トップへ

恒心教から攻撃、警察は塩対応…それでも「友人の言葉」に救われた

2021年04月26日 10:01  弁護士ドットコム

弁護士ドットコム

記事画像

サイバー空間での悪質組織「恒心教」(こうしんきょう)に繰り返し誹謗中傷された石渡貴洋さん(27)。アダルトビデオ(AV)の購入履歴を流出させられる「最もきつい被害」を受けた裏には、警察の動きの鈍さがあった。一方、この「AV晒し」に対して、「あなたの評価は変わらない」と救いの言葉を向けたのは、意外にも女性の友人だった。


【関連記事:【はじめから読む #1】ネットリンチで「電車に飛び込もうと思った」 AV購入履歴を晒された法科大学院生】



●生活安全課に何度もお願いしたが・・・

2019年10月中旬、石渡さんは、どうしようもなく焦っていた。当時、最もよく利用していたあるアカウントが乗っ取られるかもしれない危機にあった。



メールや写真、ネット通販の購入履歴などを完全に守るには、アカウントを削除するしかなかった。しかし、実行しようとしてもエラー表示が出てしまう。



後日わかったのだが、このアカウントを提供しているサービスは決済システムの移行期にあたり、一時的にアカウント削除ができないバグが起きていた。



このアカウントを提供しているプラットフォーム企業は、問い合わせ先を開示していなかった。時間がない中、頼れる先は警察しかなかった。



しかし、最寄りにある警察署の生活安全課は「塩対応」に徹していた。連日のように電話、訪問を繰り返して、同じお願いをした。



「アカウント削除するために、警察が知っている連絡先を使ってプラットフォーム企業にコンタクトしてほしい」



すでに住所や電話番号、生年月日などが晒されていた。恒心教の執拗さは、同年9月上旬から始まった被害経験で十分に理解していた。ともかく、徹底的に個人情報を暴きにくる。



しかし、石渡さんの希望とは裏腹に、同課の警察官は電話1本、メール1通してくれなかった。



そこには伏線があった。同年9月末、彼らはある結論を出していた。



●完全にアカウントが乗っ取られていないと対応してもらえない

このアカウントは、パスワードを忘れた人向けに救済措置を設けていた。当時、そこではID、登録アドレス、生年月日を入力したうえで、「秘密の質問の答え」を入力する手順になっていた。



恒心教は、入力項目になっている「答え」以外は、個人情報の探査で入手していた。彼らは、パスワードを推測して打ち込み続ける直接解除を試みながら、最後のカギとなる「答え」を求めていた。



手当たり次第に入力することから、石渡さんの元には「答えが間違っています」という内容を記したショートメッセージが次々と届いた。



石渡さんは、勝手に個人情報を打ち込み、「秘密の答え」の照合行為をおこなっているのだから「不正アクセスになる」と考えた。



それに対して、同課の警察官は「アカウントが完全に乗っ取られていない以上は、不正アクセスとは解釈しない」。頑として、この説を変更することはなかった。



石渡さんはこのとき、不正アクセス禁止法に基づく告訴状・告発状を持参していた。警察が受理して、事件として捜査に動くことを期待していた。



ところが、対応した生活安全課の警察官や同課の課長は「実務上、そんな簡単に告訴や告発状は受理していない」「不正アクセスには当たらないという見解がある以上、受理できない」と繰り返す。



さらに、他部署に回すべく「刑法犯(電磁的記録不正作出罪)として、刑事課でやってもらうのが筋なんじゃないか」。このように話にならない対応に終始した。



●別の警察官が一緒にプラットフォームに連絡してくれた

「AV晒し」を受けた翌10月18日に署に出向いて、被害を伝えた。



最も知られたくない情報が流出したにも関わらず、「うちでは取り扱わないって言っているだろ」。さらに「実家に電話して言えばいい」と言われ、しまいには「帰れ」。



炎上被害にあった9月上旬から、同課には通っていた。たまたま通りかかった同課長に「もう自殺します。それで良いんですね」と迫った。それを見ていた、別の警察官がようやく取り合い、一緒にプラットフォーム企業に連絡を入れてくれた。



プラットフォーム企業への連絡が済むと、その日のうちにアカウントは削除できた。



なお、最終的にアカウントが完全に乗っ取られたにも関わらず、同課は、石渡さんの告訴状・告発状を受理していないという。彼らがいう「不正アクセスにあたる完全なる乗っ取り」となっているのにだ。



このようにネット上での誹謗中傷などに対する告訴状や告発状が受理されないケースは、過去にもニュースになっている。女優の春名風花(愛称・はるかぜちゃん)さんの事例だ。



彼女は2020年1月、SNSの投稿で名誉毀損されたとして、神奈川県警に告訴状を提出しようとしたところ拒否されたと公表した。母親に「うちはそういうのやってないから」と電話がかかってきたとした。



県警の言葉の軽さもあり、ニュースになったことで批判が殺到。後日、県警は告訴状を受理し、捜査が始まった。



その後の報道によると、SNSへの投稿者は春名さんに告訴の取り下げを依頼して、315万円の示談金を払ったとされる。



ネット上で安易に誹謗中傷したことが高くつくことになったが、こうした事例はレアだ。弁護士に依頼して対処するには時間も費用もかかる。そもそも投稿者に一定のネットの知識があると、足をつかないかたちでネットに書き込みができてしまう。



●女性の友人に支えてもらった

警察の対応が鈍く、石渡さんはAVの購入履歴を晒されてしまった。それまでに自分の名前で爆破予告を出され、なりすましで資料請求される「パンフボム」も経験した。こうした一連の被害の中でも、この「AV晒し」は「精神的にきつかった」。



救いとなったのが、信頼できる友人が複数いたことだ。その中でも、特にある女性2人とは、LINEのグループを作り、頻繁にやり取りしていた。うち1人は、自分の代わりに情報が出てくる掲示板をチェックするとまで言ってくれていた。



AVの購入履歴が出てほどなく、彼女に電話をして事実を明かした。極めて口にしがたく、恥を忍んで伝えた石渡さんに対して、彼女の返事は期待以上だった。



「AVの情報うんぬんで、石渡くんの評価は変わらないから」



もう1人の女性も「それは言葉出ないことだね。つらいね」と心からの同情を寄せてくれた。



2人とも特段に騒ぐことなく、話を聞いてくれた。この2人の対応に、石渡さんは「かなり救われました」と振り返る。



●「正義感」をより良いかたちで発揮したい

最初の炎上から1年半になる。ようやく、AVの件も含め、友人に笑い話として披露するぐらいに折り合いをつけられるようになった。



それでも、ネット上での一連の大炎上をすべて受け入れられているわけではない。炎上前に戻れたらと考える時もあるが、到底無理なため、現実を受け止め進もうとしている。なかったことにしたい経験だが、「プラスに考えていくほかない」。



ことの発端は、恒心教が「尊師」と呼んでいる唐澤貴洋弁護士のWikipediaページを作ったことだった。ネット上で悪口ばかり書かれている唐澤氏の違う面を伝えようとした。石渡さんなりの「正義感」に基づく行動だったが、恒心教の逆鱗に触れた。



石渡さんは自分自身の性格を「負けん気、正義感が強い」と分析する。そして27年の人生を「自分が正しいと思う信念に基づいて生きてきた」と捉えている。



こうした価値観や生き方に、今回の経験は大きな影響を与えている。それは、ある法曹関係者が、石渡さん宛てのメールに記した言葉を大切にしていることからもわかる。



「正義感に基づく行動であっても、むしろそのようなときこそ、自分を信じず、『ほかにより良い方法があるのではないか』と先達の意見を聞くことにより、石渡さんの一番星の一つである正義感、共感力はより最大化されるものと信じています」



これからの人生では「正義感」「共感力」をより良いかたちで発揮するつもりだ。



【はじめから読む #1】 ネットリンチで「電車に飛び込もうと思った」 AV購入履歴を晒された法科大学院生
https://www.bengo4.com/c_23/n_12985/
【#2】きっかけは「唐澤弁護士」のウィキ作りだった…恒心教に狙われた法科大学院生
https://www.bengo4.com/c_23/n_12986/
【つづきを読む #4】「炎上覚悟」 恒心教に狙われた法科大学院生が「実名告発」に踏み切った狙い
https://www.bengo4.com/c_23/n_12988/