2021年05月03日 08:31 弁護士ドットコム
三菱UFJ銀行が、大卒1年目から年収1000万円以上になる可能性がある、新たな新卒採用の仕組みを導入することが3月に報じられ、話題になりました。
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日本経済新聞によると、三菱UFJ銀行の従来の新卒採用では、一律300万円程度の年収でしたが、今回の新しい仕組みでは、デジタル技術などの専門人材を対象に、全体の1割程度にあたる40人程度について、年収に差をつけることになります。
大和証券も3月、ITや金融の専門知識をもつ人材を対象に、初任給を月40万円以上(一般的な総合職は25万5000円)とする報酬体系をもうけると発表しました。このコースの場合、トレーダーとしての能力次第で年収5000万円となる可能性もあるそうです。
このような「特別枠」をもうけることの意味はなんなのでしょうか。従来の新卒一括採用にどのような影響を及ぼすのでしょうか。新卒採用などの人材採用に詳しい神戸大学大学院経営学研究科の服部泰宏准教授に聞きました。(新志有裕、白井楓花)
ーー三菱UFJ銀行のような特別枠をもうける動きをどう捉えていますか。
金融工学やデジタル系を専門にしている人材が労働市場に少なく、高い報酬を払わないとキープできないため、特別枠で採用するということです。
従来の新卒一括採用のように、会社の中で長い時間をかけて育てて長期で雇用するという想定ではないでしょう。
社内で育成しにくいような特定のスキルを買われて特別枠採用となった人材なので、入社後は特定の業種・部署に限定された仕事をすることになるはずです。
ーーただ、新卒採用の段階から、そのような採用枠をもうける意味はあるのでしょうか。
1つは、労働市場へのメッセージですね。新卒採用というのは、企業にとって数少ない外とのタッチポイントです。
また、社内に対しても、「新しい取り組みに挑戦し、変わろうとしている」というメッセージにもなります。「現在こういう人材を必要としているということをわかってほしい」、「必要なスキルを持っている人にはしっかり払います」と伝えたいのでしょう。
ーー特別枠で入社した専門人材は、伝統的な組織にはなじまないのではないでしょうか。
確かに、入り口の部分である採用だけでなく、会社の組織自体を変えていく必要があります。
ただ、特別枠は一定の職種や事業を切り分ける形で設置されているので、たとえ組織全体は変えられないにしても、一部の部署だけを少し違う働き方に変えて、専門人材にとって心地よい雰囲気にする工夫は可能でしょう。
さらに「新卒年収1000万」のような特殊な人材を許容しやすい人を上司に置くことによって対処するという手もあります。
ーー新卒から年収差を設けることに対して、従来型の新卒一括採用の社員から、嫉妬の反発の声が出てくる可能性がありますが、どう対処すればいいのでしょうか。
参考になるのは、アメリカのカーネギー・メロン大学のデニス・ルソー教授が提唱した「I-deals」という考え方です。給与差を受け入れてもらうために、会社、給与の高い社員、一般社員の三者関係を考えるというものです。
例えば、プロ野球選手で「この人は1億円ももらっていて羨ましいけれど、でもこの人がホームランをたくさん打ってくれるおかげで、自分の年俸も上がっているのかもしれない。しょうがない」と思うような心理状況にもっていくことですね。
そういう三角形の枠組みでマネジメントしていくということが一つ解決策になると思います。
ーープロ野球選手を例にすると、彼らは成績で報酬が左右され、不安定な側面もあるのですが、特別枠の人材もそのような位置付けに近くなるのでしょうか。
そうですね、彼らもリスクを負っています。例えば、特別枠入社の人材は長期雇用が前提でないでしょうし、給与が単に年功で上がっていくわけではなく、むしろ業績や評価次第で下がることもあるでしょう。新卒一括採用の人材にはないリスクです。
また、もし能力が期待されていたレベルに達しなかった時に、その人はAIのような特定の分野でずっと生きてきたために、会社での居場所がなくなってしまうリスクもあります。ずっとその分野でスキルを磨いてきたということもあり、他の分野に転身しにくいのです。
このようなリスクを一般社員が認識することも、彼らが給与差を納得する上で重要です。
ーー今後、特別枠採用が広がることで、特別枠が特別でなくなり、従来型の新卒一括採用が大幅に縮小する可能性はありますか。
会社によるでしょう。例えば、あるIT企業にとっては、枠をもうけることは当たり前のことかもしれません。他方、クラシックな企業では、結局は従来の正社員の区分に入れることができず、嘱託や契約社員にしてしまうこともあるでしょう。
人材採用の切迫性や、今までの組織の慣行に左右される話なので、一気に特別枠導入へ進んでいくということは想定し難いですし、またそうあるべきでもないです。
特別採用枠は、一定の部署を切り離した形で行われることが多いので、やはり「例外」として扱われるケースが多く残ると思います。
また、現在の定年退職の仕組みを考えると、新卒一括採用以外の方法でその欠員を補うのは、今の日本企業の枠組みでは難しい。ですから、新卒一括採用の仕組み自体は今後も残っていくでしょう。
ーーそれでも、新卒で年収1000万円という話を聞くと、仕事に直結するスキルを身に付けておいた方がいい、という流れが強くなりそうです。
確かに、一部の領域においては、例えば、「文系だったらどこでもいいよね」という感覚から、「もう少し分野を考えよう」となっている面もあります。
他方で、やはり「ポテンシャル」の名の下に、ちゃんと考えることができる力や、物事の本質を見抜けるという能力が大事だ、という企業も少なくありません。
理系の世界でも、工学部の学生の方が即戦力だけれども、結局は理学部数学科の学生の方がしっかり考えていていい、と考える企業も存在しています。「統計なんて入社してからでもできるし、経営のことについては2年間MBAに通えばいい。だったら、文学部でゲーテの卒業論文を書いた学生でもいいじゃないか。この学生はしっかり考える力があるはず」と考える企業は意外に多いはずです。
ーーそのような流れの中で。新卒一括採用のあり方は今後、どう変わりますか。
社内の人脈であったり、その企業での仕事の進め方といったような企業固有の知識を身につける人は、おそらく従来型の新卒一括採用で入社した人材です。また、企業経営に関わるのも、新卒一括採用の人材を想定しているでしょう。
しかし、特別枠が広がる中で、従来型の新卒一括採用も変わっていく必要があります。
一つは、学生側のキャリアプランが短期的な視点になってきていることに応じて、長期雇用が前提であっても、「最初の数年間はこういうことをしてもらうよ」といった、少し先を見たコミュニケーションが大事になります。
また、学生が求めている情報をきちんと出していかなくてはいけない。
今は、ジョブ型雇用のように、職種に直結する採用が、新卒でも中途でも見え隠れするからこそ、新卒一括採用においては、ジェネラルな思考力のような、逆側の側面もきちんと発していった方がいいのではないでしょうか。
時代の雰囲気として、スローなキャリア形成がネガティブに捉えられがちで、企業として、本当に言いたいことを言いにくくなっている部分もあります。それでもきちんと主張していくことが、新卒一括採用の今後のあるべき姿だと思います。