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『僕のヒーローアカデミア』が鬱展開&神作画の連続に 混迷の物語はどこにたどり着く?

2021年04月14日 10:11  リアルサウンド

リアルサウンド

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 第30巻で大きな節目を向かえた『僕のヒーローアカデミア』(集英社、以下『ヒロアカ』)。堀越耕平が「週刊少年ジャンプ」で連載している本作は、世界総人口の約8割が“個性”と呼ばれる特殊能力を所有している超人社会を舞台に、社会を守るヒーローになるために雄英高校のヒーロー科に入学したデクこと緑谷出久を主人公とする物語だ。


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 無個性の落ちこぼれだったデクは、平和の象徴と呼ばれるヒーロー・オールマイトから個性「ワン・フォー・オール」を継承することで、爆豪勝己たちと共に新時代のヒーローとして成長していく。


 物語はアメリカン・コミックスのヒーローモノのテイストを『NARUTO -ナルト-』等のジャンプ漫画のフォーマットに落とし込むことで、アメコミのヒーローモノと、ジャンプ漫画の異能バトルのテイストをうまく融合させた、新しい時代の少年漫画となり、ジャンプの看板作品として人気を博すこととなった。


 しかし、20巻を超えたあたりから物語は、死柄木弔を中心としたヴィラン(悪役)たちの物語を深く掘り下げるようになり、作品のテイストは次第に暗鬱化。そして第27巻から本格的に始まる蛇腔市を舞台にした死柄木率いる超常解放戦線とヒーローたちの全面抗争によって、物語は大きな山場を向かえることとなった。


以下、ネタバレあり。


 「崩壊」の個性で街を破壊する死柄木に立ち向かうデクだったが、逆に個性「ワン・フォー・オール」を奪われそうになる。死柄木に掴まれたことでデクと死柄木の心は一時的につながり、死柄木の中にいるヴィランたちの黒幕「オール・フォー・ワン」と、デクの中にいる「ワン・フォー・オール」の歴代継承者たちが激しく衝突する。


 一方、蛇腔市では超常解放戦線の巨大ヴィラン・ギガントマキアが暴走し街を破壊していた。混乱に包まれた蛇腔市でヒーローたちが市民の避難・救助を行う中、戦況はどんどん悪化していく。なんとか死柄木を追い詰めるヒーローたちだったが、そこにギガントマキアと共に超常解放戦線の荼毘が姿を現す。


『僕のヒーローアカデミア』21巻(ジャンプコミックス)


 荼毘はナンバー1ヒーローのエンデヴァーに対し、自分はエンデヴァー(轟炎司)の息子・轟燈矢だと名乗る。時を同じくして荼毘がインタビューを受ける姿がテレビで流れる。ヴィランとして大量殺人をおこなう自分がエンデヴァーの息子だと告白し、自分が父の犠牲者だと、生まれの不幸を語ることで、荼毘はエンデヴァーを精神的に追い詰める。


 傲慢な父親として登場したエンデヴァーは、ライバルだったオールマイトが引退したことをきっかけに、息子の焦斗と向き合い、崩壊した家族を立て直すことで、偉大なヒーローとして生まれ変わろうとしていた。そんな「頑張るお父さん」としてのエンデヴァーの姿は次第に愛すべき存在へと変わっていき、少年漫画の『ヒロアカ』に大人の目線という奥行きを与えていた。


 しかし荼毘の登場は、エンデヴァーの欺瞞を木っ端微塵に打ち砕く。踊りながら荼毘が語る「未来に目を向けていれば正しくあれると思っただろう!!?」「知らねェようだから教えてやるよ!!!」「過去は消えない」「ザ!!自業自得だぜ」「さァ一緒に堕ちよう轟炎司!!」「地獄で息子と踊ろうぜ!!!」という台詞は不愉快極まりないが、同時にどこか痛快で『バットマン』に登場するヴィラン・ジョーカーのようだ。超常解放戦線のメンバーということ以外は謎に包まれていた荼毘だが、ここに来て、死柄木と並ぶ名悪役として躍り出たように感じた。


 ナンバー1ヒーローの父親に人生を狂わされた哀れな息子という被害者を演じることで荼毘はヒーローに対する信頼によって成り立っている社会に、楔を打ち込み、人心を不安に陥れる。自らの罪を実感したエンデヴァーは動けなくなり、そのまま荼毘に殺されそうになる。しかし、ベストジーニストやルミニオンといったヒーローの参戦によって助けられ、なんとか持ちこたえる。


 『ヒロアカ』はヒーローもヴィランも均等に描き、双方の複雑な家庭環境や悩みを描いていくため、どちらに感情移入していいのかわからなくなっていく。人々を守るために駆け回る出久たちヒーローの姿に共感するものの、不幸な境遇ゆえに社会に反旗を翻すこととなった死柄木たちヴィランの気持ちも痛いほどわかるのだ。ヒーローとヴィランが感情をぶつけ合い内面をさらけ出すほど、堀越耕平の画力も極限まで極まっていき、どこを切り取っても神作画という、見せ場の連続となっていく。


 この混迷の物語は、どこにたどり着くのか? 固唾を呑んで見守っていると、出久が死柄木の顔をみて感じた「あの時おまえが」「おまえの顔が」「助けを求めたように見えた」というモノローグが破壊された蛇腔市と共に語られ、この巻は幕を閉じる。


 今後、描かれるのは死柄木たちヴィランの救済なのか? ほぼ10巻単位で大きな節目を向かえてきた『ヒロアカ』だったが、この30巻でヴィランの立場からみた反逆の物語は大きな山を超えたと言えよう。


(文=成馬零一)