コスト削減を目的とした開発凍結。2021年、スーパーGTのGT500クラスで2年目を迎えた『Class1+α規定』車(現『GT500規定』車)は、空力を含む車体に関して大きな変更を施すことは許されていない。
しかし、「そんなことはありません」とHRD SakuraでNSX-GTの車体開発を担当する徃西友宏氏は言う。
「登録の必要がない部分、触っていい場所もクルマ全体で見るとかなりあります。部品点数比率とかでいうと、共通部品化されているところは除外しても、8割くらいは作り変えることができます」
「ただ、そのなかで性能への寄与が高いものや、本当にやる意味があるものを絞っていくと、実際にクルマに採用されるのは2割~3割程度です」
「前まわりをもっと軽くしたかったので、フロントのカウルやバンパーは、去年と見た目は同じですが、カーボンの積層とかをいろいろ変えるなど、新しい作り方をしています。また、逆に重量が増えても強化したところもあります」
いずれも外側からは見えない、あるいは見えにくい部分だが、パフォーマンスと信頼性を高めるための改善がしっかりと施されているのだ。
とはいえ、運動性能の要であるエアロパーツを変更できない以上、共通シャシーを使う3車の基本的なキャラクターは昨年から大きくは変わらない。
たとえば、ベース車のデビューがもっとも最近のGR Supraは、レーキ角をつける前提での車体設計がなされている。規定変更で獲得できるダウンフォース量が減り、それを取り戻すためにレーキをつける設計にしたのだろうと考えられていたが、「そうではありません」と、車両開発をとりまとめるTCD(TRD)の湯浅和基氏は言う。
「一番大きな理由は、LC500からGR Supraになり、車体で発生する空力の特性が若干変わったからで、レギュレーション変更によるものだけではありません。同じフロントの車高で走っているときに、リヤが上がったり下がったりするときのダウンフォースの出方が前とは違うので、コンセプトを変えざるを得なかったのです」
GR Supraは、レーキ設定の自由度を広げることにより、各サーキットで最適なダウンフォースを得ようとしているのだろう。エアロパッケージを変更できないいま、レーキ角を強めてダウンフォースを増やすことはできても、空力付加物を減らしてドラッグを減らすことはできない。
ラテラルダクトの形状に目を向ければ、GT-Rはエアを上方にはね上げる、ダウンフォースを重視した複雑でドラッギーなフィン形状となっている。また、NSXもダウンフォースを重視した造形だ。対するGR Supraは非常にシンプルな形で、ドラッグをなるべく増やさないコンセプトに思える。
■ダンロップコーナーでのアクセルオンが遅いGT-R勢
直線が長くロードラッグが有利な富士ではGR Supraが速く、ハイダウンフォースが有効な鈴鹿ではGT-RやNSXが速いという昨年の傾向は、このラテラルダクトの形状ともリンクしている。
ただし、前述のようにレーキアングルによってダウンフォースをある程度増減できるGR Supraに対し、GT-RとNSXはどのサーキットでもクルマを下に押しつける力が強いため、ストレートスピードに関しては不利になりやすい。
あらためて昨年から今年にかけての富士の予選セクタータイムを見てみると、やはりストレートを含むセクター1ではロードラッグなGR Supraが安定して速い。高速コーナーが多いセクター2は、車種別のアベレージ、車別の予選ベストタイムともに、GR Supraがトップだった。
ただし、アベレージでのGT-Rとの差はかなり小さい。ハイダウンフォース指向のエアロパッケージをまとうGT-Rは、昨年も鈴鹿で速さを示すなど高荷重セクションを得意とする。富士に関しては(セクター2に位置する)トヨペット100Rコーナーとのマッチングがいい。
「100Rは高速高Gで、我々のクルマはダウンフォース量が多いので、そこは速いかなと。ただ、100Rを速くするのと、セクター3を速くするのはセッティングのトレードオフで、多少相反する部分があるんです。だから、得意な100Rを活かしている関係で、Bコーナー(ダンロップコーナー)ではボトムからアクセルを踏むときにちょっと待つみたいなところはあるかもしれません」と、ニッサン系チーム総監督の松村基宏氏。
実際、GT-R勢はダンロップコーナーの立ち上がりでアクセルオンのタイミングがライバルよりもワンテンポ遅かった。
セクター3のQ1アベレージでは、GR SupraがNSXに0.167秒差をつけた。TCDの湯浅氏によれば、セクター3はおもにタイヤとメカニカルグリップを引き上げるセットアップでタイムを稼いでいるという。ただし、セクター3での一発はARTA NSX-GTがQ2で非常に速かった。
「セクター3は重量がかなり効くので、29㎏重いミッドシップ時代はかなり苦労しました。NSXはセクター3が遅いという変なイメージを持たれていることが嫌だったので、同じ車重で作ったらむしろ速いくらいになり、それは本当良かったです(笑)」と、徃西氏。
「ただし、今回ARTAが速かったのはドライバーの乗り方もあって、ブレーキングであまり奥まで行かず、少し手前で止めてボトムスピードを高めるような走り方をしていました」
ちなみに、NSXは立ち上がり加速が非常にいいとライバルは見ているが、それはシャシーセッティングとエンジン特性の合わせ技によるものだろう。また、狙いとしてセクター3でしっかりとマージンを築き、ストレートエンドの速度では負けたとしても、ブレーキングポイントをライバルよりも奥にとり、それを決勝をとおして維持できるようなセッティングを狙っていると徃西氏はいう。
■車種で異なる“足”の動かし方
ところで、セクター3の13コーナーアウト側から見ると、各車の車高バランスにかなり違いがあることが分かった。ブリヂストンタイヤ装着車で比べたが、KeePer TOM'S GR Supraがもっともロールが大きいように見える。次いでSTANLEY NSX-GT、カルソニック IMPUL GT-Rという順でロール量は少ない。
「GR Supraはロールが残っていますね。同じコーナリングスピードで回っているとしたら、内輪荷重が一番残っていて外輪荷重は一番少ない。外輪を使い切れていないとも、4輪をバランス良く使っているともいえます」と湯浅氏。
「NSXはロールが少ない? まあそうかもしれないですね(笑)。1G状態の車高がほかと同じか我々のほうが低ければ、相当ロールをさせていないといえます」と徃西氏。「NSXだけでいうと、いろいろなコースやコンディションで走るなかで、総じてあまり動かさないほうがいい。うちの空力とのマッチングだと、そうなります」。
同じブリヂストンタイヤ勢でも、車種ごとにこれだけ考え方が違うのだ。また、ロードラッグなGR Supraと、ハイダウンフォースなGT-Rではタイヤの接地荷重も大きく違うであろうし、求められる性能は変わってきて当然だといえる。
ダウンフォース、ドラッグ、車高、4輪の接地バランス、タイヤの発動およびライフマネジメント等々。幾多の要素をうまくまとめ上げ、最適解を得るために、車体エンジニアは終わりなき開発作業をコツコツと続けているのだ。