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ARMYは「他人の苦痛に共感できる能力」が高いーー『BTSとARMY』著者イ・ジヘンに訊く【後編】

2021年04月05日 10:21  リアルサウンド

リアルサウンド

人種差別に反対する象徴としてのBTS

 社会学者であり、自身もARMY(BTSのファン)であるイ・ジヘン氏が執筆した『BTSとARMY わたしたちは連帯する』が今年2月、日本で翻訳・出版された。昨年、Black Lives MatterでBTSとともに100万ドルの寄付をしたりと、社会奉仕的な活動にも意欲的なARMY。様々な人種、年齢、性別の人々が、ただBTSが好きということだけを拠りどころにして連帯し、社会に働きかけようとするのはなぜなのか。ARMYという存在を社会学的な見地から分析・考察したイ・ジヘン氏に、あらゆる人種差別に反対する肖像として、そしてアメリカ基準の音楽市場に一石を投じるきっかけにもなったBTSの功績を訊いた。(尹秀姫)


関連:インタビュー前半


■人種差別との闘い


ーー少し前、ドイツのラジオアナウンサーがBTSについて差別的な表現をするという出来事がありましたが、たしかにその時もARMYは「自分の推しが攻撃された!」という怒りよりも「人種差別を許さない」という確固たる姿勢を貫いていました。


 BTSに対する人種差別的な攻撃は2018年くらいから目立つようになりました。それまでは「こんなグループがいるんだね」くらいの好奇心が先立っていたのが、初めてビルボード1位を成し遂げ得た2018年以降は、世界の音楽市場から脅威に思われたのでしょう。それから攻撃が繰り返されるようになりました。その理由はBTSが音楽産業的に影響力を増しているだけでなく、BTSの人種にもあります。非英語圏のアーティストが英語圏の音楽市場にこれほどまでに頭角を現すようになることが異例だったから、レイシストたちの格好の攻撃の的になったんですね。ツリ目だとか、ゲイみたいだとか、男のくせに化粧するのかとか、K-POPは奴隷契約だとか、彼らはよく知りもしないでBTSを攻撃しはじめたのです。それが繰り返されるにしたがって、ARMYも学ぶようになりました。こうしたBTSに対する攻撃の裏には人種差別があるのだと。


 この世界はディスコース(言説)の戦いです。ファンがアーティストを保護するというディスコースに留まっていたら、ARMYは今ほど大きな影響力を持つことはできませんでした。しかしARMYは人種差別の領域でディスコースを作って「我々は人種差別に反対する」と掲げたことで、対する相手の行動が人種差別に深く根ざした行動であるということを明らかにすることができたのです。それを戦略的に行ったのが今回のキャンペーンと言えます。


ーーBlack Lives MatterでもBTSとARMYは強い影響力を見せました。


 ARMYにも黒人は多いですし、ARMYの中にもBlack Lives Matterに対する共感はありましたが、やはりBTSがまっさきに100万ドル(約1億円)を寄付したことが大きかったですね。それに呼応してARMYも「#MatchAMillion」キャンペーンを行って、1日を待たずに目標の100万ドルもの寄付金を集めました。これはBTSへの支持と人種差別に反対する姿勢を同時に見せられるという意味でも成功しました。


■「グラミー賞」ノミネートから分かること


ーー第63回グラミー賞でBTSはパフォーマンスを披露しましたが、受賞は惜しくも逃しました。ノミネートされるだけでもすごいことだとは思いますが、先生は今回の結果についてどう分析されますか?


 BTSは自分たちがノミネートされただけでもうれしいし、単独パフォーマンスを披露できただけでも光栄だとコメントしていましたが、ファンはそうは思いませんよね(笑)。ただ、「グラミー賞にノミネートされただけでも光栄」と彼らが言う理由は2つあります。


 1つはこのグラミー賞が置かれている立場、パワー。素晴らしい賞だということを認めるためにも「ノミネートされただけでも光栄だ」と言わざるをえないでしょう。もう1つは、グラミー賞は基本的にアメリカ国内に限った賞だということ。つまり、すごくローカルな賞なんです。アカデミー賞がアメリカの映画賞であるのと同じように、グラミー賞もまたアメリカの音楽産業における賞なんですね。なのでグラミー賞はアメリカ、もしくは英語圏以外の音楽に対しては閉鎖的にならざるを得ないんです。そこに韓国の歌手が主要な賞である「ポップ・グループ賞」にノミネートされたというのは、グラミー賞にとっては限られた中でできるだけ歩み寄った、その第一歩だったと言えるでしょう。


 アメリカには他にもビルボードやAMA、MTV Video Music Awardsなどの賞があります。これらも重要な賞で、大衆的な人気とチャートを反映した評価基準を持っていますが、ここでBTSは主要部門の受賞候補に上がったことすらありません。ノミネートされてもトップ・グループ賞などのメインではない賞です。今、BTSが世界のトップアーティストであることは誰も否定できません。数字だけで見たら、IFPI(国際レコード産業連盟)が発表した2020年のアーティストの世界1位、アルバムセールスも1位と2位がBTSです。これほどずば抜けたセールスを記録しているにも関わらず、大衆的な人気とチャートを反映させているはずの音楽賞であっても、主要部門ではノミネートすらされていないのが現状です。これはアメリカの音楽市場に認められるための壁がいかに高いかを表しています。


■ビルボードが気づいた世界とアメリカ国内のギャップ


 でも、変化がないわけではありません。たとえば、2020年からビルボードはシングルチャートの「Hot 100」以外に2つのチャートを新設しました。1つはアメリカを含めた世界200カ国以上の国と地域のデータをもとにした「Global 200」、もう1つはグローバルチャートからアメリカを除いた「Global Excl. U.S.」です。つまり、アメリカで愛される曲が世界的にヒットしている曲とイコールではないかもしれないということに気づいて、本当にワールドワイドに聴かれている曲を冷静に評価しようという試みなんですね。これを可能にしたのがBTSです。BTSはアメリカのセールス記録だけを見ると1位になったこともならなかったこともありますが、グローバルな記録で見るとBTSは常に1位でした。ビルボードとしても「アメリカのリスナーの趣向と世界のそれとは一致しないものかもしれない」ということに気づかざるを得なかったんです。


 アメリカの音楽授賞式であるグラミー賞が今後グローバルな方向に向かうとしたら、今の音楽市場がどう変化しているかを現状に沿って認識する必要があると思いますし、来年はより世界基準の音楽授賞式としての存在を示せるようになるといいなと期待しています。


ーーBTSに、というよりグラミー賞がどう変わるか期待したいですね。最後に、日本の読者のみなさんにメッセージをお願いします。


 たぶん読者の方はほとんどがARMYだとは思いますが、ARMYはどの国、どの地域にいても基本的にBTSが好きなだけで、その国を代表しているとは思っていませんよね。すごく個人的な感情としてBTSが好きなだけだと思います。ARMYの中で国の違いは単なる区分の標識のひとつで、差別の標識となるものではありません。


 私は、ARMYは「他人の苦痛に共感できる能力」が高い人たちだと思っています。なぜならARMYはBTSの歴史を自分たちの歴史として受け止め、連帯して、力を分け合ってきました。そういう人たちはまず「他人の苦痛に共感できる能力」が高い人たちだと思いますし、弱者が成功できる世界を応援できるのもARMYの特徴だと思います。これはBTSが持つインテグリティ、誠実で真摯である彼らの影響が大きいでしょう。日本のファンダムもBTSのこうしたいい影響を受けていることと思いますが、これを自分の内だけに留めず、身の回りの人に分けてあげられることを願っています。


(取材・文=尹秀姫)