2021年05月09日 10:21 弁護士ドットコム
コロナ禍で事業縮小を余儀なくされた企業に対し、国が従業員の休業手当などを助成する「雇用調整助成金(雇調金)」について、従業員に適切な金額がわたっていない問題が指摘されている。厚労省が4月に発表したところでは、全国で44件、計2億7000万円の不正受給があったそうだ。
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西武ホールディングス(HD)傘下の西武ハイヤーでも、受給した雇調金の4割にあたる約1億6000万円が休業手当にまわっていなかったことが問題視されている。1人当たり、1日約5000円の差額が発生していた可能性があるそうだ。
この点について、同社は大幅な差額があったことは認めつつ、「申請にあたっては事前に関係当局に確認する等して進めてまいりました」、「不正受給にあたるとの認識はなく、またそのような意図も全くありませんでした」とウェブサイトで説明している。
今後、「適切に対応」するとのことだが、支給額を上回る受給には問題はないのだろうか。雇調金の問題について、鈴木悠太弁護士に解説してもらった。
――今回の件は不正受給と言えるのか。不正受給の場合、どのような処分がありえるのか
厚労省のパンフレットによると、不正受給とは、「偽りその他の不正行為により、本来受けとることができない助成金の支給を受けたり、受けようとすること」をいいます。
典型的な不正受給として、実際には従業員を休業させていないのに、休業させたと偽って申請するような場合が考えられます。
ダイヤモンドオンラインの記事によると、西部ハイヤーの場合、従業員を休業させていることは確かなようですが、従業員の平均賃金単価を1日当たり約1万2500円として雇調金を申請し、その全額を助成金として受け取りながら、実際には乗務員に対して基本給相当額である1日約7500円の休業手当しか支給しておらず、差額約5000円が生じているとのことです。
実は、小規模事業主(従業員がおおむね20人以下)の場合を除き、雇調金の助成額の計算には、従業員に対して実際に支払った休業手当の額ではなく、従業員の平均賃金を用いることとなっています。
したがって、実際に休業した従業員に対して支払われた休業手当の総額より、助成金の総額の方が高くなることもあり得る制度となっています。
そうであるとすると、助成金と休業手当との間に差額が生じていたからといって、直ちに不正受給となるわけではなく、申請に偽りその他の不正行為があり、それにより制度上受けとることができない助成金の支給を受けたといえる場合に限って、不正受給に該当するものと思われます。
――申請時の個別事情がポイントになるわけですね。不正受給と判断された場合は、どのような処分が考えられますか?
不正受給があった場合、会社は助成金の全部又は一部を返還する義務を負ったり、以後一定期間同種の助成金を受給できなくなることがあります。
また、労働局により不正受給をした事業主・事業所の名称などが公表されたり、悪質な場合には詐欺罪で刑事告発される可能性もあります。
――労働者や労働組合の相談を受ける中で、雇調金についてどのように感じていますか?
雇調金制度の趣旨は雇用維持にあることから、会社はたとえ新型コロナウイルス感染拡大の影響で人員削減の必要性が生じていたとしても、整理解雇を行う前にまず雇調金を利用した休業を検討すべきです。
しかし、雇調金の申請をしても会社の利益にならないとして、雇調金の申請をせずに整理解雇を強行してしまう事例が散見されます。
また、雇用維持という制度の趣旨から、会社が一定期間中に「解雇等」を行っていない場合には、雇調金の助成率が上乗せされます。この「解雇等」には、退職勧奨等による会社都合の合意退職や、期間の定めのある労働者の雇止め等も含まれます。
しかし、実際には、会社が労働者に対して退職勧奨や雇止めをしながら、離職票の離職事由を「自己都合」とすることで上乗せされた助成率で雇調金を受給しているケースが散見されます。
実務上、ハローワークは会社が発行した離職票に従って離職事由を判断しているため、離職事由が「自己都合」となると、労働者の失業保険の受給額にも影響があり、看過できない問題です。
――雇調金について、労働者ではなく、会社に給付するという仕組みが不正を生んでいるという意見もあります。どうお考えですか?
申請及び支給手続きの簡易化等の観点から、会社を通じて従業員に支給するという雇調金の制度もやむを得ない部分があると思います。
しかし、雇調金の趣旨は従業員の雇用維持にあるため、このような制度がある以上、会社には、従業員の利益を考えて制度を積極的に利用し、従業員の雇用を可能な限り維持する責任があります。
したがって、雇調金の受給をせずに行った整理解雇については、原則として無効と考えるべきでしょう。
また、雇調金の助成率を上乗せするために本来「解雇等」であるものが「自己都合」とされてしまうのは本末転倒であるため、「解雇等」があったか否かを厳密に判断する仕組みが必要でしょう。
【取材協力弁護士】
鈴木 悠太(すずき・ゆうた)弁護士
2015年一橋大学法科大学院卒業。2016年弁護士登録(第二東京弁護士会)。日本労働弁護団東京支部事務局次長。ブラック企業被害対策弁護団副事務局長。医療問題弁護団所属。
事務所名:旬報法律事務所
事務所URL:http://junpo.org/