たとえ雑誌を毎月愛読していても、創刊号からすべて読む機会は中々ないだろう。法然上人鑽仰会が発行する月刊誌『浄土』は全バックナンバーをPDFにして公開。ネット上で話題になっている。
創刊は昭和10年、1935年5月だ。第1号には小説家・歌人の岡本かの子や、詩人・作家の佐藤春夫らが寄稿している。戦時中である1945年4月から翌年2月など休止はあるものの、2020年12月分まで発行された949号までが公開されている(4月12日現在)。
ネット上では今年3月、「創刊からのアーカイブとはすごいな」「こんなんもう一種の歴史資料じゃないですか」といった声があがった。公開までの経緯を同誌の村田洋一編集長に聞いた。
「わが国とて楽ではないが……」戦時中の生々しい記述が話題に
発行元の法然上人鑽仰会は「浄土宗と深い関係は持ちつつも、独立した任意団体」という位置づけにある。『浄土』は同会発行の月刊誌で、入会による定期購読が原則。読者は浄土宗寺院・浄土宗僧侶が中心で、檀信徒や一般人も購入しているという。
記事の特集は仏教を中心としているが、当時の世相を表すような内容も多い。特にネット民が注目したのが第二次大戦中の号だ。太平洋戦争後半の1944年~45年の号を見ると、
「忠勇なる将兵の善謀善戦によって敵米英を大東亜諸地域に近づけぬことを確信している」(1944年11月・12月号)
「不惜身命、ただ戦うのみ」(1945年2月号)
といった勇ましい言葉もある。ただ、「戦局は大局的にみて遺憾ながら不振の現状にあると云う」(1944年10月号)と戦況が厳しいことは把握していたようだ。1945年3月号には、
「(B29の)尾翼の昇降舵は布製で、塗料によってジュラルミンと見せかけている。(略)わが国とて楽ではないが、敵米国の物と人との苦しみ方は相当なものに相違ない」
「撃墜王遠藤大尉の言葉『戦争は絶対です。困難や苦労は当然なことです』はまさに至言である。(略)幸いわれわれは信仰によって辛苦に耐え、明朗な生活を営むことを修養している」
と、苦しい状況に耐えるような記述もあった。
そして、戦後に初めて発行した1946年4月号では論調が一変する。戦時中、米軍では兵士に小型の聖書が支給されたのに対し、日本軍では「念仏を唱えるな」などと言われていたといい、
「今度の戦さは信仰を持てる兵と、信仰を失った兵の戦さであった」
「日本がこんな窮境に陥った一つの原因は宗教心を失っていたことである」
と、嘆いている。当時の世相の移り変わりの激しさが興味深い。
「囲い込みの時代」から「公開の時代」へ
バックナンバー公開について、村田編集長は「PDF自体は2018年から公開しています。2006年に800号を迎えた際、『浄土 表紙展』を企画したことがきっかけになりました」と説明する。
「企画にあたりバックナンバーの収集を行ったのですが、集めたバックナンバーが大変貴重であることからPDF化に取り組み、より多くの方に知っていただこうと公開しました。有料化も検討しましたが、『囲い込みの時代』から『公開の時代』に変化するということで無料公開としました」
公開直後、浄土宗内の研究機関から問い合わせがあったが、特段大きな反響はなかった。しかし、今年3月に改めてネット上で話題になり、閲覧者が増加したという。ただ、これだけ長く発行されている雑誌だと、特に戦時中など現代の感覚からすれば理解し難い表現もある。
村田編集長は同誌の編集方針について、「当会の基本理念である『法然上人の人格と教えによる仏教復興運動』を踏まえながら、その時代の世情に沿った幅広い記事を掲載する月刊誌と認識しています」と述べた上で、
「戦争関連記事もその世情に合わせた記事と理解しています。仏教界の戦争責任については、浄土宗がすでに宗派として謝罪しており、当会もそれに準じます」
としている。
1995年の阪神淡路大震災後には被災地からの緊急レポートを掲載し、義援金やボランティアを呼びかけた。2011年の東日本大震災後には、法然上人鑽仰会としてお見舞いの言葉を掲載。創刊以来、仏教を通して世の中を見つめ、発信を行っている。
2020年12月号ではお寺のIT化に関する記事を掲載した。
「現代の世情に合わせ、お寺が取り組みを検討すべき事柄の一つとして取り上げました」(村田編集長)
今後は上記を踏まえつつ、「浄土宗の寺院・僧侶を読者の中心として情報提供・提言提案」を行っていくという。
「寺院離れが進む現在、今後の寺院・僧侶のあり方についての提言提案も含めた情報誌を目指します。既存読者に加え、若手僧侶(43歳以下。法然上人が浄土宗を開いたのが43歳であることから浄土宗では43歳までの僧侶を青年会会員としている)を想定した記事を増やしていく予定です」
また、若手編集部員による、若手僧侶を対象とした「セカンドHP」も企画している。村田編集長は「紙媒体の『浄土』、Webの同誌バックナンバーPDFと連動しつつ、既存の大きな団体ではできにくい自由闊達な情報発信や提言提案を公開していく予定です」と語った。