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働く女性たちに向けて書店員が選ぶ2冊 『お探し物は図書室まで』『蝶の眠る場所』

2021年04月21日 10:01  リアルサウンド

リアルサウンド

働く女性たちに向けて書店員が選ぶ2冊

 本稿は、渋谷センター街の入り口にある大盛堂書店で文芸書担当として働く山本亮が、書店員としての日々を送る中で心に残った作品や、手にとった一冊から思考を巡らせるエッセイ連載である。(編集部)


関連:【画像】本屋大賞第2位『お探し物は図書室まで』著者の青山美智子


■働く女性の葛藤に利く『お探し物は図書室まで』


 文芸書を担当していると、各出版社の編集者と話す機会がある。作家をケアして作品をともに作り出すことにおいて、編集の仕事は欠かせない。こちらは仕事の一端を知っているだけだが、遣り甲斐があると同時に本当に大変な仕事だなと思う。そして、ここ10年位だろうか、女性の編集者がとても多くなった。その中には家庭を持つ方もいる。しかし、仕事、パートナーや母としての役割……。どれもこれも完璧にこなすのはとても難しいだろう。自分を含めて世間がそういった理想像を今までの慣習によって、彼女たちへ無意識に求めているのではないか、と不安になる。


 今年の本屋大賞第2位になった、青山美智子『お探し物は図書室まで』は、コミュニティハウスの図書室を舞台に、生き方に悩む人間達を丹念に描いたハートフルな連作短編小説だ。その中の一章「夏美 四十歳 元雑誌編集者」は、出版社に勤務する女性を主人公にしている。


 出産後色々な兼ね合いから、編集者としてのキャリアから降り、定時で帰宅できる別部署に移動する。誰かが悪い訳では無いけど何で自分だけが苦労しているのだろうと、自身の葛藤に飲み込まれる描写が胸に迫ってくる。だが著者は主人公に寄り添い道筋を示すように物語を進める。やがて当たり前だけど人が持っていたい大切な優しさが、時間をかけてじんわりと効いてくる。主人公が私淑している作家からの言葉が印象的だ。


〈人生なんて、いつも大狂いよ。どんな境遇にいたって、思い通りにはいかないわよ。でも逆に思いつきもしない嬉しいサプライズが待ってたりもするでしょう。結果的に、希望通りじゃなくてよかった、セーフ!ってことなんかいっぱいあるんだから。計画や予定が狂うことを失敗って思わなくていいの。そうやって変わっていくのよ、自分も、人生も〉


 夏美はどういった選択をしていくのか、ぜひ本を開いて確認してみて欲しい。


■フィクションでしか伝えられないこともある『蝶の眠る場所』


 水野梓のデビュー作『蝶の眠る場所』も、パートナーを不慮の事故で亡くしたテレビ局社会部記者であるシングルマザーの美貴を主人公にした小説だ。死刑に関する冤罪を題材にした力作のサスペンスだが、仕事を持ちながら子供を育てる母親の苦悩と様々な想いもテーマである。


 事件に関する色々な人物が登場するが、クセのある仕事仲間も欠かせない。美貴の存在は母親という枠を超え、一人の人間として事件の本質を追っていく。そのなかで、仕事仲間と互いに認め合っていく過程が鮮やかに浮かび上がる。著者が冷静に傍から見ているというより、主人公の生き方に積極的に関わっていくところが、物語をさらに読み応えのあるものにしている。著者はプルーフ(刊行前、関係者向けに配布される簡易版の本)に掲載されたメッセージで次のように書いている。


〈事実でしか伝えられないことがある一方で、フィクションという手法でしか伝えられないことがあると思っています。〉


 紹介した2作に共通しているのが、「繋がり」という言葉ではないだろうか。家族間の絆というより、周囲の人々や世間との「繋がり」。それが描かれているからこそ、主人公の子供がふと漏らす言葉が身に染みていく。そして読者である我々もかつて「子供」だった事を思い出し、誰もが当事者だという事をも気づかせる。著者達が自らのフィルターを通して、フィクションを丹念に描いた結果ではないか。


 筆者が信頼しているとある出版営業の方が、荒天で保育園が休業して預けられない時、会社の了解の上で子供と一緒に出社したら、同僚たちが勤務中に何くれとなく子供の相手をしてくれたことを話してくれた。今はまだイレギュラーかもしれないけど、こういった雰囲気がもっと広まって欲しい。その入り口になるのが、真摯に現状を咀嚼しフィクションとして描き出す青山美智子や水野梓といった小説家の役割でもあるだろうし、そういった本を扱い販売するのは、出版社や書店員の大切な役目でもあるのではないだろうか。


(文=山本亮)