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中村倫也は『珈琲いかがでしょう』主人公・青山一をどう演じている? 原作のミステリアスで危険な魅力を考察

2021年05月10日 20:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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「珈琲いかがですか?」



 穏やかな声で珈琲を勧めるのは、TVドラマ『珈琲いかがでしょう』にて中村倫也が演じる「青山一(あおやまはじめ)」。放送が開始された直後、SNSを中心に彼の人気は爆発した。


 原作は『凪のお暇』の作者コナリミサト氏が手掛けた同名漫画。対人関係や自身の在り方に悩む登場人物が、キッチンカーで珈琲屋を営む青山と過ごすひとときを描いた作品である。ドラマ版は、中村倫也演じる主人公の青山に「そっくりすぎる」「中村倫也のために描かれた漫画みたい」など絶賛の声が相次いだ。


 本稿では『珈琲いかがでしょう』の主人公・青山一のミステリアスな魅力について検証してみたい。まず一番の魅力は、丁寧に珈琲を淹れるお洒落な姿もさることながら、悩みを抱く登場人物たちに対して寄り添う優しい人柄だろう。


 原作漫画の1巻「一杯目 人情珈琲」で登場する社会で義理と人情を重んじることにしんどさを覚える垣根志麻や、2巻「七杯目 たまごマン珈琲」に出てくる男女の友情は成立しないと考える桐生。彼女たちに対して青山は開口一番に悩みを聞き出そうとはせず、まず初めに自分の淹れた珈琲を勧める。


 彼の珈琲を口にした登場人物たちはそのおいしさに魅了される。すると丁寧に淹れられた珈琲と自身の姿を重ね、口から本音が少しずつこぼれるのだ。心に秘めていた思いが明かされた後、青山は優しい言葉でそっと登場人物たちの気持ちに寄り添う。


 悩みを抱える人の多くは誰かに話を聞いてほしいと思うだろう。しかし他者に自身の弱さをさらけ出すことは簡単なことではなく、素直に悩みを話すことのできる人の方が少ないはず。対人関係に苦しむときほど人に不信感を抱きやすく、誰かに相談することのハードルは高くなる。


 苦悩する人々に対して、青山は自身の珈琲を振る舞うことで安心感を与え、心が落ち着き本音が口からこぼれるまで彼は待ち続ける。相手のペースに合わせてコミュニケーションを取る「待ち」の姿勢こそ、彼の優しさを象徴する姿である。時間をかけて接する丁寧な寄り添いは、まるで時間をかけて淹れる彼の珈琲のようだ。


『珈琲いかがでしょう』/ コナリミサト(マックガーデン)

 穏やかな青山であるが、2巻「八杯目 金魚珈琲」では彼の過去に関する描写が登場する。青山は髪を染めジャージを着た姿で登場し、頭から血を流しながら暴力を振るう。他のエピソードにも青山を追う人物が登場したり、怪しげな噂が流れたりと、物語の節々で彼の不穏な一面が描かれるのである。


 しかし作中では悩みを抱く登場人物にスポットライトが当たるため、青山の素性は不明瞭のまま、物語は進行していく。まるで王子のような丁寧な振る舞いと、時折垣間見えるミステリアスで危険を匂わす姿。その二面性こそが多くの人々を惹きつける理由なのだろう。


 『珈琲いかがでしょう』が話題となったのは、中村倫也主演でドラマ化された影響が大きいように思う。ドラマ化決定前から、青山を中村に演じてほしいという読者の声が多く挙がっていた。中村の容姿や穏やかな雰囲気が青山に似ている点、そして前作『凪のお暇』のゴン役で見せた演技力が大きく影響しているのかもしれない。そして案の定ドラマ放送開始直後から「青山沼」にはまってしまう視聴者を多く生み出した。


 原作では垣根志麻との再会をきっかけに、これまで断片的に描かれていた青山の過去にスポットライトが当たり物語は佳境に向かう。なぜ青山が珈琲屋を営みながら各地を転々としているのか。「たこ珈琲」の名前の由縁とは。青山の過去に何があったのか。ドラマの放送が終了するまで青山に関する話題は尽きそうになく、さらなる盛り上がりを見せそうだ。


■あんどうまこと(@andou_ryoubo)
フリーライターとして漫画のコラムや書評を中心に執筆。寮母を務めている。