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2021年は女子サッカーの年に? 『さよなら私のクラマー』は新たな青春譚の傑作だ

2021年04月25日 11:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『さよなら私のクラマー』が胸を熱くする

 2004年のアテネ五輪出場、2011年のワールドカップ優勝、2012年のロンドン五輪銀メダルに続いて、女子サッカーのできごとが歴史に刻まれる年があるとしたら、それは2021年になるだろう。9月にプロリーグのWEリーグがスタートするから。そして、『四月は君の嘘』の新川直司によるマンガ『さよなら私のクラマー』が、本編の完結とアニメ化を果たしたからだ。


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 中学校では男子に混じってサッカーを続けてきた恩田希は、進学した埼玉県立蕨青南高校で女子サッカー部に入部する。やる気を見せない監督を嫌い上級生が抜け、弱体化したチームに恩田の他に加わったのが、中学時代に全国3位になりU-15日本女子代表にも呼ばれていた曽志崎緑や、圧倒的なスピードでピッチを切り裂く周防すみれといった才能たち。日本代表で澤穂希のような活躍をした能見奈緒子がコーチとして招かれたこともあって、弱小だったチームに変化が起こり始める。


 ヒグチアサの『おおきく振りかぶって』や武田綾乃の『響け!ユーフォニアム』で描かれるような、弱小チームが優れた才能と野心的な指導者を得て大躍進する設定の『さよなら私のクラマー』。ただし、選ばれた題材が女子サッカーということで、高校野球なら甲子園、吹奏楽なら全日本吹奏楽コンクールといった、一般にも知られた場所とは少し違った目標に向かい、選手たちが奮闘していくところが持ち味になっている。


 その目標とは、女子サッカーの魅力を広く知ってもらうことであり、超満員のスタジアムで試合をすることだ。男子ならJリーグや日本代表で当たり前になっていることが、女子サッカーの世界では叶わない夢になっている。そんな夢に向かって登場人物たちの誰もがサッカーに目一杯打ち込む姿が描かれていて、読むほどに女子サッカーを応援したくなる。


 来栖未加という、第8巻から登場する興蓮館高校の女子サッカー部員は、すらりとした長身と長い黒髪を持った美少女で、和装で琴を弾く姿をテレビで見せてサッカーファン以外からの関心を誘っている。その本性はどこまでもサッカーに貪欲で、最後までボールを追って走り、ゴールを狙い続ける泥臭いプレイヤー。得点王に輝いたインターハイから数日後にサブチームが蕨青南と対戦した試合で、戦いたいからと飛び入りする。ひたむきさに美貌も乗ったプレーぶりは、是非にアニメで見てみたいところだが、そこまで映像化されるかは評判次第といったところか。


 恩田が他の選手からピクシーと呼ばれるに至った、ドラガン・ストイコビッチばりのとてつもない離れ業は、巻数的に映像になりそう。その恩田が男子に混じってサッカーをしていた中学時代が描かれた前日譚『さよならフットボール』は、『映画 さよなら私のクラマー ファーストタッチ』として劇場公開される。


 アニメを見て、マンガを読んでこんな世界があったのか、こんなプレイヤーが女子サッカーにはいるのかと想像した先に、開催されれば東京オリンピックでのなでしこジャパンの活躍があり、WEリーグでプロとしてピッチにたつ女子選手たちの奮闘が待っている。2021年が女子サッカーの年にならない理由がない。


 2000年のシドニー五輪に出場を逃した後、リーグ戦を戦うチームへの支援が細りどん底を迎えた女子サッカーだったが、選手たちは諦めず、ひたむきなプレーを続けてファンをつなぎ止めた。アテネ五輪出場を果たして関心を取り戻し、世界一という栄冠にたどり着いた。2016年のリオ五輪出場を逃しながらも、WEリーグ設立まで至れたのは先人たちの人一倍の努力があったからだ。


 その上に新たな歴史を積み上げていく選手たちが、『さよなら私のクラマー』の読者であり、アニメの視聴者から生まれてくるか。国立競技場に3万1234人を集めたアテネ五輪最終予選の記録を凌駕する超満員の観客をバックに、新国立競技場で女子サッカーの試合が繰り広げられる日が来るか。期待して見守りたい。


(文=タニグチリウイチ)