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41歳の脱サラ漫画家が描く『王様ランキング』がバズった理由とは? 作品に込められた「希望」

2021年04月05日 12:01  リアルサウンド

リアルサウンド

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 SNSの口コミを中心に話題となり、累計発行部数(2021年3月31日現在)は100万部を突破、21年10月よりフジテレビ「ノイタミナ」枠でのTVアニメ放送も決定している漫画『王様ランキング』。


関連:『王様ランキング』2巻(KADOKAWA)


 本作の驚くべき点は人気を博すまでの道のりである。作者の十日草輔氏は41歳でサラリーマンを退職した後、Web漫画の投稿サイトにて『王様ランキング』を発表。Twitterを筆頭にTV番組やYouTubeなどで多くの人が作品を紹介したため知名度が急速に高まった。


 星の数ほどの漫画作品がインターネット上で公開されるなか、なぜ『王様ランキング』は数多くの読者を獲得したのであろうか。本稿ではその理由を検証してみたい。


 『王様ランキング』は「ボッス王国」の第一王子「ボッジ」が世界一立派な王様を目指す物語である。王様の息子であるボッジは口を利くことができず、子ども用の剣すら振ることもできない非力な子ども。家来や民衆から陰口を言われてしまうほど、信望の薄い王子であった。そんなボッジが味方である「カゲ」と出会いストーリーは進んでいく。


 そんな『王様ランキング』だが、第一に挙げられる特徴は、絵本のような画風だろう。ボッジをはじめ作中に登場するキャラクターはデフォルメをきかせた造形であり、老若男女を問わず受け入れられやすい画風だ。作者の十日氏は絵本作家を目指していた過去があるそうで、その経験が本作に生かされていることが感じられる。


 また登場人物の「感情」の描き方も特徴的だ。作中では、言葉をうまく話せないボッジが喜怒哀楽を表現するシーンがあるが、当然口の利けないボッジは感情を言葉にすることができない。


 例えば1巻の「第10話」では、次期国王の座を剥奪されたショックがきっかけで、ボッジの顔は青ざめ、歯を食いしばり、涙を浮かべ、非力なこぶしで空を切りながらゴロゴロと地面に転がる。目を閉じ落ち着きを取り戻したかと思うと、再度歯を食いしばりながら目を見開き、言葉にならない大声をあげるなど、6ページにわたりボッジの姿が描かれるが、単に言葉で描写されるよりも感情の伝わり方がよりダイレクトだ。


 また本作の魅力の一つとして「裏切りの展開」が数多く描かれている点が考えられる。


 王様の遺言によりボッジが次期国王に決定したが、民衆に発表する場にて弟のダイダに王様の座を剥奪されてしまう。旅をともにするキャラクターが仲間の手により、大量の炎が巻き上がる大穴に突き落とされ消息を絶つ。ボッス王国の四天王である騎士たちが武器を持ち、相まみえ戦うシーンがあったりと、仲間だと思っていた人物による裏切りや対立が多く描かれている。


 温かみのある絵から想像することは難しい、状況の一変や仲間の裏切りは読者に大きな衝撃を与える。衝撃的な展開の連続で、今後がとにかく気になってしまうストーリー構築は秀逸だ。


 『王様ランキング』の魅力は予想外の展開が多い点だけではない。物語に「完璧な人物」がほとんど登場しないことも、ファンタジー作品でありながらリアリティが感じられて魅力的だ。


 ボッジが旅先で出会う人物「デスパー」は冥府の王の弟であり、ボッジの師匠として活躍する。平凡な人間でも、王様になるまでの力をつけさせたと噂される指導力の持ち主だが、お金に対する執着が強く、相応の金銭がないと弟子入りを受け入れないと話すなど、完璧な人間として描かれているわけではない。


 また、ボッス王国の王様「ボッス」は自信と慈愛に満ち溢れ、魔物の群れから町を救うほどの圧倒的な力の持ち主であるが、実は若かりし頃に強さを求め、家族と自身の寿命を代償として魔人から力を得ていたのであった。


 しかし、こうした登場人物の浅ましい私利私欲を描きながらも、物語の随所に人間味を感じさせる「優しさ」も本作では数多く描かれる。


 例えば、ボッジに厳しくあたり、口癖のように「死刑にするわよ」と発する王妃「ヒリング」。彼女は一見冷酷な人物であるが、ボッジがボロボロになったときには息が切れるまで治癒の魔法を使うなど優しい一面を持ち合わせる。さらに、ヒリングの優しさを象徴するシーンとして、指示を無視してある行動をしたボッジをガミガミと叱った後、彼女がこれまでボッジと過ごしてきた日々を思い出す場面が挙げられる。


 食べ物をこぼさずに食事をすることができないボッジを𠮟りつけたこと。剣術の練習をするボッジから怪我をしないように剣を取り上げたこと。ボッジが部下から白い目で見られる様子を目の前で見ていたこと。ボッジと関わり続けてきた日々を回想し、彼女は汗を流し、頭を抱え、うつむく。言葉や態度に表さないだけで、ボッジのことを思う彼女の様子が丁寧に描かれている。


“必ず希望が 見出される 仕組みになっている”


 上記の言葉は十日氏のエッセイ『脱サラ41歳のマンガ家再挑戦 王様ランキングがバズるまで』に登場する言葉だ。20代で職場を転々として自信を失っていくなか、30代で正社員としてステップアップできた十日氏が感じたという「希望」が、そのまま本作の根幹を成しているのだろう。絵本のような温かみのある画風からは想像できない裏切りやリアリティ。シビアなストーリーに隠された「希望」。その意外性に読者は惹きつけられるのかもしれない。