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『炎炎ノ消防隊』異能バトル漫画としての新しさとは? 能力を“炎限定”にしたことの画期性

2021年04月30日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 「週刊少年マガジン」が誇る、大人気ファンタジーバトル漫画『炎炎ノ消防隊』(講談社)。累計発行部数は1,500万部を突破しTVアニメ第3期も待ち望まれる本作には、従来のバトル漫画とは少し違った魅力が存在する。そこで本記事では『炎炎ノ消防隊』の秀逸さを、設定の魅力と共に紹介していく。


 突如として人の体から炎が発せられる「人体発火現象」。人々はいつ誰に起こるかもわからないその現象に、恐怖しながら生活を送っていた。


太陽暦佰九拾八年 東京ーー

 異国情緒あふれる街並みを走る電車内で、1人の男性の口元から突如として炎が発せられる。乗客が我先にと逃げ惑う中、不気味な笑みを浮かべる青年が1人炎を発した人間“焔ビト”に立ち向かおうとしていた。


 焔ビトはもとがどれだけ無害な人間であろうと、自我を失い攻撃的になってしまうのだ。立ち向かう姿勢を整える青年だが、その後ろから特殊消防官がやってくる。「危ないから下がって」と一喝された少年は、特殊消防官達の見事な仕事ぶりに見惚れていた。


 そんなとき、祈りを捧げるシスターの頭上に炎で紐が焼き切れた機材が落下してしまう。絶体絶命かに思えたシスターだったが、足から炎を噴射し彼女を助けたのは、イチ民間人であるはずの青年だった。そしてその青年・森羅日下部は今後自分が新人として世話になる、第8特殊消防官隊の面々に礼儀正しい挨拶を見せる。


 上官に連れられた森羅は、自身のホームとなる「第8特殊消防教会」を見上げていた。新設支部にしては古びた見た目の建物にガッカリする森羅は、第8特殊消防隊の大隊長・秋樽桜備のもとへ挨拶に向かう。自身の“緊張すると笑ってしまう癖”を突っ込まれた森羅は、過去に起こしたとされる事件を掘り返される。「ヒーローになるために消防官になった」と断言する森羅に、「消防官の1番の目的は人体発火の謎を突き止めること」だと話す桜備。こうして森羅は世界を恐怖の渦に巻き込む異常現象、そして自分の運命との戦いに身を投じるのだった。


「炎」を用いた異能系バトルの醍醐味

 本作は様々な独自の能力を駆使して戦う、異能系作品である。作品内で常に中心的な事象となる「人体発火現象」。作中では人体発火現象により“焔ビト化し自我を失ってしまう人”を第一世代、“炎を操れる人”を第二世代、“炎を生み出して操れる人”を第三世代と呼んでいる。この第二世代と第三世代には、それぞれが扱う特殊な能力があてがわれているのだ。従来の人気異能系作品には、自由な発想から生み出される奇天烈な能力が多く登場した。むしろ能力設定の意外性が高く、柔軟な発想を見せた作品ほど高い評価を得ていると言っても良いだろう。しかし『炎炎ノ消防隊』で描かれる異能系統は、「炎」だけである。つまり簡単には把握しきれないほどいるキャラクターの異能を、全て炎にまつわる能力にしなければならないのだ。


 主人公・森羅日下部は第三世代能力者だ。足から炎を噴射でき、それによる加速や空中移動も可能である。主人公の周りにも“炎を超高温状態にして作り出すプラズマを用いる能力者”や、“熱音響冷却を起こし、炎を氷に変える能力者”など、炎を用いた多種多様な能力者が登場する。そして全員の能力系統が同じであるため、強弱がわかりやすく作品自体に統一感が出るメリットもあった。設定上大きな縛りが付いているにも関わらず、読者をワクワクさせる能力を次々と描く大久保篤の発想力はまさに圧巻だ。


 そして『炎炎の消防隊』の魅力として特筆すべきは、随所に散りばめられたミステリー要素だろう。もちろんアクション描写も大きな魅力である本作だが、作品を読み進めていけば、森羅の生きる世界が謎だらけの不気味な世界であることはすぐに理解してもらえるだろう。


 少年漫画に必須である突飛な設定。しかし本作はその突飛な設定を、ファンタジーでは終わらせない。作中最大の謎であった人体発火現象についても、その仕組みや驚愕の裏側を次々と解明し、中世ヨーロッパのような街並みにも「世界観」の一言では済まないしっかりとした背景があった。


 また森羅が特殊消防官を志た理由には、幼少時のある残酷な事件が関係している。家族が焼け死ぬ際“黒い影”を見た森羅。しかし事件は全て発火が可能な森羅によるものとされたのだ。そのため森羅は自身の家族を殺し罪をなすりつけた犯人を、特殊消防官(ヒーロー)として活動しながら追い求めることになる。様々な謎や伏線が交錯し、紐解かれながらときには線として繋がる感覚。この上質なミステリー作品のような伏線や謎の数々が、本作を一度掴んだ読者を離さない作品へと昇華させている。


 ダイナミックな王道バトルと秀逸な能力の異能、そしてレベルの高いミステリーを絶妙なバランスで掛け合わせた『炎炎ノ消防隊』。謎を解明するために戦い、その謎が、秀逸で統一感のある能力を生み出す。本作はまさに足し算ではなく、“掛け算”でレベルを上げた作品なのである。連載開始から6年が経過しても、未だに第一線を走り続ける『炎炎ノ消防隊』。まだ未読であれば、ぜひ一度触れてみて欲しい。


■青木圭介
エンタメ系フリーライター兼編集者。漫画・アニメジャンルのコラムや書評を中心に執筆しており、主にwebメディアで活動している。