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アイドルユニット脱退で「違約金1千万円」 事務所と元メンバーが法廷闘争

2021年04月20日 10:51  弁護士ドットコム

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「コンサートなどの無断欠席や無断脱退した契約違反につき、989万円の違約金を支払え」


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2020年12月、アイドルユニット・ブレイクスルー(BREAK THROUGH)のメンバーだった新澤典将さんのもとに訴状が届いた。2019年2月にブレイクスルーのメンバーに加入したものの、望んでいた芸能活動ができず、「このままでは夢も希望も奪われてしまう」と感じて契約期間中に脱退した。



ところが、元事務所が「専属マネジメント契約書に書かれている事項の違反をした場合、1回につき200万円を支払う」とあることを根拠に約1000万円を請求してきたのだ。新澤さんは契約書通りに支払わなくてはいけないのか。(ライター・玖保樹鈴)



●「契約時から違和感」

2014年に美男子コンテストの『第27回ジュノン・スーパーボーイコンテスト』ファイナリストに選出された新澤さんは、俳優として舞台や映画などに出演してきた。さらなる活動を模索していた2019年1月、先にメンバーとなっていた元ジャニーズJr.の友人(現在は脱退)に誘われ、ブレイクスルーに加入した。



しかし契約時から、違和感があったという。



「専属マネジメント契約書に『メンバーの承諾なく脱退し、またはグループを解散させてはならない』『出演・販売等が決定したものについては、その完遂のためにこれに協力しなくてはならない』などとあり、『1つの違反につき違約金200万円を支払わなくてはならない』というのを見て、正直怖いなと思ったんです。



その前に所属していた事務所の契約書には、そんなことは一切書いてありませんでしたから。



だから両親とも相談したうえで『この200万円を修正してほしい』と提案したら『じゃあ加入をやめる?』と言われてしまって。芸能界で成功することを夢見て頑張ってきたし、違反しなければいいだけだと思い、やむなくサインしました」(新澤さん)



2019年2月に加入が発表され、翌3月にステージデビューとなったが、新澤さんは1カ月間、ステージで10曲披露するために寝る間も惜しんで、ダンスの練習をした。



「それまで俳優をしていたので、ステージで歌ったこともなければダンスをしたこともありませんでした。でも元ジャニーズJr.ばかりのユニットなので、メンバーは歌もダンスも一流。自分も恥ずかしい姿は見せられないと思い、朝から晩までスタジオで練習して、家に帰ってからも練習していました」(新澤さん)



加入後はライブやイベントなどで東京と大阪を往復する日々を送り、休みは月に1回程度。しかし、契約書には「個人としての活動は諸経費を控除して得た額の10%、グループとしての活動は40%を支払う」とあったものの、いくら活動をしても、もらえる金額は毎月同じだったという。



「契約書では歩合になっているのに、なぜかいくらライブをしても給料が変わりませんでした。それでも人気が出れば頑張れたのですが、自分の夢とはかけ離れていく方向の活動が増えていって。やりたいことは聞いてくれてはいたのですが、たとえば『次のライブで女装してみよう』とか『他のアーティストの曲を真似た楽曲を作って、オリジナルとして披露しよう』みたいな、想定していない方向の提案ばかりされたんです」(新澤さん)



他のアーティスの曲を真似た楽曲をつくることは、盗作にあたりうるので、自分たちの責任になるからやめてほしいと訴え、阻止することができたそうだ。しかし、要求はどんどんエスカレートしていったという。



「事務所の実質的な社長がアイデアを考えて、YouTubeに動画をアップしていたのですが、『裸で目隠しして体にザリガニを乗せられて、何が乗っているのわからず恐怖で泣き叫ぶ』みたいな、女性のファンが目を背けるようなものもありました。



案の定『見たくない』という低評価ばかりついて、ライブのたびに『あんなYouTubeはやめてほしい』と非難を受け続けましたが、メンバーにはどうすることもできませんでした」(新澤さん)



●辞めるなら200万円

さらに月に1回の休日もレッスンや大阪と東京間の移動などに充てられ、あるかないかの状態が続いた。マネージャーが退職した後は、移動時の運転もメンバー間でおこなっていたと新澤さんは語る。



休日の前日に突然仕事を入れられることもあり、プライベートの友人はどんどん離れていった。それでもブレイクを信じて続けてきたものの、体調不良となり、2019年12月に適応障害と診断された。



「2020年3月に、僕を誘ってくれたメンバーが体調不良で脱退してしまい、自分も同じような状況になってしまって。体調も辛かったし精神的にもこれ以上続けていたら、夢も希望も全部奪われてしまうと思い、脱退を考えるようになりました。でも生活できるギリギリの給料しかもらっていなかったから、200万の違約金が払える自信がなくて」(新澤さん)



それでも病気を理由に脱退を申し出ると、事務所は「みんなそれなりに病気はある。辞めるならば3年間いるのか、お金払って辞めんのかのどちらかの選択肢しかない」と新澤さんに宣告したという。



さらに「違約金を支払い終わってから半年は、エンタメ業界に関われない契約になっている」「そこまでやってくるのなら弁護士立てて本気でいく。冗談ぬきで」とも言われたそうだ。



新澤さんはやむなく弁護士に相談して、8月18日に契約解除の内容証明を事務所に送付し、ブレイクスルーの活動から離れた。すると、事務所は6月から9月までのイベントやライブの無断欠席4回と無断脱退の5件で合計1000万円の違約金から、未払い給料の11万円を相殺して989万円を請求する裁判を起こした。



「最初は『相手も人間だし、話せばわかってくれるだろう』期待していましたが、最後まで『辞めるなら契約満了まで3年間いるか、お金払って辞めるのか、どっちかしかない』の一点張りでした。



メンバーは当初『辞めたいなら辞めればいい』と言っていたのに、訴状では脱退を承諾していないことになっていて。これは自分1人の力ではどうにもならないと思い、弁護士に依頼するとともに給料の未払い分を求めて反訴することにしました」



●200万円支払った元メンバーも

契約書にサインをしたら、書いてあることはすべて受け入れなくてはならないのだろうか。新澤さんの代理人の河西邦剛弁護士は「サインや印鑑があったとしても、法律に違反するような契約書には法的拘束力はない」と主張する。



「アイドルはグループでの活動になるため、メンバーは『このライブには出て、これには出ない』というように、自分で自由に仕事を選ぶことはできません。このように事務所が決めた活動をこなすという点から、実際の裁判ではアイドルであっても、労働者として労働契約を結んでいると判断されるケースは少なくありません。



だから今回の『仕事を1回休んだから200万違約金を支払う』という契約は、労働基準法16条の『賠償予定の禁止』にあたり無効になります。そもそも『1回休んだら200万円払う』なんて契約は、これまで見たことがありません。脅迫的で、新澤さんが怯えるのも当然だと思います」(河西弁護士)



しかし、新澤さんによると、すでに200万円を支払ってしまった元メンバーもいるそうだ。5回分の1000万円を要求してきたことは、懲罰的な意味合いがあるのではないかと、新澤さんは見ている。



さらに河西弁護士は、契約書にある「本契約終了後、6カ月間にわたり、国内外を問わずに芸能活動をおこなってはいけない」という内容も、独占禁止法違反だと主張する。



「労働基準法附則137条には、『期間の定めのある契約を結んだ場合は期間初日から1年を経過すれば、申し出によりいつでも退職できる』とあります。新澤さんは2019年1月の契約から1年以上経過しているので、いつでも退職できる状態にありました。タレントを育てるレッスン代や衣装などの、負担した費用を事務所側が回収したい気持ちはわかります。



ただ、一般的には会社が損失を出した際、社員に責任を負わせることはありません。しかし、タレントの場合は、本人に責任が押し付けられるケースが少なくありませんが、ビジネス上の失敗をメンバーに転嫁することは法律上できません」



芸能人は、事務所と労働契約を交わした労働者になるのだろうか。河西弁護士によると、事務所が決めたスケジュールを拒否できず、活動の指揮監督関係が強かった点を過去の裁判例に照らし合わせると、事務所と労働契約を結んでいたと言えるという。



会社側は、弁護士ドットコムニュースの取材に「現在、裁判所にて係争中の案件ですので、回答は差し控えさせていただきます」とコメントした。



新澤さんは現在、フリーランスで芸能活動を続けている。ブレイクスルーのファンの中にはアンチに回った人もいるものの、逆に味方になってくれる人もいるから、自分なりに活動を続けていくと決めている。



「大学も1年で辞めて、東京に出てきて芸能活動に人生をかけているので、体調がしんどい日もありますが、次のステップに向けての努力を続けたいと思います。そして以前の僕のように、グループや事務所を脱退したくても契約書に縛られて苦しんでいる人たち、上司のパワハラ等で心を病んでしまった人たちのために、良いゴールにたどり着きたいと思っています」(新澤さん)



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