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35歳、子どもなし、セックスレス……悩める女性たちの新たなバイブル『それでも愛を誓いますか?』の魅力

2021年05月14日 11:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『それでも愛を誓いますか?(5)』

 ある日、WEBにも詳しい漫画編集者と話す機会があった。その編集者によると、電子コミックを読む層は30代以上の女性が多いという。電子コミック自体が新しいものだと感じていた私は、意外だと感じた。


■女性が直面している問題


 彼女たちは仕事や家事の合間に、スマートフォンの画面を縦にスクロールしてWEB漫画を読む。時に共感を、時に非現実を求めて。コロナ禍により外出しにくくなった今、スマホで漫画を読む人たちはますます増した。


 同年代の女性のリアルに共感したい。ただ、ときめきもほしい。一見相反する望みに見えるが、どちらも漫画業界で働く人たちにとって大切な読者の需要である。


 「リアルとときめきを描いた漫画」と聞くと、すぐに思い浮かぶ作品がある。『それでも愛を誓いますか?』(荻原ケイク/双葉社)だ。電子コミック書店で最新話が出るたびにランキング上位になっている本作は、2020年に単行本化し、現在は既刊4巻、累計100万部を突破した。


関連:『それでも愛を誓いますか?』1巻表紙


 主人公は純須純(すみす・じゅん)、35歳で物語序盤はパート主婦をしていた。彼女は夫と不仲ではない。だが忙しい夫との会話は少なく、セックスレスが長く続いていた。


 そして実家も彼女の苦しみを強める場所だ。20代で父を亡くしたことをきっかけに母は介護が必要な状態になった。施設にいる母に会いに行くたびに、純は憂鬱な気持ちになり、そんな自分に罪悪感を抱く。


 彼女の悩みはミドサー(30代半ば)の女性にとって非常にリアルなものだ。


「子どもがほしいけど、夫がセックスしてくれない」
「もっと夫と話したいけど、彼が自分のために仕事を頑張っているのもわかる」
「施設に入っている母親の介護は、経済的にも精神的にも負担があり、ひとりで解決できない」
「ブランクがあり、再び正社員の仕事を見つけるのが大変だ」


 さまざまな女性が直面している問題だ。それでも純は今の状態を打破し、前進しようとする。まずは派遣社員として、フルタイムで働き始めるのだ。


 純より四つ年上の夫・純須武頼(すみす・たけより)は決して悪人ではない。彼はゼネコン勤務で激務だ。帰っても疲れ果てていて、妻の純と会話する時間もなかなかない。


 しかし純を軽んじているわけではない。純の父が亡くなり母が要介護となってからも、武頼は経済面、そして精神面で、彼女を支えてきた。ただ彼は自分の父親に対するトラウマがあり、自分自身が子どもを持って父になることに踏み切れずにいた。


 そんな中、純は働き始めた会社で23歳の新入社員・真山篤郎(まやま・あつろう)に出会い、武頼は元カノでシングルマザーの足立沙織(あだち・さおり)と偶然再会する。この二人によって、純須夫婦の関係性は徐々に変化する。


 本作の醍醐味は、前述したようにリアルを描きつつ、心をときめかせる場面もあることだ。


 23歳の真山は、人とのコミュニケーションが苦手で仕事中もずっとマスクをしている。ひとまわり年上の純と知り合ってからも、最初はゲームアプリのチャットを使わなければスムーズに会話できない。


 だが真摯に物事に向き合い、フラットに自分を見てくれる純は彼の気持ちを変えていく。


 真山はいわゆる「オタク青年」で、恋愛経験が乏しくピュアだ。もし真山が30代男性であれば、女性読者の受ける印象も変わったかもしれない。だが、彼はまだ20代前半。純と、彼女よりひとまわり年下の男性の関わりは、本作のときめき要素になる。


 そして武頼の元カノ・沙織は、教師として働きながら一人で子どもを育てている。業務時間が終わっても来る生徒の親からの連絡や苦情、生徒を優先するあまり教師のメンタルを慮れない勤務先の学校、ひとりで子育てをするストレス……。


 疲れ果てた沙織は武頼に救われることを望むようになる。 純と同様に、沙織も孤独感を抱えている。最初悪役に見えた沙織は、物語が進むにつれて読者の印象が変化するキャラクターだ。彼女は鬱屈とした現実から逃れたいのだ。


 本作はリアルと非日常が融合したストーリーだ。もちろん純の世界は結婚生活やほのかな恋愛要素だけではない。35歳の女性にとって、仕事は自らの選択肢を増やすために欠かせないものだ。真面目な純が、どのように会社で認められ、自信を持てるようになるのか。


 経済的な自立は精神的な自立に繋がる。これは年齢や結婚しているかどうか問わず、すべての男女に言えることだ。結婚生活、仕事、恋愛、介護。純たちの抱える悩みは、読者に通じるものがある。「電子コミックと言えば過激な描写が多いもの」という先入観を打ち砕くような、繊細なタッチで物語は進んでいく。


 純を励ます誰かの言葉は、読者への贈り物でもある。苦しみ、あがいたとしても、必ず救いはある。立ち直るために誰かの力を借りることもあれば、自分の力で立ち上がることもある。純は、私たちなのだ。


 『それでも愛を誓いますか?』は続いていく。純は、武頼と夫婦関係を続けるのか、離婚して真山と新しい恋に落ちるのか、それとも一人で生きる道を選ぶのか。


 純がどのような結論を選んだとしても、読者はきっとそれを受け入れることができる。そこに至るまでの純の葛藤を、自分のことのように味わっているからだ『それでも愛を誓いますか?』は女性たちの新しいバイブルなのだ。


■若林理央
フリーライター。
東京都在住、大阪府出身。取材記事や書評・漫画評を中心に執筆している。趣味は読書とミュージカルを見ること。