2021年04月30日 14:51 弁護士ドットコム
「紀州のドン・ファン」と呼ばれた和歌山県田辺市の会社社長、野崎幸助さん(当時77)が急性覚醒剤中毒で急死したのは、2018年5月24日のこと。それから2年11カ月後となる4月28日、野崎さんの妻だった女性が殺人と覚せい剤取締法違反の疑いで和歌山県警に逮捕された。
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報道によると、県警は、野崎さんに自殺をうかがわせる事情がないことから、何者かが覚せい剤を摂取させた可能性があるとみて捜査していたようだが、妻が関与した疑いが強いと判断したようだ。妻の認否は明らかにされていない。
気になるのは、遺産の行方だ。野崎さんは生前、市に全財産を寄付するとした「遺言書」を残していたとされる。朝日新聞などの報道によれば、遺産は預貯金、有価証券などで約13億円だという。
民法では、遺言が有効であっても、妻は一定の割合の遺産(遺留分)を相続できる。そのため市は、額が確定後、法律で遺産の一部の受け取りが認められている野崎さんの妻と財産分割の協議に入るとみられていたが、19年8月に、野崎さんの兄弟姉妹らが、遺言書の無効を求めて家裁に申し立てていた。
妻が仮に殺人で有罪とされた場合、妻の取り分はどのように扱われるのか。遺産の行方について、高橋麻理弁護士に聞いた。
——仮に殺人で有罪とされた場合、相続権はどうなるのでしょうか。
まず、前提として、現時点では、妻だった女性が男性を殺害したとの疑いで逮捕されたと報じられているに過ぎず、今のところ、女性の認否も不明ですので、事実関係は明らかになっていません。
その前提で、仮に、女性が、男性に対する殺人罪で起訴され、有罪判決が確定した場合、女性は男性の遺産を相続できるのかどうかについてお答えします。
結論として、このような場合、女性は、相続人の資格をはく奪され、男性の遺産を相続することはできなくなります。
ちょっと物騒な話にはなりますが、考えてみてください。
相続人の立場にある人が、たとえば遺産を獲得しようと企てて、相続される立場の人(被相続人といいます)を殺し、計画どおりに、その人の遺産を獲得できるなんて、そんなのまかり通らないだろうというのは、感覚としても「そりゃそうだろう」と思いますよね。
この点、民法には「相続欠格」という制度があり、故意に、被相続人を死亡するに至らせて刑に処せられた者は相続人となることができないと定めています。
ここでいう「故意に」というのは、「わざと」ということです。また、「刑に処せられた」というのは、簡単に言えば、実刑判決が確定した場合を指します。
つまり、間違って人を死亡させてしまったという過失致死のケースや、暴力をふるった結果人を死亡させてしまったものの、殺意が認められない傷害致死のケースは対象外です。
——単に死なせたという事情だけでは「相続欠格」に当たるとは限らないということですね。今回のケースについて、遺産の行方は具体的にどうなるのでしょうか。
報道によれば、亡くなった男性の遺言書が存在し、そこには、全財産を市に寄付するという内容が書かれているとのことです。そして、亡くなった男性の法定相続人の立場にある兄弟姉妹の方々が、この遺言は無効であることを確認するための裁判を提起し、現在裁判が続いているようです。
遺言が有効であると判断されれば、本来、遺産は、市と妻である女性との間で分けることになります。市に全財産を寄付するという遺言が有効でも、妻である女性には遺留分として、相続財産の2分の1については請求する権利があるからです。
一方で、仮に遺言が無効と判断されれば、本来、遺産は、妻である女性と男性の兄弟姉妹の方々との間で分けることになります。法律で決められた相続分だと、妻である女性が「4分の3」、男性の兄弟姉妹の方々が「4分の1」の割合です。
ただ、もし、女性が、亡くなった男性に対する殺人罪で実刑判決を言い渡され、これが確定したら、先ほどご説明した相続欠格の制度により、女性は相続人資格をはく奪されるので、この遺産の分け方にダイレクトに影響します。
女性の相続人資格がはく奪された場合で、遺言が有効なときは、市が遺産をすべて取得することになり、遺言が無効なときは、男性の兄弟姉妹の方々の間で全遺産を分けることになります。
——有罪か否かが未確定の間、相続に関する手続きはすべてストップするのでしょうか。
ある事実について単に疑惑があるとして週刊誌などに報じられている段階では、それだけで相続に関する手続きに影響はありません。
疑惑として報じられているという状況から一歩進んで、今回のように、被相続人を殺害したとの疑いをかけられて女性が逮捕され、捜査中という状況である場合、このことが相続に関する手続きにどう影響するか。相続に関する手続きにはいろいろあると思いますが、遺産をどう分けるかの話し合いがどうなるか、ということを考えてみます。
先ほど述べたように、女性について、殺人罪で有罪判決が確定するかどうかということは、女性が相続人の資格を持っているかということにダイレクトに影響します。
ですから、遺言が有効であることを前提として、市と女性が遺産の分け方を話し合っていたとすれば、その話し合いは、女性について有罪か否かが確定するまでは事実上ストップしてしまうといえるでしょう。
もっとも、「遺言書が有効か否か」という裁判は、今回の刑事手続きとは別に進むものと思われます。
遺言書が無効と判断された場合、本来、女性と、被相続人のご兄弟姉妹の方々とでいかに遺産を分けるかを話し合う必要がありますが、女性について有罪か否かが未確定の間は、そもそも女性に相続人としての資格があるかどうかも未確定といえます。
やはり、この話し合いについても、女性について有罪か否かが確定するまでは事実上始められないといえるでしょう。
【取材協力弁護士】
高橋 麻理(たかはし・まり)弁護士
第二東京弁護士会所属。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。司法試験に合格後、検察官任官。殺人事件、詐欺事件、薬物密輸事件などに加え、女性検事として、多くの性犯罪事件の主任検事を務めた。検察官退官後は、弁護士として、刑事事件(刑事弁護、被害者代理人、告訴・告発事件)、離婚等家事事件、一般民事事件を担当。2020年3月には、CFE(公認不正検査士)に認定。メディア取材にも積極的に対応している。
事務所名:弁護士法人法律事務所オーセンス
事務所URL:https://www.authense.jp/