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「殺すつもりはなかった」母が走らせた車のドアには、しがみついた息子…殺人未遂で逮捕された理由は?

2021年04月17日 07:31  弁護士ドットコム

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小学生の息子が自動車のドアノブにしがみついているにもかかわらず、それを知りながら自動車を走らせた母親が、殺人未遂の疑いで愛知県警に逮捕された。


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東海テレビ(4月14日)によると、母親は4月13日、乗っている軽自動車の運転席のドアノブに小学4年生の息子がしがみついているのを認識しているにもかかわらず、約140メートル自動車を走らせた。息子は自動車のスピードが落ちた際に離れ、ケガせずに済んだという。



母親は一度離れた現場に戻ってきた際、目撃者の通報で駆け付けた警察官に逮捕された。容疑について、「殺そうとは思っていなかった」と否認しているようだ。



母親が何らかのトラブルで息子を叱っていたとも報じられているが、どんな理由があっても、人がしがみついたまま自動車を走らせるのは極めて危険な行為だ。今回のような場合、たとえ殺すつもりがなくても殺人未遂になるのだろうか。本間久雄弁護士に聞いた。



●殺意の有無は「極めて大きな要素」

—— 一般的に、事件発生後、被疑者が「殺すつもりはなかった」と主張することは珍しくありませんが、これは法的にどのような意味があるのでしょうか。



殺人(未遂)罪が成立するためには、被疑者に「殺意」があることが必要です。たとえば、被疑者が金属バットで被害者を殴りつけた場合のことを考えてみましょう。



このとき、被害者が亡くなった場合、被疑者に殺意があれば殺人罪が成立します。また、被疑者に殺意がありながらも結果として被害者の方が亡くならなかったときは、殺人未遂罪が成立します。



ただ、被疑者に殺意がなかった時には、殺人(未遂)罪は成立しません。被害者の方が亡くなっていれば「傷害致死罪」、被害者の方が亡くなっていなければ「傷害罪」が成立するにとどまります。



殺人罪の法定刑は「死刑又は無期若しくは5年以上の懲役」ですが(未遂の場合は任意的減軽)、傷害致死罪の法定刑は「3年以上の有期懲役」、傷害罪の法定刑は「15年以下の懲役又は50万円以下の罰金」となっており、殺人(未遂)罪に比べ、法定刑が軽いです。



このように、殺意の有無は、被疑者の今後の量刑を決めるに当たって極めて大きな要素を占めています。



——殺意の有無は、どのように判断されるものなのでしょうか。



殺意の有無は、(1)犯行の態様(凶器の種類・形状・用法、創傷の部位・程度)、(2)犯行の背景、経過、動機、(3)犯行中あるいは犯行後の被疑者の言動(実行行為時の発言(殺してやる等)、救護措置の有無、犯行後平然としていたか等)から総合的に判断されます。



——今回のケースでも、被疑者は「殺そうとは思っていなかった」と述べているようですが、それでも殺人未遂の疑いで逮捕されてしまうものなのでしょうか。



前述のように、殺意があるかどうかは、状況証拠により認定されますので、仮に逮捕前の段階で被疑者が「殺すつもりはなかった」と供述していたとしても、被疑者に殺意があった疑いがあれば、殺人未遂の疑いで逮捕されることはあり得ます。



●走行速度などによっては殺意の認定難しい可能性も

——今回のケースを検討する上で、参考となる裁判例はありますか。



普通自動車を運転中に交差点で人身事故を起こした後、いったん自車を停止させ、同乗者の確認・言動から、被害者が自車底部に挟まったままの状態で生存しているのを認識しながら、自車の後退・前進を繰り返し、最後にアクセルを踏み込んで勢いよく発進させて被害者をひいて死亡させたという事案がありました(東京高裁平成14年8月20日判決)。



判決は、被告人には少なくとも「未必の殺意」(相手が確実に死ぬとまではわかっていないが、もし死ぬなら死んでもかまわないという心理状態)が認められるとし、殺人罪の成立を認定しました。



——それだけの行為をしている場合には、「殺すつもりはなかった」という主張は認められにくいということですね。



ただ、車の速度や走行距離、被害者の体勢、道路状況などから、被害者が死亡する蓋然性が低い場合は、殺人の未必の故意を認定するのも難しいと思います。



——今回のケースについてはどうでしょうか。



息子さんは幸いにも怪我がなかったとのことですので、さほど車は速度を出していなかった可能性があります。



そうなると、母親に殺意を認めることは困難で、おそらく、母親には暴行罪(2年以下の懲役もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料)という殺人未遂罪に比べれば軽い罪のみが成立することになるのではないでしょうか。



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【取材協力弁護士】
本間 久雄(ほんま・ひさお)弁護士
平成20年弁護士登録。東京大学法学部卒業・慶應義塾大学法科大学院卒業。宗教法人及び僧侶・寺族関係者に関する事件を多数取り扱う。著書に「弁護士実務に効く 判例にみる宗教法人の法律問題」(第一法規)などがある。
事務所名:横浜関内法律事務所
事務所URL:http://jiinhoumu.com/