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自衛隊不祥事の実態…スパイに情報流出、副業で風俗経営 他の公務員より「処分」は多い?

2021年05月04日 09:21  弁護士ドットコム

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台風や地震での災害対処や国境を侵す船舶や航空機への対処など、自衛隊の活躍を国民がニュースで見ることが多くなりました。しかし、その一方で、自衛隊の不祥事についても記事で見かけることが多くなっています。こうした自衛隊の不祥事の現状はどうなっているのでしょうか。(ライター・オダサダオ)


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●具体的な事例にみる「不祥事」

まずは、様々な不祥事を振り返ってみましょう。



①保険金詐欺から風俗営業まで



2013年6月に三井住友海上火災保険から防衛大学校医務室に対して、防衛大学校の学生が入院した等と偽って保険金を騙し取ったことが発覚し、自衛隊の警察にあたる「警務隊」によって詐欺容疑で書類送検されました。これは、10万円未満の保険金受取時には、診断書が必要とされないことを悪用し、記載事項を改竄した受信カードを偽造し、金を詐取していたというものです。



警務隊が調べるうちに、容疑者たちはこの方法を先輩から教わったと供述しました。この問題は在校生だけでなく、防衛大学校の卒業生をも巻き込んだ組織的な犯行であることが明らかになってきます。結局、学生13人が退校処分(送検された10人は全員起訴猶予処分)、防衛大学校在籍時に関与していた三等海尉2人、三等空尉2人が懲戒免職となり、任官拒否して民間企業に就職していた1人が書類送検されました。



その他にも様々な事件があります。変わった事件では、2020年8月に男性海上自衛官1人が岡山県の玉野海上保安部に逮捕されました。この自衛官は、海上自衛隊の輸送艦「おおすみ」からゴムボートを持ち出し、同僚2人と海釣りを楽しんでいるところでした。彼は、免許を持っておらず、同僚たちも免許を持っていませんでした。しかも、ボートも公務以外での運航時に必要な検査を受けてなかったのです。



また、2020年4月には、海上自衛官の一等海佐の男性が無店舗型の風俗店を営業していることが、「週刊文春」で報じられました。この1等海佐は、2010年から、妻名義で派遣型風俗店を経営し、自ら女性に性的サービスを行うなどしていました。これは、兼業違反です。また、彼が懇意となった女性に対して、艦長を務めている艦船の入出港などの情報を漏洩し、情報保全に関する違反も行っていました。護衛艦隊司令部付に異動し。事実上の更迭となりました。当時の河野太郎防衛大臣は衆議院予算委員会で陳謝するという事態に発展しています。



次は、スパイへの情報流出事件です。



②自衛官の息子の葬儀にまで参列した「ボガチョンコフ事件」



2000年9月、海上自衛隊三等海佐とロシア大使館付駐在武官のビクトル・ボガチョンコフ海軍大佐に警視庁公安部と神奈川県公安部の捜査員が任意同行を求めました。ボガチョンコフ海軍大佐は、外交官特権を持ち出し、任意同行に応じず、2日後に成田空港から出国してしまいました。



この三等海佐は、ボガチョンコフ大佐に、防衛研究所の組織図や、教本などの秘密指定文書などを渡しており、代わりに金品を受け取っていました。



このボガチョンコフ大佐が、三等海佐に近づいた手口は、三等海佐の懐に飛び込み、相手を篭絡するというものでした。この三等海佐は、白血病で苦しむ息子を抱えており、看病のために陸上勤務となっていました。ボガチョンコフ大佐は、難病に苦しんでいる息子を抱えている三等海佐の苦悩に寄り添い、息子の治癒を願ってすがった宗教に関心を示し、息子が亡くなった際には葬儀に参列し、涙を見せるなどして、三等海佐を篭絡していきました。



ボガチョンコフ大佐と三等海佐の動きは、外事警察の知るところとなりました。三等海佐の情報が、神奈川県警警備部外事課から、警察庁警備部外事課に持ち込まれ、警視庁公安部外事一課と神奈川県警外事課の合同捜査となり、この日の逮捕となったのです。



ロシアのスパイによる自衛官への接触は他にもあります。2015年12月に陸上自衛隊東部方面総監などを歴任した元陸将がロシア大使館の駐在武官と接触し、陸上自衛隊の教範などを渡していたことが明らかとなり、書類送検されました。スパイはいつでも自衛官を狙っています。



最後は、国会でも大きな問題になった不祥事です。



③誤った報告が大問題に発展した「インド洋給油量取り違え事件」



2007年11月、防衛省改革会議が首相官邸に設置されました。これは相次ぐ不祥事を受け、防衛省・自衛隊自体の体制について見直そうとするものです。このきっかけになったのが、海上自衛隊から米軍への給油量を誤って報告した事件でした。



給油量を誤って報告しただけというと、小さな問題に思えるかもしれませんが、色々な意味で重大な問題でした。2003年5月、テロ対策特措法に基づきインド洋で海上自衛隊から米軍に給油が行われていました。5月8日に石川亨統合幕僚会議議長が記者の質問に答える形で、海上自衛隊の補給艦「ときわ」から米海軍補給艦「ペコス」に約20万ガロン給油し、その後、空母キティホークが「ペコス」から約80万ガロンの補給を受けたと説明しました。



当時、空母キティホークはペルシャ湾での作戦に従事しており、この給油がイラクでの作戦に使われたのではないかという疑惑を招きました。2007年に当時無所属だった江田憲司議員が「朝まで生テレビ」で問題にし、特定非営利活動法人ピースデポも、給油がイラクでの作戦に転用されていると追及しました。



しかし、後の調査で、これは海上幕僚監部運用課オペレーション・ルームの担当者が集計表に誤った記載をしていたために発生したことが分かりました。本当は、補給艦「ペコス」に約80万ガロン、駆逐艦「ポールハミルトン」に約20万ガロンを補給し、キティホークへの給油は行われていなかったのです。



この問題は、さまざまな問題を含んでいました。まず、給油量を間違えて報告したことです。この誤った情報を基に、海上自衛隊だけでなく、防衛庁(当時)、そして福田康夫官房長官までもが発言を行っていました。そして、国会議員や市民団体からの指摘により、テロ特措法自体を揺るがす大問題へと発展したのです。



しかし、この問題はただ給油量を間違えたというだけではありません。組織的にも問題がありました。統幕議長の発言は、海上幕僚監部防衛部防衛課長の作成した資料を元にしたものですが、この資料自体が間違っていたことになります。燃料に関する報告は、通常であれば、海上幕僚監部防衛部運用課から防衛部長へ、海上幕僚監部装備計画部装備需品課から装備計画部長へと連絡がいきます。その過程で、防衛課が入る余地はありません。



しかし、この防衛課長は、そうしたプロセスを飛び越えて、統幕議長に報告をしていました。加えて、数字が誤っていることを、海上幕僚監部需品課の燃料班長が指摘し、そして、防衛課長自身がこの数字が誤っていることを認識したのちも謝罪や訂正は一切行いませんでした。



この防衛課長の行動については、防衛省改革本部の報告書でも、「無責任な対応」と厳しく批判されています。しかし、件の防衛課長を含めて、防衛庁全体が誤りを認識していたにもかかわらず、誰も対応しようとはしませんでした。そして、彼の行動をきっかけに大問題が発生してしまったのです。最初は単なる誤報だったのが、その誤りを誰も正そうとしなかったために大きな問題へと発展してしまいました。



この問題は、発覚後に処分が行われました。防衛課長については、停職10日相当ですが、既に退職済みだったため、10日分の給与の自主返納となりました。その他、当時の防衛部員2人を減給処分、そして、監督責任として、当時の防衛部長を訓戒、防衛調整官を注意処分としました。しかし、直接入力した課員を特定出来なかったため、処分はありませんでした。大問題に発展した割には、軽い処分で終わった訳です。





●他の公務員と比べて、不祥事の発生は多い?

このような不祥事は実際のところ、どの程度発生しているのでしょうか。



防衛省のまとめによると、2019(令和元)年度に懲戒処分を受けた自衛隊員は983人で、そのうち自衛官は959人、事務官は24人となっています。在職者比でみると自衛官は0.42%、事務官は0.12%にあたります。



これは他の公務員と比べてどの程度の数字でしょうか。在職者数が異なるので、単純な比較はできませんので、2019年度の在職者比で比べてみます。すると、府省庁別では、処分率が3番目に多い組織です。ちなみに一番比率が高いのが資源エネルギー庁で0.89%、次が独立行政法人駐留軍等労働者労務管理機構で0.71%です。国家公務員以外とも比べてみると、地方公務員の懲戒処分者数は4244人、在職者比は0.15%です。最後に警察官は、243人、在職者比は0.08%となっています。



こうして比べてみると、防衛省・自衛隊、特に自衛官の処分人数は他の組織と比べても高いことが分かります。その内訳を見てみましょう。職務上の行為と関連する行為にかかわる処分数は、402人です。この行為はどういうものかというと、無断欠勤や外出手続きを行わない外出、ハラスメント、情報保全違反等です。この中でもっと多いのが無断欠勤で、次がハラスメント、そして情報保全違反と続きます。



このほか、私的行為に関する懲戒処分人数は581人となっています。どういうものかというと、私有車運転中の悪質な交通違反、窃盗・詐欺など、傷害・暴行、そしてその他となっています。その他とは何でしょうか。防衛省防衛監察本部が作成したコンプライアンス用資料によると、ゲームアプリの不正な改変、不倫、賭博、自衛官診療証の偽造などが挙げられています。





●不祥事を防ぐための「警務隊」や「情報保全隊」

自衛隊の不祥事には多種多様なものがあることが分かります。それでは、自衛隊は、不祥事が起こらないようにどのようなことをしているのでしょうか。



不祥事が起こらないようにする組織として、防衛監察本部というものがあります。これは、防衛省・自衛隊での法令遵守の現状についてチェックする機関です。不正がないように研修を行ったり、不正が起こった後は調査を行っています。



トップの防衛監察監には、元高等検察庁の検事長が充てられ、防衛省職員だけでなく、法務省や公認会計士などの外部の人材も登用しています。2016年に起こった自衛隊南スーダン派遣部隊の日報隠蔽問題では、防衛監察本部が「特別防衛監察」を行いました。



防衛監察本部が研修などを通じて、不祥事が行らないような組織風土を作っていますが、不祥事が起こった場合に対処するのが警務隊です。



警務隊は、自衛隊における秩序や規律の維持を任務としており、自衛隊における犯罪を捜査し、摘発するのが仕事です。しかし、警務隊、その構成員である警務官の所管は自衛隊に限られており、戦前の憲兵のような一般国民への逮捕権は持ちません。また、軍法会議がないので、逮捕後は通常通り検察に送致されます。警務隊は任務が警察と重複するため、捜査した事件が報道されるということも少ないのが現状です。



情報保全業務のために置かれた組織として、情報保全隊というのがあります。かつては、調査隊と言われていましたが、外からの働きかけによる情報流出などを防止し、情報の保全を行う組織として、2003年に情報保全隊として、新編されました。





●モラルにばかり期待していていいのか

ここまで防衛不祥事とは何かということを説明してきました。改めて考えなくてはいけないのは、自衛隊で不祥事をどうしたら防げるのかということです。これまでに説明したとおり、自衛隊の懲戒処分数は、在職者比で0.4%と他省庁と比べても、割と高い比率です。しかも、その数字は10年前からそこまで変わっているわけではありません。



防衛省改革本部が、防衛省改革を打ち出してから今日まで、処分者数が変わらない現状を見ると、防衛省改革は不祥事を減らすことが出来なかったと結論付けざるを得ません。



自衛隊では不祥事が起こるたびに、教育・訓練という形で不祥事を予防しようと努めてきました。また、防衛省自体の組織改革をも行うことで、不祥事を生まない組織風土を根付かせようとしてきました。



この辺は、隊員のモラルに期待しようというものです。しかし、モラルにばかり期待する訳にもいきません。衛隊は、慢性的な人手不足に悩まされています。災害対処や、尖閣諸島をはじめとする離島防衛など、新たな任務を続々と遂行しなくてはならない状況です。



しかし、肝心の自衛官の数は、近年ようやく増員が図られていますが、充足率は90%代前半に止まっています。国家公務員と地方公務員で違うとはいえ、警察官ではここ10年に渡って増員が図られているのとは対照的です。不祥事の背景となる働き方の部分についてはメスを入れられないのが現状です。



東日本大震災や尖閣諸島対処などで、国民の自衛官に対する期待は増しています。しかし、自衛官はスーパーマンではありません。ごく普通の人です。その人達がしっかりと任務をこなせるように体制を整える必要があります。防衛省監察本部が発行しているコンプライアンス・ガイダンスにある通り、一回の不祥事が国民の信頼を台無しにするのです。そのような不祥事を防ぐためにも、根本から見直す必要があるのではないでしょうか。



<参考>



防衛省「令和元年度(2019年度)における懲戒処分の状況について」



人事院「平成31年・令和元年における懲戒処分の状況について - 人事院」



総務省「令和元年度における地方公務員の懲戒処分等の状況(平成31年4月1日~令和2年3月31日)」



警察庁「令和2年中の懲戒処分者数について」



防衛省防衛監察本部「コンプライアンス資料」



防衛省改革本部「報告書―不祥事の分析と改革の方向性」