2021年05月27日 10:11 弁護士ドットコム
市営住宅の退去費用が高くて困っている——。こんな相談が、弁護士ドットコムに寄せられました。
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相談者の女性は、市営住宅に14年ほど住んでいました。今月退去しようとしたところ、修繕費が「39万円かかる」と言われびっくり。「市営住宅は経年劣化代を毎月の家賃に含んでいないので、入居時と同じくらいに戻さないといけない」と説明を受けました。
女性が「とてもじゃないけど払えない」と伝えると「20万円なら払える?」と言われたものの、畳や壁の汚れまで全て請求されることについて疑問に感じています。
賃貸マンションであれば経年劣化で生じた傷や汚れは大家さんの責任となり、入居年数が多いほど負担割合も減っていきますが、はたして市営住宅に住んだ場合はどう考えられるのでしょうか。高橋辰三弁護士に聞きました。
——公営住宅の場合、原状回復のルールは異なるのでしょうか。
市営住宅などの公営住宅か民間の賃貸住宅であるかを問わず、賃借人は、明渡しに際し、借りていた家屋を原状回復する義務を負担しています。
この原状回復義務は、入居時の状態に完全に戻すことを意味するものではなく、原状回復の対象となる損傷から、通常の使用方法によって賃借物に生じた損耗(通常損耗)や、経年変化による損傷(経年劣化)は除外されています(民法621条)。
したがって、賃借人は、通常の使用方法以外の方法により賃借物を使用したことにより発生した損傷(特別損耗)を原状に回復する費用のみ負担することとなります。
この考え方は、国土交通省による「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」においても具体化されています(このガイドラインは、賃料が市場家賃程度の民間賃貸住宅を想定しています)。
——具体的には、どのようなルールになっているのでしょうか
具体的には、日常使用する家具設置の跡は通常損耗、日照による畳や壁の変色等は経年劣化に該当するので、賃借人は原状回復義務を負いません。
賃借人が手入れを怠ったことによる壁の腐食、賃借人の故意または不注意による傷・汚損については、特別損耗に当たり、賃借人が原状回復義務を負うとされています。
しかし、契約の内容は当事者間で定めるものであるので、先ほどのガイドラインも通常損耗・経年劣化分の修繕を賃借人負担とする特約の効力を否定するものではありません。
この点につき、地方住宅供給公社法により設立された法人が運営する公営住宅が賃貸人となった事例において、過去の裁判では以下のように判断しています。
原則として、賃借人に通常損耗・経年劣化を修繕する義務は認められないものの、例外的に同義務が認められるためには、通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、特約が明確に合意されていることが必要である(最判平成17年12月16日)
——具体的に賃貸借契約書の条項に明記されているか、口頭で説明して合意した場合でないと、修繕する義務は認められないということなんですね。
はい。したがって、まず、市営住宅の入居時に締結した賃貸借契約において、通常損耗や経年劣化について賃借人に修繕義務があることを明確に合意しているか否かを判断する必要があります。
具体的には、賃貸借契約書においてそのような特約があるか否か、入居説明会や契約時に交付された資料を確認します。そして、特約が合意されていない場合には、賃貸人は、「市営住宅の賃料は経年劣化代の賃料を含んでいない」などという理由で、賃借人に経年劣化部分の修繕費を負担させることはできません。
なお、今回のケースでは、賃貸人から「(当初提示した修繕費の)半額程度なら負担できるのか」との質問を受けていることからすると、仮にそのような特約があるとしても、修繕費用額の相当性を争う余地があるかも知れません。
【取材協力弁護士】
高橋 辰三(たかはし・たつぞう)弁護士
東京都世田谷区において、町医者のような法律事務所を目指し2010年にアジアンタム法律事務所を開所し、民事事件、家事事件、刑事事件などを取り扱っている。弁護士会や地域ボランティア団体などでの公益活動に携わりながら、仕事をしている。
事務所名:アジアンタム法律事務所
事務所URL:http://www.adiantum.jp/