2021年04月26日 09:51 弁護士ドットコム
アダルトビデオ(AV)の購入履歴をネットに流され、一時は自殺を考えた石渡貴洋さん(27)。彼を追い詰めたのは、サイバー空間の悪質な集団「恒心教」(こうしんきょう)だった。
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恒心教は個人情報を晒すほか、日常的に施設への爆破予告をおこなうなど「犯罪行為」にも手を染めている。逮捕者を出しても活動がおさまる気配はない。石渡さんの被害事実などから、「ネットの闇」そのものと言える恒心教の実態を報告する。
今年3月上旬、恒心教と称する一人、大学院生の男性(当時23歳)が、強要の疑いで書類送検されたと複数のメディアが伝えた。報道によると、男性は昨年7月、高校生を脅して、「ネット上の掲示板に書き込まれた爆破予告を見た」と関係各所に通報させようとした疑いがある。
実はこの男性は昨年11月にも、警視庁に逮捕されたことがニュースになっている。このときは、ネット上の掲示板に高知県内の大学を爆破すると書き込み、授業を休講させたなどとする威力業務妨害の疑いだった。
「爆破予告」が出されれば、高知の大学のように休講措置を取る場合もあるし、店舗ならば一時休業の対応をせざるを得ないかもしれない。少しの良心があれば、自分が発する予告が多くの人に迷惑をかけるとわかる。
しかし、恒心教には、そうした良心は欠けているようだ。
自分の名前が使われて、大学や施設など数多くの施設への爆破予告を出された石渡さんは話す。
「彼らは、予告が広まって、現実に被害が出ることをむしろ楽しんでいます。仲間から逮捕者が出ても変わっていません。捕まらないように混乱を起こすことが愉快でたまらない。報道が出ても、単に『捕まる奴はやり方が馬鹿』だとの結論で済ませている」
こんな活動をしている恒心教とは何者なのか。恒心教には宗教の「教」の字が使われているが、特段、新興宗教などのたぐいではなく、あくまでネット上のつながりだ。そのため教えを伝える教祖もいない。
ネットで個人攻撃をし、学校や公共団体などを相手に爆破予告などを繰り広げてきた。
ただし、彼らが一方的に「尊師」の名称をかぶせている弁護士がいる。『炎上弁護士』などの著者があり、NHK番組「逆転人生」でも取り上げられた唐澤貴洋氏だ。
かつて唐澤氏がネット炎上した相談者の支援に乗り出したところ、ネット民の一部が逆に唐澤氏を攻撃対象にし始めた。2010年代の初めごろだ。「恒心」の文字も、当時、唐澤氏が開いていた法律事務所名から取られている。
それから10年ほど経つが、彼らは唐澤氏の動向を細かくチェックし、ネットで更新することを続けている。さらに唐澤氏だけに飽き足らず、何か絡めるネタを与えた人物を炎上対象にしている。昨年は、ある男性YouTuberを標的にした。
石渡さんは、いまだ唐澤氏と直接、面会やメールなどでやり取りをしたことはない。しかし、2019年秋、ある行為をしたことで恒心教のターゲットにされてしまった。
「AVの購入履歴まで晒された現時点で振り返ると、私のやり方は、たしかにつたないものでした。しかし、あの時点では、恒心教徒(恒心教のメンバーのこと)が僕を攻撃対象にするとは夢にも思いませんでした」
石渡さんが「つたない」と表現したのは、唐澤氏のWikipedia(ウィキ)ページを開設しようとしたことだ。
石渡さんと唐澤氏には共通点がある。時期は違うが同じ法科大学院に通い、下の名前が共に「貴洋」という点だ。石渡さんは、唐澤氏に一方的な親近感を抱き、同時に唐澤氏がネットリンチの被害に遭っていることを気にかけていた。
ところが、唐澤氏のことをネットで調べようとしても、貶める情報しか検索では引っ掛からない。恒心教がマイナス情報を大量に発信し続ける「検索汚染」を成し遂げた結果だ。
石渡さんは「対抗言論」に出ようとした。検索汚染に負けないぐらい、唐澤氏の客観的で中立な言論があったほうが良い。こうした言論による対抗行為で、唐澤氏の正確な姿を世に伝えようとした。
その具体的な方法として採用したのが、ウィキページを作ることだった。
しかし、唐澤氏のウィキを作ることは、恒心教の間ではご法度だった。唐澤氏のウィキがないのは、過去に何度もページが作成されては、そこで誹謗中傷が繰り返されたことによるものだった。石渡さんは、こうした経緯を知らなかった。
さらに誰に相談するわけでもなく、1人勝手に次のように誤解してしまった。
「恒心教徒は、自分たちのネタである唐澤氏を有名にさせたがっている節もある。ウィキの作成は、彼らにとっても怒ることではないだろう」
今となってはわかるが、結局、彼らはただ何でも炎上させたがるだけの愉快犯たちだった。しかし、当時はその実態を知らず、何かしら目的を持っていると考えてしまった。
2019年9月3日夕刻、唐澤氏のウィキをつくると、恒心教は色めき立った。「尊師(唐澤氏)の検索汚染が浄化されそうになっている」。そして「尊師のウィキを勝手に作った奴は、どこのどいつだ」と特定が始まった。
石渡さんは、こうした展開を予想しておらず、自分の情報を守るための対策を取っていなかった。あっという間に氏名の漢字表記、フェイスブックページなどが突き止められた。
そして、石渡さんの名前を使った殺害、爆破などの犯罪予告も始まった。
9月6日夕刻には「9月10日午後(中略)、司法試験合格発表掲示板前に大型トラックで突っ込んで大量殺人を実行します」と掲示板に書き込まれた。
さらにこの書き込みのスクリーンショットが複数のアカウントでツイッターに転載された。一部の法曹関係者も、殺害予告などの内容が真実であることの確認もせずに次々とリツイートをおこなったため、情報は石渡さんの周囲にも瞬く間に広がった。
石渡さんは9月7日、友人から教えてもらい、初めてこうした事態になっていることを知った。ほどなく犯罪予告の対象となった団体などから電話を受け、説明や謝罪に追われる事態となった。
当初はこうした問い合わせの対応には、慣れずに苦慮した。貴重な時間が取られることにバカバカしさも感じた。ただし、石渡さんがどう感じようとも事態は悪化の一途をたどった。
ネットを見れば、自分への殺害予告が出ている。縁もゆかりもない県の警察から「あなたの名義で犯罪予告がされたのですが・・・」と疑いの連絡を受ける。
さらに、電話番号が晒されるようになると、なりすまして登録された闇金業者から電話がかかってきた。日夜、無言電話やいたずらのショートメッセージも届くようになった。
特に対処が面倒だったのは「パンフボム」。なりすましで、企業に資料請求をしまくる悪質行為だ。帰宅すると自宅マンションに設置された小さい郵便受け周辺にあふれている資料を片付けないといけない。一度の掃除で、ゴミ袋複数個分を回収したこともあった。
こうした出来事が続くと、「感覚が麻痺して、何も感じなくなりました」(石渡さん)。
そんな境地に至っても2019年10月中旬に起きた「AV購入履歴」の流出はきつかった。一連の個人情報晒しの中でも「精神的にダメージが大きかった」という。
それでも周囲の支えで、なんとかしのいできた。電車への飛び込みを実行しようとした直前にも、女性の友人に話を聞いてもらっていた。
彼女は別れ際、「気分が楽になるよ」とある錠剤をくれた。本物の向精神薬だったか、単にプラシーボ(偽薬)効果があったのかは、今となっては不明だ。
それを飲んで現場に立つと、「死ぬべき」から「生きるべき」に考えが変わった。この劇的な変化の陰に「薬が何かしら作用した」と彼女には心から感謝している。
一連のつらい経験があるだけに、石渡さんはネットに関する司法(検察を含む)の動きに敏感だ。
最高検察庁は組織改変し、4月1日に「先端犯罪検察ユニット(JPEC)」と名付ける専門部署を設けた。情報通信技術を悪用した犯罪に対応するためで、各地の検察庁の捜査、公判を支援するとされる。
石渡さんは、この動きを「ネットによる犯罪の匿名化、広域化に真正面から向き合う姿勢を示した」と歓迎している。
そして司法に期待すると同時に、私たち市民がネットでの誹謗中傷にどう向き合うべきかも考え続けている。
身近にそうした被害を受けた人がいたとする。あなたは思わず、「ネットなんかそんなものだから気にするな」と励まそうとしないだろうか。
こうした反応をしてしまうのは、ネットでの誹謗中傷が日常となっているためだ。
「しかし、本当にそれでいいのでしょうか」と石渡さんは問題提起する。
この告発記事が出ると、恒心教は確実にネタにしてくる。それがわかっていても、今回、実名を出してメディアに出ることを決めた。
それは「ネットでの誹謗中傷が非日常のものになってほしい」という思いからだ。1回の告発で終わらせず、継続して社会に訴えていく覚悟もできている。
【はじめから読む #1】
ネットリンチで「電車に飛び込もうと思った」 AV購入履歴を晒された法科大学院生
https://www.bengo4.com/c_23/n_12985/
【つづきを読む#3】恒心教から攻撃、警察は塩対応…それでも「友人の言葉」に救われた
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【#4】「炎上覚悟」 恒心教に狙われた法科大学院生が「実名告発」に踏み切った狙い
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