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『SLAM DUNK』安西、田岡、金平……大人になってからも響く、名監督たちの教え

2021年05月17日 12:41  リアルサウンド

リアルサウンド

『SLAM DUNK完全版(7)』

※ 本稿には『SLAM DUNK』(井上雄彦/集英社)の内容について触れている箇所がございます。原作を未読の方はご注意ください(筆者)


“最後まで…
希望を
捨てちゃいかん
あきらめたら
そこで試合終了だよ”


 これは『SLAM DUNK』(井上雄彦)の第8巻(ジャンプ・コミックス版)に出てくる湘北高校バスケ部の安西光義監督の台詞だが、最初から最後まで名台詞だらけの同作の中でも、とりわけ読者の心に残るひと言だといっていいのではないだろうか。


 この言葉をかけられたのは、中学時代の三井寿。県大会の決勝戦――ラスト12秒の段階で1点負けていた彼は、口では「このスーパースター 三井がいる限り 絶対勝ァつ!!」などといって虚勢を張りながらも、心の底では試合をあきらめかけていた。それを見抜いてか、来賓者のひとりとして観戦していた安西は、三井に向かって穏やかな口調で、先の言葉をかけて奮い立たせたのである(結果的に三井のチームは優勝する。また、27巻で安西は同じようなことを主人公の桜木花道にもいう)。


 この言葉に心を強く動かされた三井は、のちに安西がいる湘北高校に進学することになる。またそのさらに1年後には、ポイントガードの宮城リョータも「安西監督目当て」で同校に入学したようだ(17巻参照)。


 なお、この三井と宮城のふたりは、中学時代から、県内ベスト4の強豪・陵南高校の田岡監督に目をつけられていたほどのアスリートであり、本来なら無名の公立高校のバスケチームにいるような選手たちではない。だが、それでもなぜ、彼らが湘北高校に“自分の居場所”を求めたかといえば、それはやはり安西監督の持つ大きな“人間力”に引き寄せられたからにほかならないだろう。


 ところで私は、『SLAM DUNK』を雑誌連載時にリアルタイムで読んでいた世代だが、当時は自分と比較的年齢の近い、主人公の桜木花道ら選手たちに感情移入して読んでいた。だが、50歳を超えた現在、同作を読み返していると、物語を実際に動かしている選手たちではなく、彼らを指導している監督たちのほうに肩入れしながら読んでいることにふと気づかされるのだ。


 そう、そもそも少年漫画において、主人公たちを導くメンターの存在は欠かせないものではあるが、井上雄彦が生み出した各チームの監督たちは、数々の個性的なスター選手たちに劣らぬ魅力を持った名キャラクターばかりなのである。そのことに四半世紀の時を経て――つまり、監督たちと年齢が近くなってみて、ようやく気がついたといえなくもない。


 たとえば安西監督のほかでは、海南大附属の高頭力や山王工業の堂本五郎などもなかなか味わい深いキャラだといえるが、個人的には前述の陵南高校の田岡茂一こそが、敵チームの監督でありながら、ある意味ではこの物語の中盤のおもしろさを決めたキーパーソンだったようにも思える。


 ちなみにこの田岡茂一、他のどちらかといえば沈着冷静な監督たちとは異なり、喜怒哀楽のはっきりした人間味あふれる一面も持ち合わせているが、彼の言動が読者の心をもっともつかんだのは第21巻――湘北の控え選手である3年生の木暮公延がシュートを決めた際、素直に自分の読みの甘さを認める場面だろう。


関連:【画像】田岡茂一が表紙に登場した『SLAM DUNK完全版(16)』表紙


“あいつも3年間
がんばってきた男なんだ
侮ってはいけなかった”


 また、試合終了後、雑誌の編集者に対してこんなこともいう。


“あと ほんの一押(ひとお)しだったところを
木暮君と桜木君にやられました
私は あの2人を
湘北の不安要素と決めつけていた
桜木は危険な素人
木暮は層の薄いベンチ要員として…
だが彼らが 試合を決めた
敗因はこの私!!
陵南の選手たちは
最高のプレイをした!!”


 あらためていうまでもなく、ここにいたるまで、多くの読者にとってこの田岡というキャラは、主人公たちの前に立ちはだかる敵チームのボスなわけだが、上記のなんとも清々しい言葉を目にして、彼のことを嫌いになる人はまずいないだろう。実際、作者の井上雄彦もこの試合の勝敗が決する瞬間は、田岡の観念した顔のアップを描いており、そのことからも彼がいかに物語のうえで重要なキャラクターだったかがうかがえるというものだ。


 そしてもうひとり、『SLAM DUNK』に出てくる心に残る名監督として、豊玉高校の金平監督の名も挙げておきたい。


 豊玉高校はインターハイの常連校だが、さらに「上」を目指すため、約2年前、理事長らの判断でラン&ガン・スタイルにこだわる高齢の北野監督を解任、その後任者となったのが31歳の金平だった。ところが北野監督を尊敬する部員たちはこの若い監督を一切認めず、前監督の戦い方(ラン&ガン)が正しかったことを証明するためにインターハイに挑むのである。


 なお、湘北高校はこの豊玉高校とは、インターハイの1回戦で対戦することになる。同じような攻撃的なスタイルを持つ両チームの試合は、ラフプレーも交えた激しいものになるが、時間が経つにつれ徐々に豊玉は失速、主力選手のふたりが仲違いしてしまう。それどころか、その仲裁に入ろうとして、「すっこんどれや おっさん」、「お前に言われたないんじゃ 黙っとれ!!」といわれた金平は、思わずカッとなって選手のひとりを殴ってしまうのだ。


 だが、この“一発”こそが、もしかしたら豊玉高校の新監督が、自分に心を開かない選手たちに初めて本気でぶつかっていった瞬間だったかもしれない。


 この揉め事のあと、湘北対豊玉の試合がどういう展開を見せていくかをここで詳しく書くつもりはないが、豊玉の選手たちはバラバラになりかけながらも“初心”を思い出し奮闘、また、金平もそんな選手たちのことを実は心の底では理解していたのだということがわかるのだった。


“オレは お前らが大嫌いだ
なのになぜ…
負けちまえって気にならないんだ
それは…
お前らが 心底
勝ちたがってることは
知ってるからだ”


 熱い。この展開に胸を打たれない漫画ファンが果たしているだろうか。そう――こうした金平(試合終盤、彼は涙を流しながら選手たちを本気で応援している)や、先に述べた田岡のどこか清々しい姿などを見てもわかるように、『SLAM DUNK』という物語では、選手たちを導くメンターであるはずの監督たちもまた、試合を通じて大きく成長しているのだ。


 それはあの、他校の監督たちからも一目置かれている名将・安西も例外ではない。かつては「白髪鬼(ホワイトヘアードデビル)」の異名をとり、スパルタコーチとして恐れられていた彼は、当時の教え子・谷沢龍二をめぐるある不幸な“事件”をきっかけとして、大学バスケの世界からは身を引いていた。そんな安西に再び熱い想いを奮い起こさせてくれたのが、桜木や流川楓ら湘北高校バスケ部の面々だったともいえるのだが、単行本の第29巻――その桜木と流川の頼もしい姿を見て、彼は思わず過ぎし日の教え子に向かってこう語りかけるのだった……。


“おい……
見てるか
谷沢……
お前を超える逸材が
ここにいるのだ……!!
それも……
2人も同時にだ……”


 そう――この“逸材”たちを育てるために、かつて「白髪鬼」と呼ばれた男はまだまだ止まるわけにはいかないだろう。彼自身わかっていることだとは思うが、人生もまた、「あきらめたらそこで試合終了」なのである。


■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。