2021年05月06日 00:21 リアルサウンド
〈おれはずっと待ってたんだよね。いつかばりばりの、見る目のあるコーチが現れて、トモよりおれを選んでくれる。みんなの気づかないおれの才能を引きだしてくれる。そんなのをずっと待ってたんだけどさ、やっと現れたばりばりのコーチは、やっぱりおれよりトモを選ぶんだ。〉
森絵都の小説『DIVE!!』をはじめて読んだとき、強く心に残ったのは、飛込み競技の才能を見出される三人の主人公の姿よりも、彼らと一緒のダイビングクラブに通う陵という少年が発したこのセリフだった。作中に「いつか王子様が」が流れるシーンもあるけれど、だれしも多かれ少なかれ「いつか」を夢見てしまうものだと思う。それが若くて、努力を重ねている人なら、なおさらだ。だって、報われてほしいじゃないか。費やした時間も、犠牲にしてきたものも、心の奥底にこびりついていた悔しさや劣等感もすべて、「その日」のためにあったのだと信じられる日がきてほしい。
けれど悲しいかな、ほとんどの人のもとに、そんな「いつか」はこない。世の中は、とても不平等なものだから。カメがうさぎに勝てたのは、うさぎがサボったからであって、努力しつづけるうさぎを追い越すことなんて絶対にできない。そのやるせなさのこもった陵のセリフが、読んでいて痛いほど沁みたのだった。
『DIVE!!』では、飛び込み競技でオリンピックをめざし、青春のすべてを費やす少年たちの姿が描かれる。ひとりめの主人公は、知季。陵の言う、トモである。たいした成績を残しているわけじゃないのに、なんとなくコーチにもクラブのエースにも一目置かれ、クラブの危機を救うためにやってきたコーチから「あなたにはダイヤモンドの瞳があって、誰にもできないスーパーダイブを成し遂げられる」なんて言われてしまう。戸惑いながらも、コーチから渡された特別メニューをこなし、めきめきと実力をあげていくのだけれど……。
選ばれたからといって、トモがすべてを手に入れるかと言えば、そうじゃない。仲の良かった陵とはぎくしゃくしてしまうし、練習にかまけて彼女をおざなりにしているうちに、よりにもよって双子の弟に略奪されてしまうし、そうまでして飛込みを選んでいるのに、いくら才能があるとはいえ、本腰を入れたのが人より遅いものだから、トップレベルの争いに身を置けばみそっかす。当然、なんで自分ばっかりこんな目にと苛立ちもするし、やめてしまおうかと練習をサボったりもする。それでもなぜ続けるかといえば、ひとえに、飛び込みが好きだから。そしてできることなら、自分の「枠」を超えたいからだ。
残りの主人公――飛込み界のサラブレッドで才能にあふれ、「なんでも自分が一番じゃなければ気が済まない」という要一と、伝説のダイバーを祖父にもち、日本海の荒波に断崖から飛び込み続けていた飛沫(しぶき)。自分とは違って、なりたい自分やあるべき姿が明確に見えている二人に触発されて、知季は「自分だけの飛込みをつかみたい」と願うようになっていく。
2人に比べれば、何を差し置いてでも手に入れたいものがある、どうしたって勝ちたい、なんて強い熱狂があるわけではないけれど。あしたの自分は、今よりももうちょっとマシでいたい。なんとなく情けなくて、何もできない自分のままでいるよりも、ほんのちょっとでも違う未来があるのならば、その道を選んでみたい。そんな彼の消極的な第一歩は、「自分には何もない」と思っている読者の心にも響くのではないだろうか。
もちろん、要一と飛沫にだって迷いはあるし、常に分岐点はあらわれる。望んだ未来に、自分が選ばれなかったとき人はどう立ち直るのか。それでも自分で選んだ道を、信じて突き進めるのか。あるいは捨てたはずの道への未練に追いすがってしまうのか……。ひとりの天才ではなく、三人の迷える少年たちを主軸に、才能と努力のぶつかりあうドラマが描かれていくからこそ本作はおもしろいのである。
ちなみに2008年に実写映画化された本作は、現在、テレ東深夜枠で毎週水曜にドラマが放送中。第1話を見たときは、小説を読みながら想像していた飛込みの風景がそのまま画面に映し出されていて、度肝を抜かれた。あまりの美しさに「いやこれ、代役でしょ。めちゃくちゃ自然な映像だけど、どのタイミングで入れ替わってるの?」と目をこらしてみても、どこからどう見ても本人が飛び込んでいるようにしか見えない。調べてみたら、主演をつとめるHiHi Jetsの三人は全員、スタントなしで今作に臨んでいるという。すごいとしか言いようがない。知季に向かって陵が「テレビや漫画じゃ、いつも最後に勝つのはトモみたいな無欲のアホ面なんだよな」と言う場面があるけれど、知季役・井上瑞希の、人がよさそうで闘志とはかけはなれているのにどこか意志の強そうな風貌もイメージにぴったり。要一役・作間龍斗の、育ちのいいエリート感も、飛沫役・高橋優斗の野性味あふれる凄みも原作の雰囲気にとてもよくあっている。
原作ファンはぜひ一度ドラマを観ていただきたいし、ドラマで作品の魅力に触れた人にはぜひ、原作を手に取っていただきたい。文字でしか体感できない少年たちの心の機微と、ダイブのライブ感にきっと興奮するはずである。
(文=立花もも)