isutaでは今週も、SUGARさんが贈る週間占いを配信。
2021年上半期の運勢も配信しているので、こちらもぜひチェックしてくださいね♡
2021年上半期の運勢 今週のおひつじ座の運勢illustration by ニシイズミユカ
我を忘れる技術
今週のおひつじ座は、何かとがむしゃらに頑張ってしまう月並みさから、みずからを外していこうとするような星回り。
この季節は誰しも桜の花が散っていくのが惜しいもの。けれど「烏帽子脱いで升よとはかる落花哉」(与謝蕪村)では、散り落ちるさまを目の当たりにして、それはそれで見事なものだと感嘆しています。ただし「烏帽子」をかぶった貴人とは、作者が直接観察した実景というより、想像上の作中主体であり、おそらく歌を詠む歌人なのでしょう。
それも単に花吹雪の美しさに心奪われるだけでなく、それまできちんと着していた烏帽子を脱いで「ほれ升じゃ」とばかりに我を忘れ、帽子をはかりにして花びらのかさをはからせた訳です。
その狂態は貴人としては思いがけないものであり、そこに和歌にはない、俳諧ならではの趣きを示そうとしたのかも知れません。あなたも、ちょっとやりすぎなくらいに時代遅れないし、時代の先駆けになっていこうとするくらいでちょうどいいでしょう。
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言葉と言葉のあわいを見つめる
今週のおうし座は、みずからの発語をひとつの事件として見なしていくような星回り。
日本三大随筆の一つとされる『枕草子』を書いた清少納言。簡潔でありながらも、繊細で鋭敏な清少納言の観察眼は、日本語で書かれた文をいったん英語に置き換えてみることで、その仕事の貴重さや奥深さがより一層はっきりしてくるように思います。
例えば、「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、むらさきだちたる雲のほそくたなびきたる」。空でもない山でもない、両者のあわいに注目して表された「山際」という言葉は、翻訳家であり詩人でもあるピーター・J・マクミランさんの苦心によって「sky above the peaks of the mountains」と表されていますが、それでも言葉の多さが目立ってしまいます。
やはり、語のひびきも含めて一言で言い切ってみせたところで、一つの文学が誕生していたのではないかと言っても過言ではないはず。あなたも、改めてコトバを研ぎ澄まして発することの恐ろしさと力強さとに気が付いていくはず。
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納得それは世界の反転
今週のふたご座は、心身が不意にサッパリしていくような星回り。
確かに桜が葉桜になると、もう下から見上げると向こう側の青空が目立ち、花はその手前でまばらに咲いているだけで、風が吹けばサァーっと青葉のような音がします。けれど、「葉桜や空は疎にして鳴らせば葉」(田島健一)という句で作者が言いたかったのは、「ソにしてハ!」という音の組み合わせであり、そこで生まれるメロディーでしょう。
あたり一面がピンクに染まっていたそれまでの光景とは、図と地が反転してしまったような、新たなドラマが始まるその瞬間のインパクトをそのまま句にしたような印象。逆に言えば、小難しい理屈や複雑な約束事はそこでは置き去りにされている。そんな「選択」を作者はひとつの句にしたのかもしれません。
あなたもまた、意味を超えた体験の強度に自身を明け渡していくべし。
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集合的な夢を支える
今週のかに座は、何に劣るとも勝らない生命のはかなさに浸りきっていくような星回り。
たとえば、映画というのはたくさんの人の手によって作られる“集合的な夢”のようなもの。大勢がそろって初めて成り立っていく訳ですが、映画にリアリティーをもたせていくためにはもう一つ、登場人物の背景となる無名の人々を演じるエキストラの存在が欠かせません。
エキストラというのは、撮影現場などの裏側の事情を知れると同時に、映画という夢の一部になれるという意味で、好きな人にはたまらない楽しさがあるそうですが、それは言わば他人の見ている夢に、そうであると知りながら、自覚的に入っていって下支えしていく営みであるとも言えるのではないでしょうか。
とはいえ、考えてみれば私たちがこの世を生きていること自体が、そもそも一つの劇であり、幻想であるとも言える訳ですが。今週はエキストラとして集合的な夢を下支えするつもりで、カツラをかぶって時代劇へと臨んでいくくらいのつもりで過ごしていくといいかも知れません。
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長い夢から醒めた先
今週のしし座は、なんだかよく分からないままに脱皮していくような星回り。
タンポポの名は鼓の音「タン・ポ・ポ」から来た幼児語で、日本の原野に昔から自生していたはずなのに、こんなにも花鳥風月的な情緒に汚染されていない花は珍しいように思います。
「たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ」(坪内稔典)は当時五十代の作者が差し当っての辞世の句として詠んだものですが、「たんぽぽのぽぽのあたり」とはどこか、そこが「火事」であるとはどういうことなのか、当の作者にも定かではないのだと言います。ただ「たんぽぽに『ぽぽのあたり』があると考えるだけで、なんだかいい気分。世界がほんの少し広がる気がする」と。
厳粛な事実を、厳粛なままに表現するのでは、ただ堅苦しくなるだけ。どこか底が抜けていなければ、こざかしい現実は突き破れないのでしょう。あなたも、そんな風にリアリティの底が抜けていく感覚を探りあてていくことができるかも知れません。
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視線の反転
今週のおとめ座は、自身がそのただ中に囚われているしがらみをきちんと見定めていくような星回り。
さまざまな学を横断して存在論、生命論、人間論などを一つの大いなる連鎖に繋げていったヘーゲルを唯物論的に変形させたマルクスは、資本主義という経済システムの矛盾を明らかにせんと書かれた『資本論』のなかで、4回「ファンタスマゴリア」という言葉を使っています。
これはほとんどの日本語訳ではただ「幻」と訳されているのですが、巨大な幻灯機であり、映画の前駆形態のこと。見世物としてのファンタスマゴリアというのは、言ってしまえばガラスと光学機械と照明の詐術であり、ありもしないものを舞台上に見せるという意味では現代のVRやARの原型でもありますね。
それをマルクスが何回も、「労働者にとって彼が作った商品は、その瞬間から目の前のガンタスマゴリアでしかない」という言い方でその虚妄を突いた訳ですが、それは単なる“幻”以上に厄介な代物であることがここから分かるかと思います。あなたもまた、ある種の幻に魅入られてしまう必然性について認識を深めていくべし。
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腹から始めよ
今週のてんびん座は、重要な別れを告げていくような星回り。
「花過の鳥よぎるたび窓の古る」(藤井あかり)は、ある春の日の情景を描いた句。自宅の窓からなんとはなしに外の世界を眺めているのでしょうか。「花過(はなすぎ)」は桜の花のさかりのすぎた頃の意。また、あたたかくなってくると秋にやってきた雁などの冬鳥たちが北へ帰っていきます。
そのため、掲句にもそこはかとなく切ない空気感が漂っており、一羽、二羽と別れを告げる鳥たちが窓をよぎっていくたびに、春の景色を縁取っている「窓」さえもが古びていくように感じているのです。
ここでは無機物のはずの「窓」がまるで生きているかのように、みずから変化していっているかのような印象を受けます。その意味で、「古る」は年月の経過をあらわす「経る」であると同時に、入れ換えを表す「振る」でもあるのです。あなたもまた、古いリアリティから新しいそれへと入れ替わっていく実感をひしひしと深めていくことでしょう。
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春・メタモルフォーゼ・古井戸
今週のさそり座は、異空間へと移っていこうとするような星回り。
春は濃厚な死の気配が漂う季節でもありますが、イザナミ神が火の神の出産によって死んだとき、この最初の神の死は「神避りましき」と表現されました。つまりこれは原初において死が空間的なものであったことを示しており、さらに「避(さ)る」という営為は瞬間的なものではなく、新しい時間的連続の開始を意味していました。
ただここで注意を向けるべきは、イザナギ神はなぜ愛しいわが妻の死体を前に、ただ「み枕方にはらばひ、み足辺にはらばひて哭」いただけに留まったのかということ。イザナギとイザナミ、生においては分かちがたい一体であったものが、死においては分かたれなければならない。
「枕方」、「足方」、この「方」の一字に込められた断絶感は、生者の側が規制した死者との距離であったのではないかと思われますが、一方の死者もまた「神避る(離る)」ことによって、絶対的距離を導入したのです。あなたもまた、ある種のメタモルフォーゼを遂げていくべく、相応の振る舞いを心掛けていくべし。
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くんずほぐれつ
今週のいて座は、起こった出来事をただありのままに受け入れていこうとするような星回り。
「ねこの子のくんづほぐれつ胡蝶哉」(宝井其角)は、一読してわかりやすく、かつ楽しい句。とにかく余計なことを考えなくてもすむような気分になってきます。ただ、世の中には余計な解釈や不要な知恵を不思議なほどめぐらす癖のある人がごまんといるもので、「くんづほぐれつ」などとあれば、そのまま猫の子と蝶々とが組み合っているのだと主張してはばからない人もいるかも知れません。
むろん、この場合はそうではなくて、まだ乳を飲んでいるほどのかわいい子猫同士が、毬のように転がりながら、上になり下になり戯れ合っているところへ、たまたま蝶々がひらりと飛んできた。そんな春の日の幸福な出来事を、詠んでいるのであって、ただ素直に受け取ればいいのです。
あなたもまた、子猫や蝶々になったつもりで、できるだけ体中の余計な力を抜いて誰か何かと関わってみるべし。
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血は巡り、座も移ろう
今週のやぎ座は、他者に開かれるための環境を求めて、新陳代謝をはかっていこうとするような星回り。
俳句というと、「ポエム」と同じような文脈において、どうしてもその時どきの感慨を込めた内面的かつ個人的な営みというイメージがあるのではないでしょうか。ただ、実は江戸時代に栄えた文学形式としての俳諧というのは、ほんらい共同体での遊戯性を高めた“集団文芸”であり、同じ一座に参加する「連衆(れんしゅ)」たちの文芸的対話ともいうべき詩心の交歓の所産に他ならないのだと言えます。
そこでは、読者は同時に作者となり、作者は読者となって、作り手と読み手は交互にその役割を交替しながら、共同で一つの作品の形成に参与していった訳ですが、ここで特に注目しておきたいのは、そうした「座」にはたえず新しい血の流入が必要とされていったということ。
つまり、座というのは常に閉鎖性に傾いて停滞に陥る危険と背中合わせであり、例えば松尾芭蕉などはそうして停滞を感じた時こそ、新しい座や古人の詩心との触れ合いやを求め、旅に出たのです。あなたもまた、今自分が参加している集団に少しでも閉鎖性や停滞を感じた際には、どうしたらそこに新しい血を入れられるかを可及的速やかに検討するべし。
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自分に寄り添う
今週のみずがめ座は、切なさと愛しさと心強さと。
「足元へいつ来りしよ蝸牛(かたつむり)」(小林一茶)は、作者が四十歳に入る年の4月の作。この頃、久しぶりに故郷に帰ったのですが、その帰郷中に父の死に直面するのです。一カ月足らずで父は亡くなり、一茶には故郷に頼るべき人がいなくなります。それはつまり、継母と異母弟にあたるその子を相手とする遺産相続問題へついに取り組んでいかなければならないことを意味していました。
掲句は、いったん倒れた父が小康状態を得たときのもので、気持ちが父のことや将来への不安に囚われていたことを、小さな蝸牛に教えられ、ホッと一息をいれられた解放感と安堵感とが見事に表現されています。
一茶は有名な「やせ蛙負けるな一茶これにあり」など、小さき者たちに同じ目線で語り掛けるような句を多く残していますが、掲句はそうした個性的な作風の出発点だったのかも知れません。あなたも自分が身をもって感じている不安や心許なさにそっと気付いて、寄り添っていくだけの余裕を持ちたいところです。
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レッツ・コンステレーション
今週のうお座は、「予想もしなかった星座を勝手に構成させ」ていくような星回り。
どこかで誰かが「一本の草の根を引き抜いただけで宇宙は軋むことがある」と書いていましたが、確かに人間の認識能力のキャパをはるかに越えたところで作用している見えないネットワークの中には、天井の活字と星座に限らず、意外な結びつきがゴロゴロしているもの。
例えば、夜空に赤く輝く火星と、解体作業で使われる鉄球と、豚の生姜焼きに入っているショウガは、占星術において同じネットワークで結びついた同質同類の仲間であり、目に見えないネットワークは存在のレベルやスケールを飛び越え、自在な結びつきを保っているのです。あなたにもそんな見えない絆で結びついた同質同類が必ずいるのであって、意味のある偶然とは、そうした仲間の一本釣りに他ならないということ。
転校生であれ、宇宙人であれ、二次元のアニメキャラであれ、これはと思った相手には、体ごとぶつかっていきましょう。そうして、新たな星座をつくり出すように、離れた点と点を自分という宇宙のなかで結んでいってください。それが今週のうお座のテーマなのだと言えます。
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