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文芸書ランキング、社会の“SOS”を反映か? 『52ヘルツのクジラたち』や『お探し物は図書室まで』が伝える声

2021年05月22日 09:01  リアルサウンド

リアルサウンド

文芸書ランキングから聞こえる社会の“SOS”

参考:週間ベストセラー【単行本 文芸書ランキング】(5月11日トーハン調べ)


 ついに発行部数50万部を突破した宇佐見りんの『推し、燃ゆ』。芥川賞受賞の発表から4カ月、いまだ堂々の3位でランキングから外れる様子はない。そんななか、東野圭吾版『罪と罰』とうたわれる最新小説『白鳥とコウモリ』をおさえて1位に輝いたのは、本屋大賞を受賞した町田そのこ『52ヘルツのクジラたち』だ。


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 海中で歌うように仲間に呼びかけるクジラだが、ごくまれに、通常より高い周波数で声を発するために仲間と出会うことができない“52ヘルツのクジラ”がいるという。声なき声を発している、孤独に助けを求めてさまよう人たちを重ねたという。主人公は、家族から搾取されて育った貴瑚(きこ)。弟が溺愛される一方、母親の連れ子だった貴瑚は小学生のころからネグレクトされ、難病を発症した義父の介護を押し付けられる。友人たちの助けを得て、どうにか窮地から脱するものの、希望の光だと思ってつかんだものが、彼女をまた別の孤独へと突き落とす。そうして、すべてを失った彼女の逃げた先が、祖母の暮らしていた北九州の家だった。そこで貴瑚は、母親から「ムシ」と呼ばれて虐待され、物理的に声を発することのできない少年に出会う……。


 年齢はちがえど似た孤独と痛みを抱えた貴瑚とムシは、ともに52ヘルツのクジラだ。だが、安全に仲間と群れているように見える人でも、実は、声なき声を発していることがある。むしろ仲間には聞かれたくないSOSだからこそ、手遅れになってしまうことも。声をキャッチできたとしても、対応を少しでも間違えばとりかえしのつかない悲劇につながりかねないのは、現実に起きる虐待死の事件などからもわかること。どんなふうに手を差し伸べるのが、本当にその人のためになることなのか。似ていたとしてもまるで違う、その人だけの痛みを癒すにはどうすればいいのか。静謐な文章で真摯に描きだされた作品である。


 9位の青山美智子『お探し物は図書室まで』は、本屋大賞2位を受賞した作品。『52ヘルツのクジラ』に比べれば明るい読み心地だが、こちらも声なき声を発する人々を描きだしている。


 人生を暗闇に突き落とすのは、生死にかかわるような大事件だけでなく、自分だけ何ももっていないように感じてしまう劣等感や、出産によってキャリアプランを変更せざるを得なかった口惜しさ、といった他人からみれば些細に思える葛藤もまた、生きていくために乗り越えていかなくてはならないものだ。小学校併設のコミュニティハウスにある小さな図書室を偶然訪れた人々が、風変わりな司書に導かれるようにして自分にぴったりの本と出会い、人生を好転させていく姿を描き出す。


 人の悩みや苦しみに大小はつけられず、本人にとっては等しく深刻な問題だ。物理的に傷つけられていないから、生活には困っていないのだから大丈夫だろうと思っていた人が、唐突に命を絶ってしまうことだってある。『52ヘルツのクジラ』と『お探し物は図書室まで』の2冊が本屋大賞の上位2作となったことは、想像するよりもはるかに多くの人々が、声にすることのできないSOSを発しているという証左かもしれない。


 大小はないといいながら、終わりの見えないコロナ禍で尋常ならざる苦境に立たされている人たちが存在するのは事実。緊急出版と銘打たれた10位の夏川草介の『臨床の砦』は、現役医師である著者がコロナ禍の最前線で目の当たりにしてきた光景を、とある病院に務める内科医を主人公に描きだす。


 2020年末から急増した感染者と重症化患者。他の病院から受け入れを拒否されて患者は次々と運びこまれ、ベッドは満床続き。病院に勤める人たちはみんな一年近く休みなし。これから先も状況が改善される気配はないどころかどんどん悪化し、医療は崩壊どころか壊滅状態。それでも行き場のない患者を見捨てることなどできない――。行間の隙間から溢れだす現場の“声”に、ぜひ耳を傾けてほしい。


(文=立花もも)