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映画化で話題『子供はわかってあげない』が描くボーイミーツガール 作者・田島列島の遊び心に注目

2021年05月21日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 「環世界」という言葉をご存じだろうか。生物によって世界の見え方が異なるという考え方である。


 すべての生物にとって世界は客観的な環境ではなく、生物各々が視覚や聴覚などで認識した情報から構築された環境であり、すべての生物が認識する世界は異なる。嗅覚や聴覚に優れた犬は「匂い」や「音」が大きな割合を占めた、人間とは異なる世界で生きているのだという。おそらく大人と子どもにも同様のことが言えるだろう。アリの行列に夢中になっていた子どもの頃を思い出すと、成長の過程で知覚や価値観は変化し、大人になって見ている世界とは異なるはずだ。


 大人になると見えなくなる子どもの世界。そんな視点を巧みに描いた漫画が『子供はわかってあげない』である。


  作者は「マンガ大賞」に2年連続で入賞した『水は海に向かって流れる』を手掛け、2020年に「手塚治虫文化賞」を受賞した田島列島氏。2014年に発表した『子供はわかってあげない』も「マンガ大賞2015」や「このマンガがすごい! 2015」にランクイン、映画化も決定し2021年夏に公開が予定されている作品だ。


 高校2年生の女の子「朔田 美波(サクタ ミナミ)」が学校の屋上で出会ったのは書道部の男の子「門司 昭平(モジ ショウヘイ)」。本作は朔田が幼い頃に別れた実の父親を探す旅に出かけ、門司は家に帰ってこない朔田を探す、少女と少年のひと夏の物語である。


 ストーリーの大枠は高校生が織り成すボーイミーツガールだが、作中で描かれるのは複雑で一癖ある大人な世界だ。


 朔田が実の父親を探すために頼ったのは、門司の兄であり探偵を務める「明大」。彼は女性の容姿をしており、性転換に関する手術をした際に家族と縁を切られてしまった過去をもつ人物である。門司は女性になった明大を昔と変わらず「兄ちゃん」と呼んでいるが、朔田に兄を説明する際には戸惑いを見せる。


 また朔田の実の父親は新興宗教の教祖を務めていた過去があり、しかも教団のお金を持ち逃げした疑いのある人物だ。そんな事情を知った朔田は好きなアニメ『魔法左官少女バッファローKOTEKO』と関連付けて、父が教団に見つかった際にはセメントで埋められ東京湾に沈められることを想像するーー。


 大人の織り成す少し複雑な世界で、子どもとして息をする高校生の朔田と門司。シリアスな世界観が背景にあるからこそ、彼らの「子どもらしさ」はより際立つ。ゆえに門司が朔田を探し出すために「少年」から「男」になる瞬間や、感情の高鳴りを初めて恋と認識するタイミングなど、甘酸っぱい恋模様はみずみずしさを増して感じることができるのだ。


 『子供はわかってあげない』の世界で子どもらしさを見せるのは朔田や門司だけではない。作者である田島氏の存在だ。本作の世界には田島氏の「遊び心」がふんだんに描かれているのである。


 例えば第3話のサブタイトル「探偵は商店街にいる」は某探偵映画を彷彿とさせ、第14話のサブタイトル「あの日つけた技の名前を誰にも教えない。」は映画化もされたあのアニメの名前にそっくりだ。


 また朔田が父親を探す旅で通る道路には「パチンコ・スロット『火の車』」という破産しそうなお店の看板が設置されており、明大が降り立った駅には「風の谷の奈宇歯科」というジブリ作品に似た歯科医院の広告が掲示されている。


『子供はわかってあげない』下巻(講談社)

 極めつけは作中で登場する「カレー記念日」という、まるで俵万智の歌集のようなカレールーである。パッケージの裏に書かれた原材料名を見ると、小麦粉や食用油脂と共に「暗黒物質」や「S○AP細胞」、しまいには田島氏がこぼす嘆きもカレールーに練りこまれているのだ。本作には「カレー週間」というヱスビー食品のレトルトカレーに似たカレールーも登場するので、ぜひ原材料欄を見ていただきたい。


 初めて人を好きになる感情を覚えた懐かしさや、鉛筆で教科書に落書きをしていた頃のような遊び心。本作は忘れかけていた子どもの世界を蘇らせてくれる作品だ。この夏に公開を予定している映画『子供はわかってあげない』は大人になったわたしたちに、夏休みを迎えたときのワクワク感に似た胸騒ぎを与えてくれるに違いない。


■あんどうまこと(@andou_ryoubo)
フリーライターとして漫画等のコラムや書評を中心に執筆。寮母を務めている。