2021年05月29日 10:01 リアルサウンド
「万引き」
この名前は通称で、刑法にはそのような言葉はなく「窃盗罪」である。刑法第235条により「10年以下の懲役もしくは、50万円以下の罰金」の犯罪行為だ。逃亡しようとして店員や警備員に危害を与えた場合は事後強盗罪になり、刑法第236条により5年以上の有期懲役に処される。万引きは軽い行為に見られることもあるが、立派な犯罪だ。
先ごろ青弓社より発売された『万引き 犯人像からみえる社会の陰』(https://amzn.to/2QXRdTI)著者・伊東ゆう氏は、20年以上にわたり5000人以上の万引きを捕捉してきた現役の保安員であり、テレビに出演経験のある万引きGメン。映画『万引き家族』では製作協力もしている。筆者も20年以上書店に務めていたので万引きについては長年頭を悩ませてきた。本書の刊行にあたり、コロナ禍で変化した万引きの状況や、万引きの事例、そして万引き犯の実像について話を聞いた。(すずきたけし)
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■コロナ禍で変化した万引き
ーーまず万引きの状況について俯瞰してお聞きしたいのですが、2020年ではコロナ禍によって社会が大きく変わってしまいました。万引きについても変化はあったのでしょうか。
伊東:コロナ禍以前は高齢の常習者、それにベトナム人の万引きが多かった。地域にもよりますが、多いところでは万引きの8割はがベトナム人のところもありましたね。あと主婦の常習者やホームレスのような生活困窮者も多かったです。それがコロナ禍になってからはレジ袋有料化とマスク着用で一気に万引きの様相が変わりました。
ーーマスクで顔がわかりにくくなった。
伊東:そうなんです。コロナ禍以前はマスクしている人は2割くらいだった。スーパーなんかの防犯教育では「マスクしている人は注意しろよ」と教えているところもあったくらいなんです。その店では「マスクをしているのは絶対怪しいから。サンバイザーなんか着けてたら絶対にやるぞ」って断言してたのに、それが崩れてしまって捕まえられなくなっちゃったみたいで。
ーー万引きをやりそうな人の目印が通用しなくなったんですね。
伊東:そう。あとレジ袋有料化でマイバッグをカゴ替わりしている人が増えた。例えばお菓子をマイバッグ入れて会計後に袋詰めする台に持っていかれたら買ったことになってしまう。そういうことをする人がたくさんいます。おばあちゃんが多いですね。
ーー本書にはカゴ抜け(カゴに入れた商品を清算しないこと)、とくにセルフレジで会計したら思ったより安くてラッキーと無意識に万引きしていたり、意図的に精算しない人たちの事も書かれていました。
伊東:セルフレジでも商品の読み込みはスタッフが行い、会計だけ別端末で精算であれば問題ないですが、フルセルフレジでカゴ抜けするひとはだいたい知能犯的な人が多いですね。20代から30代が多い。セルフレジのカゴ抜け常習者がいましたけど、1個、2個くらいピッて商品をスキャンしてお金を払うんですけど、お金を払うふりしてそれ以上にたくさん商品を入れてるんです。それで私が声をかけたら「え、お金払いました。でもなんか安いなと思ったんですけど」っていうわけです。「わたし耳が聞こえなくて」と。前科8犯ですよ。ほかにもイヤホンしていて「音が聞こえなかった」とか言う人もいて。そうなると万引きとしての線引きが難しくなってきますね。
ーーコロナ禍ならでは、と言ってはおかしいですが、飲食店の店長が食材の万引きしているという事例がありました。これも2020年特有のものなのでしょうか。
伊東:これは2020年からですね。一回目の緊急事態宣言の2、3カ月あとくらいからで出てきたんじゃないですかね。月に1人か2人はいますよ。
■引き継がれる万引きの手口
ーー最近の万引き犯は犯行が高度化していたりするのですか? グループ化されていたり、スマホで情報を共有していたり。
伊東:そういうのはしょっちゅうですね。中高生に多いんじゃないかな。
ーー万引きしやすいお店は万引き犯の中で共有されているという話をよく聞きますが、実際そうなんですか?
伊東:ありますよ。共有されるというか、万引きしやすい雰囲気が伝わるんでしょうねですね。小中高生による万引きだと1回だれかが万引きに成功するとみんな同じことをやります。あるスーパーでは従業員の通用口の途中に客が使用できるトイレがあるんですが、トイレに行くふりしてそのまま店の外に抜けるという手口が流行って、女子高生がみんなたくさんブツを持って裏から出ていたころがありました。こうやったら見つからないって先輩に教わって、代々その高校で伝わっている手口。
ーー伝統の万引き手口になっていると(笑)。
伊東:3年くらい同じ手口が続いていました。これもその地域ならではですけどね。
ーー私も万引きについて記事を書いたりしたときにSNSで質問がきたんですよ。「書店の本には一冊ごとに防犯タグが付いているんですか?」とか。お前はそれを知ってどうするつもりだと。
伊東:だからなかなか手口を具体的には言えないんですよね。テレビでも取材を許可してくれるお店は少ないですよ。
■あだ名を付けられる万引き犯
ーー本の中では、“銀座のJUJU”とか、現場であだ名が付けられている万引き常習犯が登場します。お店の現場では万引き犯の人物像の共有のためにあだ名をつけることはよくあるのですが、保安員の中でもあだ名をつけることはあるんですか?
伊東:不審者を見かけたらまずあだ名を付けるところから始めますね。見失わないようにする意味もあります。だから服に8番とかプリントされているのを着ているとわかりやすくていいですね。「あ、8番きた!」とか。(毎回“8”がプリントされた万引き常習犯「8番の女」)
ーーなんで自分が特定されるトレードマークのような服を着てくるんだと思いました。
伊東:それが万引き犯のおかしなところで、なぜかバレない自信がある。あと貰ったサントリーのBOSSのジャンパーを毎日着てくる常習者とかもいて、その格好でビールを盗ったりするんです。
■家族ぐるみの万引き
ーー家族での万引きは私も何度か捕まえた経験がありますが、最近は増えているんですか?
伊東:昔からいますけど、最近ちょっと増えてる感じがしますね。私が地方の現場を踏んでいるからかもしれないですけど、地方は店舗の大型化が顕著じゃないですか。ああいうところに行くと子どもから高齢者までみんなが欲しいモノが揃っているし、隠れる場所もたくさんある。普通、子どもがお酒をもって歩くのは不自然じゃないですか。よく見ていたら親が子どもに万引きをさせているんです。親を捕まえて問い詰めると「子どもが勝手に入れた」とか言って。
ーー私も以前に子どもがカードゲームのカードをごっそりポケット入れて持っていくの捕まえたことがあるんですけど、駐車場の車の中に親がいるんですよね。子どもが盗ってきたカードを親が売ってお金に換えるっていう。捕まえたあとに嫌な気分になりました。
伊東:それは嫌ですね。
野放しになっている盗品の販売
ーーネットのフリマアプリやオークションサイトなどで個人売買が簡素化されたことによって、万引きの目的が盗品の販売となるケースが目立ってきていると感じています。
伊東:それは昔からですね。本人確認などするようになってある程度落ち着いたところはありますけど、メルカリはまだ緩いところがあるじゃないですか。だからまた以前と同じようになっていて。盗品と書いてなくても、私が見ると盗んだものってわかります。それが堂々と売られていて野放しになっているのが今の状況ですよ。それも盗品販売の全部じゃないし、店舗に売ったり、友だちに売ったりというケースもある。万引き商人はいっぱいいますからね。年齢関係なく、小学生からおじいちゃんおばあちゃんまで。ただ、盗品であることはわかるけど、だからと言ってどうすることもできないっていうジレンマはありますね。
ーーネットでの盗品の販売を無くす方法はあるんでしょうか?
伊東:やっぱり現行犯で捕まえるしか無いんじゃないですかね。あとは、防犯機器の使い方次第ですけど、被害後に警察が動いて逮捕に至ることも増えています。
■万引き犯の“臭い”
ーーお店で万引きを捕まえたりすると、新しいスタッフに「ウチのお店にも万引きあるんだ」と驚かれます。私自身は店のスタッフ全員が防犯意識を持てば、ある程度の防犯が可能だとおもっているんですが、お店の防犯意識を向上させるために、教育という形で伊東さんが関わったりはしているんですか?
伊東:ここ十数年は海外も含めて全国で講演をしてきましたが、店舗内を防犯の面で見られる人、怪しい人にピンと来る人って店長か副店長とかそのクラスの人たちなんですよ。防犯はそういう人たちが中心となってやるしかない。アルバイトに啓発するのは挨拶と声掛けですね。『鬼滅の刃』をたくさん持って歩いている中学生を見て「大丈夫かな」って思うように情報共有できることが大切だと思います。
ーー私も過去に怪しい人などをマークしたことがありますけど、よく見てたのが靴でした。
伊東:保安員仲間でも靴を見て判断している人がいましたけど、靴のほかにもいろいろ“臭う”っていうのはありますよね。
ーー刑事ドラマによくあるやつですね。
伊東:逆に万引き犯も保安員の“臭い”を探っているわけです。我々も“保安臭”って呼んでいるんですけど。その臭いをなるべく出さないようにしてるんです。
ーー保安臭! どっちも“臭い”があるんですね。
伊東:向こうも一目で気付きますから。やってる最中に目が会ったらアウトなんですよ。保安臭でバレますから。向こうはハッとなって入れたものを全部出して出ていくんですよ。
ーーお店としては防犯になったと思いますけど、保安員としては捕まえないと意味がない?
伊東:そうですね。我々は万引きを捕まえないと信用されない。未遂ではなく捕まえないと評価されないのが、この業界の厳しいところですね。けれど一度捕まえたらスーパースターみたいに翌日から「伊東様~」みたいな感じになりますね。
■命がけの保安員
ーー本には保安員が万引き犯の車に連れ込まれて連れていかれたという話がありましたが、保安員も命がけですね。
伊東:何回か死に際になったことがありましたね。
ーー何回も?!
伊東:20年やってれば1回か2回は死んでもおかしくないことになってると思いますよ。首に刃物でやられたこともあるし、目を突かれたことや指を折られたりとかね。
ーー万引き犯も必死なんですね。
伊東:これはほぼ100%なんですけど、暴れるのは保釈中や、執行猶予中のどっちかですね。あと社会的ステータスがある人たち。学校の先生とか。そういう人は暴れます。
ーー先生とか社会的に地位がある人の万引き、よく聞きますよね。だけど盗ったものがスナック菓子とか、つまらないもので。ちょっと特殊ですよね。
伊東:いろんな人がいますよね。1冊目の本にも書いたんですけど、その学校の先生の場合はカツ丼二つだったんです。奥さんが妊娠してイライラしてたからって。性欲がカツ丼になったかと。
ーー旦那のほうがマタニティブルー。
伊東:そう。寂しかったって。大暴れしたんで、闘いましたけどね。
ーー武闘派保安員ですね。
伊東:20年くらい前まではちょっと応戦しても大丈夫だったんですよ。一応空手の指導員をしているんで、手加減しながら。若い頃には、小さなグループと決闘したこともありました。
■万引きをする人の実像
ーー万引きをする人のイメージは一般の人からすると、若い人で、やんちゃで、ゲーム感覚、遊び感覚というイメージで固定化されている気がするんですけど、この本を読むと、おじいちゃん、おばあちゃん、家族、子ども、ほぼすべての人間が世代を越えて万引きをしている状況なんですね。
伊東:年齢でいったら4歳から96歳くらいまで相手にしてきました。それぞれの世代には万引きの目的があって、小学生だとおやつとか、友だちが持ってるものが欲しくなっちゃったとかですけど、中学生になると、スマホだとか高額なグッズに欲が一段上がっちゃう。日常的な常習犯だとお菓子とかドリンク。高校生で換金目的がでてきますね。洋服とかブランド物とか。大学生はあんまりないんですけど、お酒とか食べ物が多いですね。あとアクセサリーとか。大人になると生活感が出てきて、酒や食品が中心になる。ちょっと買いにくい贅沢なモノを盗むのが共通ですね。
ホームレスの人とかは生きるためにというのがあって、「本当に申し訳ない」と思いながらおにぎり一個とか。そういうのは罪は浅いんじゃないかなと個人的には思うんですよ。アメリカだとホームレスの人たちにも食事が出されたり、寝られるところが提供されているんですけど、日本は全部排除の方向なんでね。公園のベンチも寝られないように作られて、ベンチで寝ていた人は居場所が無くなって、ショッピングモールに行くけどそこでもまた排除されて。
ーー万引き犯でもそれぞれの背景を考えないといけない。
伊東:ネグレクト(育児放棄)された小さい子がフードコートでお弁当を勝手に食べちゃったりとか、そういうのがいちばんしんどいかな。親に捨てられた中学生の女の子とか。
ーー最後になりますが、万引きの被害で悩んでるお店にアドバイスはありますか。
伊東:現実から目をそむけないほうがいいと思います。万引きされる店は「やられちゃってるんだよね」で終わってることが多いんです。万引きの少ない店というのは愛社精神の強い店長とか、そういう人がやってるから品出しの状態とか、レイアウトが整頓されてて綺麗です。綺麗に並んでいれば、一つ盗ったら目立つけど、ぐちゃぐちゃなところは盗っても目立たない。魔が差しやすい店づくりになります。店長の質と万引きの被害はリンクしていると思いますね。査定に響くと思いますよ(笑)。
(取材・文・写真=すずきたけし)