コロナ禍で急速に浸透したテレワークにおいて、様々な会社が壮大な実験をしています。対面のリアルな場で行っていた仕事のうち、何がオンラインでも問題なく(もしくはかえって効率的で)、逆にどんなことは不向きなのか、現在進行形で研究されています。
初期のころは「仕事を問題なく進められるか」というBCP(Business Continuity Plan/事業継続計画)の観点での議論が多かったのが、人材育成やメンタルヘルスに関心が移り、ここへ来てようやく創造性など未来の問題が認識されつつあります。(人材研究所代表・曽和利光)
多くの仕事は「ほぼ問題なくできる」
オンラインでも顧客にリアル同様の価値を提供できるのか、というBCPの問題は、接客業やものづくりなど「そこに人がいること」が必要なものを除き、ほぼ問題なくできるという結論になっています。
目標やすべきことの決まったプロジェクトに必要な意思決定や仕事の分割、指揮命令、進捗確認などのプロセスは、基本的に「情報伝達」や「論理的思考」の問題であり、オンラインでもそれほど支障がないとわかってきたからです。実際、オンライン化ができずにつぶれた事例はほとんど耳にしません。
メンタルヘルスや人材育成、退職リスクの予防などについては、まだまだ不安な会社が多いでしょう。非言語コミュニケーションの量や質がリアルよりも大幅に劣るオンラインでは、情報の伝達はできても、これまでボディランゲージやアイコンタクト、以心伝心で行ってきた感情の伝達などが難しくなったからです。
このため、非言語コミュニケーションの代替手法を検討しているところが増えていますが、現段階では非言語コミュニケーションの減少をカバーするために「オンラインでのコミュニケーション量をさらに増やそう」といった施策に留まっており、今後も研究が必要です。
まだ認識されていない「創造性」の問題
上記二つの側面については、緊急度が高かったこともあり、すでに多くの会社が対策を取り始めています。まだまだ決定打はありませんが、きちんと問題視できていれば、いつかは解決策が発見されるでしょう。
しかし、明確な問題として取り上げられることが少ないのが、企業の「創造性」の問題です。オンラインでのチームワークで、果たして日本の企業はこれまでのような創造性を発揮できるのでしょうか。
今ある仕事を進めることやメンタルヘルスの問題、新入社員の育成は、目の前の課題です。しかし、本来企業の存続に関わる重大な問題であるはずの創造性の問題は、じわじわやってくる将来の課題であるために見えにくい。「そう言えば、以前ほど新しい価値が創出できていない」と後で気づいても遅いのです。
野中郁次郎先生の名著「知識創造企業」などによれば、組織内で明示的に言語化された「形式知」と、明瞭に言語化されないまま個々人の中に身についている「暗黙知」との相互作用によって、企業は知識を創造していくとされています。
(1) 個人の暗黙知を経験共有などからグループの暗黙知にする「共同化」(socialization)
(2) グループの暗黙知から言語化・概念化して形式知にする「表出化」(externalization)
(3) 異なる形式知を統合して体系化された形式知にする「連結化」(combination)
(4) 体系的な形式知を個人が学習し身につけ暗黙知にする「内面化」(internalization)
このプロセスは英語の頭文字を取って「SECIモデル」と呼ばれています。「暗黙知」から「形式知」へ、「形式知」から「暗黙知」への変換プロセスをぐるぐる回すことで、企業は新しい知識を創造していくということです(詳しくは是非「知識創造企業」をご覧ください)。
「表出化」「連結化」はオンラインでもできるが
さて、このプロセスはオンラインでも可能でしょうか。(4)の「内面化」は基本的に個人作業なので、テレワークでも問題ないでしょう。(2)の「表出化」もグループの暗黙知を個々人が獲得しているのであれば、表出する作業は個人でもオンラインでも可能です。
テキストチャットの方がリアルな会議よりもアイデアがたくさん出る、という研究さえあります。ただし、言語化していく過程で「どういう表現が適切か」を皆で検討した方が、より精度の高い共通言語としての形式知ができるかもしれません。
(3)の「連結化」も、基本的には皆で侃侃諤諤やった方がよいように思いますが、一人でもできないことはありません。論理的な作業ですから、オンライン上でも議論はやりやすいでしょう。ここまではテレワークでも可能に思えます。
問題は、(1)の「共同化」です。「経験を共有する」ことで、暗黙的な知識をお互いに意識的、無意識的に共有していくプロセスですから、そばで一緒に仕事をしながらやった方がよいでしょう。プログラミングなどすべてオンライン上でも経験共有できそうなこともありますが、営業でも企画でも今の環境では全てを共有することはできません。
そもそも暗黙知というぐらいですから、持っている当人ですら意識できていないかもしれないのです。この「いかに暗黙知を共同化していくのか」が、オンライン時代の企業の創造性を維持する肝ではないでしょうか。
諸手を挙げて「テレワーク万歳」と言うために
ここまで問題提起しておいて申し訳ございませんが、私にも「これをすれば企業の知識創造はこれまで通り(もしくはそれ以上に)可能だ」と断言できるまでのすごいアイデアはありません。
もしかすると、世界の誰かが、オンライン上でも暗黙知の共同化を可能にする技術やサービスを開発してくれるかもしれませんが、そのような決定的な施策は現時点では寡聞にして知りません。
私が今できることとして言えるのは、まずは個々人の自己認知や言語化能力を高めて、なるべくこのプロセスを少なくするということです。つまり、この知識創造プロセスを、できるだけ形式知の中で行うということです。
ただし、人の能力はそんなに簡単には高まりません。そうであれば、創造性を維持・向上するために、一定のオフィスワークは残さなければならないのかもしれません。いずれにせよ、この問題を解かない限り、諸手を挙げて「テレワーク万歳」と言えないことだけは確実です。
【筆者プロフィール】曽和利光
組織人事コンサルタント。京都大学教育学部教育心理学科卒。リクルート人事部ゼネラルマネジャーを経てライフネット生命、オープンハウスと一貫として人事畑を進み、2011年に株式会社人材研究所を設立。著書に『コミュ障のための面接戦略 』 (星海社新書)、『組織論と行動科学から見た人と組織のマネジメントバイアス』(共著、ソシム)など。
■株式会社人材研究所ウェブサイト
http://jinzai-kenkyusho.co.jp/