につながるとの意見もあります。
日本企業は1990年代、年功序列を打開しようと安易に成果主義を導入し、現場の混乱を招きました。ジョブ型も同じように、「働けない人材」を生む根本的な原因から目をそらし、制度改革に飛びついている。これでは日本企業の「悪い癖」を繰り返すだけです。
さらに、ジョブ型雇用におけるホワイトカラーは、職務記述書に記載された大まかな業務内容を、日々の仕事に落とし込むため、上司との密接なコミュニケーションが不可欠です。しかし多くの日本企業は、管理職が実務もこなしており、部下とのやり取りに十分な時間を割けません。これでは、たとえジョブ型を導入してもうまく機能しないでしょう。
――企業がベテラン・シニアを活用する際、どのようなやり方が考えられますか。
会社では、例えばシステム上「在庫切れ」と表示される製品も、実はある部署が次の注文に備えてあらかじめ確保している…といったイレギュラーなケースがままあります。ベテランはそれを知っていて、人脈をたどって調達する「裏技」も持っています。
クレーム処理のような、何が起きるか予測しづらいためマニュアル化できず、外部人材に任せづらい仕事もあります。こうした、経験と暗黙知を生かせそうな仕事を切り分けて、ベテラン・シニアに担ってもらうのです。
多くの企業が「技能継承」をシニア雇用のメリットに掲げています。しかし技能伝承を単なる「お題目」にしないためには、それなりの仕掛けが必要。例えば若手が質問しやすいよう、シニアに「アドバイザー」「技能伝承士」などの肩書きをつける、ベテランが経験を語るインタビュー動画をイントラネットで公開し、興味を持った若手が連絡を取れるようにするなど、シニアと若手を結び付ける仕組みを作るのです。
――シニアのパフォーマンスを維持するため、企業はどうすればいいでしょうか。
シニア社員もさることながら、若手のうちから「学び続ける」習慣を社員につけさせることが重要です。社員を大学院や社外の勉強会に送り出す、日々の業務でも、社員自身に考えて仕事をさせるといったことが、学び続けるマインドセットを作ります。
しかし企業の多くは近視眼的な人事政策に陥り、ギリギリの人手で職場を回しています。このため社員は余裕を失い、目の前の仕事を処理するだけで精一杯です。
大企業の総費用に占める人件費の割合は、自動車産業のような製造現場を持つ会社であっても、たいてい1割未満。この1割をさらに削るのではなく、他に削るべき無駄はないか、もう一度見直すべきです。
働き方改革も、本来は業務の無駄を削ぎ落し、空いた時間を自己研鑽や人脈作りに使う狙いがあったはず。そのことを管理職、社員ともに再認識する必要があるでしょう。
――「働かない人材」にならないため、シニア自身ができることは何でしょうか。
人間は保守的で、昨日と今日、そして明日と、同じことを繰り返すことを好みがちです。しかし、何歳になっても自分の意思で学び続けることが大事。読書や大学院での学び、社外での交流などを通じて、新しい知識を吸収するよう心がけるべきです。
組織に居場所を確保するには、後輩たちに「あの人に頼めば、ちゃんとやってくれる」と思われ続けなければいけません。歳を取ると腰が重くなりがちですが、頼まれたことは何でも引き受けて下さい。後輩たちも相手を見ていて、無理だと思う仕事は頼みません。ですから頼まれるうちが花、自分にもまだ見込みがあると、ポジティブに捉えた方がいいでしょう。