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“ループもの”最旬漫画『サマータイムレンダ』が熱い 文芸評論家も唸る“頭脳戦”とは?

2021年05月25日 10:51  リアルサウンド

リアルサウンド

文芸評論家も唸る『サマータイムレンダ』

 何らかの理由で登場人物が、同じ時間を繰り返す物語を“ループもの”という。時間テーマSFの一種と思ってもらっていいだろう。このタイプの作品が広く一般に知られるようになったのは、ケン・グリムウッドの小説『リプレイ』のヒットによってである。43歳で死に、気がつくと18歳の自分に戻っている。この人生のリプレイを繰り返す男を主人公にしたエンターテインメント作品だ。日本でも1990年に出版され、大きな話題となった。


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 以後、ループものは小説のみならず、映画・漫画・ゲームなど、ジャンルを横断して多数の作品が生まれている。映画の『恋はデジャ・ヴ』、ゲームの『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』、ライトノベルの『All You Needs Is Kill』など、実に面白かった(アニメでも挙げたい作品はあるが、ループものであることが後半まで隠されているので、タイトルは控える)。


 もちろん漫画のループものにも、強くお勧めしたい物語がある。田中靖規の『サマータイムレンダ』だ。2021年4月に刊行された第13巻で単行本が完結。しかし作品の勢いは止まらない。アニメ化とリアル脱出ゲーム化が決定しており、さらに実写化企画も進行中だ。まさに今が旬の作品なのである。


 17歳の網代慎平は、幼馴染の小舟潮の葬式に参加するため、2年ぶりに故郷の日都ヶ島に帰ってきた。日都ヶ島は、和歌山県和歌山市の紀淡海峡に浮かぶ、人工およそ700人の小さな離島だ。10年前に両親を失い、小舟家で育てられた慎平にとって、潮は家族同然であった。


 潮は海難事故で死んだとのこと。だが潮の妹で、事故現場にいた澪が、姉は殺されたという。さらに、とまどう慎平を嘲笑うように不可解な出来事が続く。日都ヶ島に伝わる伝説の“影”の仕業なのか。やがて2人の潮が現れ、その1人に慎平は撃ち殺される。しかし気がつくと、島に着いた時間に戻っていたのだった。


 本書は第2巻までがプロローグといっていい。読者は最初、慎平と同じく、何が起こっているのかさっぱり分からない。しかし、なぜか自分が死ぬと時間が巻き戻るループ能力を持つ慎平が、同じ時間を繰り返すうちに、潮の死を始めとする一連の事態の原因が影の仕業だと分かってくる。影は対象をスキャンし、そのデータをもとにコピーを作る。そして対象を殺して成り替わっているのだ。誰もがコピーの可能性があるので、なにげない日常シーンにも緊張感が漂っている。


 そのような状況を積み重ねながら、ストーリーは進行。慎平に恋心を抱いている澪。慎平の幼馴染の菱形窓と、妹の朱鷺子。島出身の作家で、大きな秘密を抱える南方ひずる。ひそかに島で影と戦い続けている根津銀次郎。島の駐在の凸村哲。そして死んだ潮の影で、潮そっくりの姿をしたウシオ。繰り返す時間の中で仲間になった彼らと共に、慎平は絶望的な戦いを繰り広げる。


 物語は緻密に構成されており、ちょっと突っ込んで書いただけでネタバレになる可能性が高い。だからいささか、ボカした表現になることをご寛恕願いたい。という予防線を張って、まず注目したいのがループのルールだ。


 最初、ループ以前の時間の記憶を持っているのは慎平だけだった。途中からウシオも記憶を持ったままループするようになるが、そのためには慎平が死ぬまで生きていなければならない。けして万能ではないのだ。


 とはいえ紆余曲折を経て、仲間にもループを信じてもらえるようになり、前の時間の体験を前提とした戦略を練れるようになる。このあたりはトライアル&エラーの結果、プレイヤーのキャラクターが死にまくる“死にゲー”を想起させる。単行本の「あとがき」を見ると、作者はかなりのゲーム好きのようなので、意識しているのかもしれない。


 ところが影たちの母が、慎平のループをいち早く察知。慎平の能力に便乗するような形で自らをループさせる。したがって慎平側も影側も、互いに相手がループ前の状況を承知していることを前提として動かざるを得ないのだ。この頭脳戦が熱い!


 しかし最大のループのルールは、慎平がループするたびに、戻る時間が短くなることだ。つまり回数制限がある。巨大な力に制限をかけることで、強いサスペンスが生まれているのだ。しかもストーリーは、常に読者の予想を上回り、先を読ませない。SF・ホラー・伝奇・ミステリー・アクション……。多数の要素をぶち込み、複雑きわまりない構成を破綻させることなく、誰もが納得できるラストまで突っ走る。とにかく凄い作品である。


 なお私は、今回の原稿を書くために再読し、物語にちりばめられた布石と伏線の多さに、あらためて感心した。再読というループだからこそ味わえた楽しみだ。その楽しみのために、今後も本書を何度もループすることだろう。なぜなら再読に、回数制限はないのだから。


(文=細谷正充)