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『ONE PIECE』ルフィの器の大きさは善悪で測れないーーホールケーキアイランド編の名シーンを分析

2021年04月27日 08:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『ONE PIECE』ルフィの器の大きさは善悪で測れないーーホールケーキアイランド編の名シーンを分析

 「週刊少年ジャンプ」で尾田栄一郎が連載している漫画『ONE PIECE』(集英社)は、海賊王を目指す少年・ルフィが麦わらの一味の仲間たちと共に冒険の旅に出る海洋ファンタジーだ。1997年から連載がスタートした本作は、現在98巻まで刊行されている長編漫画で、80巻以降の物語は「四皇編」と言われている。


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 四皇とは新世界を牛耳る四人の海賊のことで、今回紹介する82巻末から展開されるホールケーキアイランド編では、四皇のビッグ・マム(シャーロット・リンリン)率いるビッグ・マム海賊団と、ルフィたち麦わらの一味の熾烈な戦いが描かれている。


以下、ネタバレあり。


 モモの助を大将とするワノ国の侍たちと同盟を組んだルフィたちは、ワノ国を支配する四皇の1人、百獣のカイドウと戦うことになる。


 ルフィたちは二手に分かれ、ゾロ、ロビン、ウソップ、フランキーは、トラファルガー・ロー率いるハートの海賊団と錦えもんたちワノ国の侍たちと共にワノ国に先に向かう。一方、ルフィ、ナミ、チョッパー、ブルックはミンク族のペコムズ、ペドロ、キャロットと共に仲間のサンジを救出し、「ひとつなぎの大秘宝」(ワンピース)が眠ると言われる「ラフテル」へ向かうために必要な「歴史の本文」(ポーネグリフ)を手に入れるため、ビッグ・マムが支配するホールケーキアイランドへと向かうことになる。


 『ONE PIECE』はルフィたちが訪れる島(国)ごとにエピソードが分かれており、話が進むに連れて物語のスケールが大きくなり、登場人物も増加していく。そのため、話がどんどん複雑化しているのだが、このホールケーキアイランド編の序盤は、サンジに焦点が当たっているため、とても読みやすい。


 麦わらの一味のコックとして活躍してきたサンジだが、実は彼の正体は国土を持たない海遊国家・ジェルマを治めるヴィンスモーク家の王子だった。だからこそビッグ・マムの娘・プリンとの政略結婚の相手として連れ去られてしまったのだが、そこで明らかになるのがサンジの辛い過去。


 料理が好きで戦いが苦手だったサンジは「ヴィンスモーク家の恥」と呼ばれ、父親に才能がないと見限られた後は、牢屋に閉じ込められていた。唯一、話の通じる姉のレイジュの協力で国から逃げ出したサンジはその後、海洋レストラン・パラティエのオーナー兼料理長のゼフに拾われ、やがてルフィたちと出会う。


 女好きで軽薄なところがあるサンジは、麦わらの一味の他の仲間たちと比べると強くて余裕のあるクールな男だと思っていた。しかし彼もまた国や家族のしがらみに囚われた哀しい生い立ちを抱えており、麦わらの一味に入ったことが大きな救いとなっていたのだ。


 だからこそサンジは助けにきたルフィを守るために遠ざけようと突き離す。本心を隠して冷たく振る舞うサンジとそんなサンジに対し、正面から向き合おうとするルフィという対比は、かつてナミを筆頭とする他のキャラクターとの間にも見られたやりとりである。


 仲間のために政略結婚を受け入れたサンジにとって唯一の救いだったのが、結婚相手となるプリンが健気で優しい少女だったことだが、そんなプリンの正体が明らかになる場面は、尾田栄一郎の容赦のなさに戦慄した。しかし、絶望のどん底に突き落とされたからこそ浮かび上がる希望というものもある。


 姉のレイジュに死んだ母親の真意を知らされたサンジは、紆余曲折の末、ルフィと再会。自分の状況を伝え、いっしょに逃げることはできないと言うサンジを、ルフィは殴り飛ばし「本心を」「言えよ!!!」と言う。仲間たちの元に帰りたいと泣きながら言うサンジ。その答えを聞いたルフィは笑顔で「おれ達がいる!!!」「式をブッ壊そう!!!」と言う。


 もはや『ONE PIECE』の様式美とすら言える定番の展開だが、わかっていてもウルッときてしまう名場面だ。歌舞伎の「大向う」のように「よっ! 待ってました!」と心の中で叫んでしまった。


 その後、ルフィは海侠のジンベエと再会し、彼の提案でカポネ・“ギャング”・ベッジと同盟を組むことになる。ベッジはルフィと同じ「最悪の世代」と呼ばれる海賊の1人。冨や名声には興味がなく海賊団の首と金品だけを狙う海賊で、ボスの首をとった後に起きる内輪もめや派閥抗争を見て楽しむ悪趣味な男だ。現在はビッグ・マムの傘下に入り、護衛の全権を任されていたが、実はビッグ・マムの首を狙っていた。冷酷で残忍なベッジの振る舞いにルフィは腹を立てながらも、ベッジと同盟を組むことに関しては、あっさり承諾する。


 『ONE PIECE』は、ルフィたちが海賊なのに、金品の強奪をしたり、人を殺めたりしないため、品行方正な作品だと思われることが多い。しかしルフィは単純な正義の味方ではない。許せない振る舞いに対しては怒りを見せて、戦うが、インペルダウン編ではかつて戦った敵とも共闘しており、臨機応変に対応している。ベッジと同盟を組むことを厭わないルフィの姿には善悪で測れない器の大きさが現れている。


(文=成馬零一)