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『葬送のフリーレン』はセオリーを無視した傑作だーー「死」から始まる物語の魅力

2021年05月29日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 小学館が刊行する『週刊少年サンデー』の連載作品でセオリーを無視した作品がある。しかもその作品が「漫画大賞2021」にて大賞を受賞した、今最注目の話題作なのだから驚きだ。それが「サンデーうぇぶり」で『ぼっち博士とロボット少女の絶望的ユートピア』を連載していた山田鐘人と、『MEET UP』で「小学館新人コミック大賞」佳作に入選したアベツカサがタッグを組んだ『葬送のフリーレン』である。そこで本稿では本作の魅力や、作品に散りばめられた工夫を紹介していく。


 従来の漫画作品のセオリーとは異なり、「死」から始まる物語である本作。エルフの長寿を軸とした、感情と命の在り方を問う設定は非常に秀逸だ。


 魔王討伐のため冒険に出ていた勇者一行は、目的を達成し見事凱旋を果たす。10年という長い年月を共に過ごした仲間に、勇者・ヒンメルは労いの言葉をかけるも、魔法使い・フリーレンは涼しい顔で短い間だったと言ってのけた。フリーレンはエルフであり、人間であるヒンメル達とは比べられないほど長寿なのだ。


 勇者一行が50年に一度の流星群、半世紀流星(エーラ流星)を見ながら物想いに耽っていると、フリーレンは「50年後もっと綺麗に見える場所に案内するよ」と軽く言う。それを聞いて意味あり気に笑うヒンメルを見て、フリーレンは不思議な顔をしていた。


 そして50年が経ち王都に再び訪れたフリーレン。誰かに声を掛けられた彼女が、ヒンメルの名を呼びながら振り向くと、そこには頭のハゲあがった老人の姿が。「老いぼれてる…」と声に出すフリーレンに、思わずツッコむヒンメル。再会を喜ぶ2人だが、程なくしてヒンメルはこの世を去ってしまう。悲しい顔すら浮かべないフリーレンを、群衆は口々に非難する。しかしフリーレンにとって、ヒンメルはたった10年一緒に旅をしただけの“この人”なのだ。


 ヒンメルの死に立ち会い、なぜもっと知ろうとしなかったのかと涙を流したフリーレン。こうして彼女は人間を知る旅に出るのだった。


 漫画に関わらず創作物において、命や感情をテーマとした作品は少なくない。しかしその中でも「死」をスタート地点としたストーリー作りは非常に真新しい。そして『葬送のフリーレン』は壮大なテーマを扱っているにも関わらず、どこか軽い読み味なのが大きな魅力となっている。長寿であるが故のフリーレンの淡々とした雰囲気、それを表現するため一役買っているのが「笑い」だ。


 元々ギャグ漫画として制作されていた本作。そのテイストをしっかりと残し、本作にはどこか気の抜ける軽い笑いが随所に盛り込まれている。淡々と進行するストーリーに「感嘆符」や「大ゴマを多用しない」など、サラッと読める工夫を散りばめることで、『葬送のフリーレン』は軽快でシャレの利いた漫画に仕上がっている。


 また本作はフリーレンが喜怒哀楽を追う物語である。エルフであるフリーレンは、人間よりも圧倒的に寿命が長いからなのか、感情をあまり表に出さない。そんなフリーレンが人間を知るため、旅しながら様々な感情と向き合っていくことになる。喜怒哀楽が少ないフリーレンが主人公だからこそ、より人々の喜怒哀楽が対比的に鮮やかに浮かび上がっている。


 それを象徴するのが旅のパートナーであるフェルンとのエピソードだ。ヒンメルの死から20年の時が経ち、フリーレンはかつての仲間、僧侶ハイターの元を訪れる。ハイターは自身が引き取った戦災孤児の少女、フェルンを弟子に取って欲しいと彼女に頼む。しかしフリーレンはそれを、旅の足手まといになるからと即答で拒否。


 そしてフリーレンはハイターの一計もあり、それくらいならと彼女に魔法を指南することに。ハイターがフェルンの様子を尋ねると、フリーレンは「打ち込み過ぎだ。あまりいいことじゃない」と応える。しかし後にフリーレンは彼女の魔法への情熱の源に、「1人で生きていく術を身につけ、救ってくれたハイターに恩返しをしたい」という気持ちがあるのを知ることになった。こうしてフェルンの気持ちに触れたフリーレンは、「ヒンメルならそうした」という理由でフェルンを救ったハイターの気持ちを受け取り、彼女を旅に同行させるのだった。


 「死」から始まる物語『葬送のフリーレン』。本作は現時点での面白さもさることながら、フリーレンの旅の行く末が気になるところも魅力である。フリーレンは人間をどのように理解するのか、旅の行く末はどこに繋がっているのか。彼女の旅路から、今後も目が離せない。