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『チェンソーマン』マキマは本性は“痛いファン”? デンジとの奇妙な関係性を考える

2021年04月06日 17:01  リアルサウンド

リアルサウンド

『チェンソーマン』マキマは“痛いファン”?

 先月、『チェンソーマン』の第11巻が発売された。本作は昨年末まで藤本タツキが「週刊少年ジャンプ」で連載していたオカルトアクションバトル漫画。


 悪魔が跋扈する90年代の日本を思わせる世界を舞台に、チェンソーの悪魔の力を宿した少年・デンジが悪魔や魔人たちと戦う中で成長していく物語は、巧みな画力と構成力、先が全く読めない物語、そして、ジャンプでここまでやるのか? という暴力描写が話題となり、2020年最大の問題作となった。


 第一部が終わったことでジャンプ本誌での連載も終了したが、すでに漫画アプリ「少年ジャンプ+」で第二部がスタートすることは発表されている。また、アニメ版『呪術廻戦』と同じアニメ制作会社「MAPPA」でアニメ化されることも決定しており、その勢いはまだまだ衰えることを知らない。


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以下、ネタバレあり。


 この11巻では、デンジとマキマの最後の戦いが描かれた。


 相棒の魔人・パワーが殺され、封印していた過去の記憶を暴かれたデンジは精神崩壊を起こし、廃人同然となってしまう。そんなデンジの変わりに、デンジの心臓となっていたポチタが、チェンソーマンとして復活。敵も味方も殺し、食べられた悪魔は「その名前の存在がこの世から消えてしまう」という圧倒的な力を持ったポチタとマキマ(支配の悪魔)が復活させた武器人間たちの壮絶な戦いが繰り広げられる。


 無敵のチェンソーマンと、何度死んでも復活するマキマの戦いは一向に決着がつかない。しかし、チェンソーマンの正体がテレビで放送され、大衆が英雄として賛美したことでチェンソーマンは弱体化。そこを突いたマキマの攻撃によってチェンソーマンは敗北する。だが、ポチタによって復活したパワー(血の悪魔)の命を賭した救出によってデンジが復活。デンジはマキマとの最終決戦に挑む。


 デンジにとってマキマは公安の上司で憧れのお姉さん。藤本タツキはインタビューで、マキマの名前はチェンソーでキ(木)を切ると「ママ」になると種明かしをしている。つまりデンジにとって、無条件に自分のことを愛してくれる母性的存在だった。


 ではマキマにとってデンジ(チェンソーマン)はどういう存在だったのか?


 10巻でマキマは「私は彼のファンです」と語る。マキマはチェンソーマンを偶像視しており、その力を使って「より良い世界を作る」か「チェンソーマンに食べられ彼の一部になる」ことを望んでいた。


 これは推し(アイドル)とオタク(ファン)の関係を寓話として描いているとも言えるが、それ以上に『チェンソーマン』という作品に対するセルフコメンタリー的な側面が大きいのではないかと思う。


 大衆に支持され英雄になると、人々の恐怖心を糧としていた悪魔は弱体化するというのは『チェンソーマン』独自の設定だが、ジャンプの中で悪魔的なキワモノ路線を突き進んでいた藤本タツキにとって、人気が出てくることによって、安易に消費され、飽きられてしまうことこそが、最大の恐怖だったのかもしれない。


 「世界中がチェンソーマンを受け入れ」「さらに今はキャラクターとして消費されようとしています」「もう彼を恐れる必要がない」というマキマの台詞は、どこか『チェンソーマン』という作品が辿る末路を、作者が自虐的に呟いているようにも聞こえる。


 本作が始まった当初、多くの読者は、主人公のデンジが無知で愚かであることに対して喝采を送った。筆者も、このマンガはその場の勢いで行き当たりばったりで描いていると思い、若さゆえの初期衝動で突っ走るデンジ(と作者)の姿を評価したのだが、話が進むにつれ、無知で愚かなままだと悪い大人に搾取されるだけだという「支配の構造」が際立ってくる。同時に、行き当たりばったりだと思っていた本作の物語が、細かく伏線を張った知的なものだとわかり、作品の印象がどんどん裏返っていく。


 だが、そうなると、無知で愚かだからこそ本作は素晴らしいと思っていた読者からは「説教くさい」「小賢しい」と反発を招くのではないかと、作者自身が危惧していたのではないかと思う。その不安を具現化したキャラクターが、おそらくマキマだ。


 チェンソーマンはそんなことはしないと言って自分の理想を押し付けるマキマの姿は狂信的ゆえにアンチとなった痛いファンの言動そのものだ。その了見の狭さが完璧に思えた彼女の弱さ(人間的魅力)を炙り出していたのが、本作の素晴らしいところだが、デンジがマキマに理想を投影していたようにマキマはチェンソーマンに理想を投影し、生身のデンジのことは見ていなかった。


 だからこそデンジはマキマを倒せたのだが、それは自分が愛されていなかったと認めることでもあった。デンジとマキマのすれ違いは、男女の関係にもアイドルとファンの関係にも作者と読者の関係にも重ね合わせることができる。


 マキマがナユタという少女に生まれ変わることで、逆にデンジから庇護される立場となることも含め、様々な読み方ができる結末である。


(文=成馬零一)